第二章 その13 ED メイル (後半)

第二章 その13 EDエンディング メイル



 闇夜に妖しく浮かび上がる、朱い羽飾りと二つの瞳。


「何故なんだ……どうしたらこんな酷いことをッ……!」


 十日後。

 村と砦を取り戻さんとやって来た増援部隊は、十日前の惨事を繰り返す結果となっていた。

 もう夜も目前という頃合いに開拓村に到着した援軍は、駐留していた部隊と同じように超長距離射程からの槍の投擲を受け、訳も分からぬうちに壊滅状態に陥ったのである。


 廃墟も同然となった地でただひとり膝をつく男。

 彼はもしかしたら無事に生き残っているかもしれない妻子を救わんがため、無理を言って再侵攻軍に加わった一人であった。

 幸か不幸か襲撃の夜、男はたまたま使いに出されていて、難を免れていたのである。


 砦村の入口にほど近い所で膝をつく男。

 そんな彼の目の前には、愛する妻と愛娘の変わり果てた姿が横たわっていた。


「うぅ……ぐぅッ……」


 民家の屋根の上に立ち、月を背景に見下ろす朱い羽飾りと妖しく光る瞳をした影。

 その瞳は闇夜に浮かび上がる羽飾り以上に朱く、まるで炎のように揺らめいていた。


 そんな者たちに向かって、やり切れない怒りをぶつける兵士服姿の男。


「この娘は……この娘は何も悪いことなんてしちゃいないのに……何でこんな目に遭わなくちゃならないんだッ……」

「ううぅぅ……悪魔め……血も涙もないゴブリンどもめェッ!!!」


 妻子の無残な亡骸を前にした男の、悲痛な叫びがこだまする。


「……ワタシ達ヲ ゴブリンナドト呼ブナ ニンゲン」


「!!!?」

 話など通じるわけがないと思っていた男は驚愕した。


「なっ……人間の言葉を……!?」


「我々ハ レッドキャップ。カケラレタ情ケハ ソノ命尽キルマデ 返シ続ケル者」


 そう言うとその者らは再び、炎を纏ったかの如き瞳を揺らめかせた。

 手には槍。屋根の上で月夜を背景に立つ影は三体に増えていた。

 その影は異様なほどの存在感を醸し出している。


「レッドキャップ……?」


 だが妻子を失った男にとって、相手が何者かなど興味はなかった。


「……そんなのどうだっていい……人間ヒトの……人間ニンゲンの言葉が解かるなら、何でこんな酷いことができるんだッッッ!」


 そして男は変わり果てた姿となった愛娘の亡骸を強く抱きかかえて叫んだ。


「……この娘は……この娘はまだ六つになったばかりだったんだぞォッッッ!!!」


「……ソレガドウシタ?」

「オ前ハ何ヲ 言ッテイル?」

「コノ戦争ハ オ前タチカラ 始メタコトダロウ?」


「せ、戦争だって? だ、だからってこんなこと……」


 同じような小柄な影が新たに二つ、月明かりの民家の屋根に現れた。


「忘レタトハ言ワセナイ。サンネン前、我々ハ貴様タチカラ 盛大ナル歓迎ヲ受ケタ」


「ソノ時ニ 我々ノ仲間ハ オオゼイ傷ツイタ」

「……オオゼイ死ンダ」

「女モ 子供モ 老人モ!」


 新たな影が他の民家の屋根の上にも現れた。皆カタコトながらも人間の言葉を発している。


「……!?」


 奇しくも男は三年前、魔の住まう森にて亜人種たちを駆逐した部隊に参加していた一人であった。

 ……自らも瀕死の亜人にトドメを刺していた。


 人が人ならざる者を駆逐する、それは神より与えられし人類の使命である。そこに罪の意識など微塵も存在しえない。

 男はあの時のことを顧みたことなど一度としてなかった。むしろ誇らしくあったくらいだ。


 しかし今になって行動による結果を、その身に突きつけられたのである。

 それも最愛なる妻と娘の、実に無残な死というかたちでもって……


「なっ……だからって……」


 人間が亜人種を駆逐するなど当たり前のことである。だがその逆は決してあってはならない。

 そんな理不尽、まかり通っていいはずがないのである。


「貴様ガ 言ワントシイルコト 分カランデモナイ」

「実ニ ニンゲン的ナ思考デハアルガナ」

「ドウセナラ かみトヤラニ 祈ッテミタラドウダ?」

「ソノ母子ノ ヨウニ」


「な……ふざけるなよ……」


「フザケテナド イナイ」

「貴様コソ フザケタコトヲヌカスナ。コンナコト オフザケデ デキルト思ウカ?」


 予想外の反応に男は言葉を失ってしまう。

 辺りがしんと静まり返る。


「……人生トハ 苦難ノ連続ダ」

「ソノ心中 察スルニ余リアル……」


 その時、後から出てきた腕に二つの傷のある特に小さなレッドキャップが、その言葉に続けて吠えた。


「ダガ コノ戦争ハ 貴様タチガ 始メタモノ!」


 穢れを知らないくりっとした眼。

 それは三年前の襲撃の折、腕に矢を二本も受けながらも母親のおかげで一命を取り留めた、幼子の成長した姿であった。

 そして奇しくも同時に、かつてニンゲンの言葉をいち早く身につけた、特に才のあったあの少女に瓜二つの姿をしていた。

 しかしながら、ほっぷるの小さかった時とは似ても似つかない、怒りに満ち満ちた表情。


「……るーるモ 貴様タチガ決メタ」

「ダガ 喜ンデイイ。我々ハ 貴様タチホド ヒトデナシ デハナイ」

「ソウ 我々ハ 実ニ優シイ」


「優しい……だと? 娘をこんな姿にしておいてよくも……よくもそんなことを言えたなあッ」


 実にふざけた言い分に、再び怒り心頭に発する大切なものを全て失った男。


「吠エルナ ニンゲン」

「ソノ母子ハ……」

「ソノ母子ハ 苦シマズニ 一瞬ニシテ逝ケタ」


 そして再び穢れを知らない目をした少女が、感情のままに訴えた。


「……ワタシノ母ハ……母ハ 苦シミヌイタ末ニ 死ンダトイウノニッ!」


「コレガ慈悲デナクシテ イッタイ何ダトイウノダ?」

「何ダ……」

「言ッテミヨ……」

「言エ……」

「ニンゲン……」


 四方八方の屋根に浮かび上がる人ならざる者たちの影。

 愛する者の亡骸を前にした男はすっかり取り囲まれていた。


 まるで最後の審判でも受けているかのような光景。


 男はこれまで人並みには敬虔に生きてきたつもりだった。

 食事の前のお祈りも欠かしたことはないし、週に一度は家族で教会に足を運んだものだった。


 神の教えを忠実に守って生きてきた。


 自分は……自分たち家族は良い人間のはずだった。こんな目に遭っていいはずの人間ではないはずだ。

 だが、その結果がこれである。


 腕の中で見るも無残な姿へと変わり果てた愛娘。


「うぅぅぅ……」

 そのあまりの仕打ちに涙する男。


「ぅおぉぉ……神よぉ……」


「聴ケ。我々ハ カケラレタ恩ハ 必ズ返ス」

「我々ハ サレタ仕打チモ 必ズ返ス」

「女子供モ 関係ナイ」

「オ前タチガ ソウト決メタ」

「故ニ ココニ宣言シヨウ」

「誓オウ」


「……?」


「ヒャク倍ガ イイカ?」

「ソレトモ セン倍ヲ 望ムカ?」

「我々ハ 恩ヲ返シ続ケル」

「伝エヨ。我々ハ レッドキャップ。受ケタ恩ハ 必ズ返ス者デアル」

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