第三章 その2 飛竜対王国軍 (前半)

 早いテンポで奏でられる、陽気なリズムの笛の音と数々の弦楽器。

 鳴り響く太鼓や鍋を叩く音。そして王都を揺るがす大喝采。


 降り注ぐ、祝福と見まごうばかりの陽光。しなやかに風になびく黒髪。

 一際目立つ場所にあって、突き立てた剣に手を添える凛とした出で立ちの少女。


 これはある英雄の誕生の瞬間である。


 しかし英雄となった冒険者の少女はどういうわけか、どこか物憂げな表情かおをしていた。



第三章 その2 飛竜対王国軍



     人には誰しも過去がある


 ことさら勇者だの英雄だの呼ばれる人種 

   の過去は想像を絶する場合が多い


      王立ギルド記録官 レーヴェ



 聖歴三九五年・新緑が芽吹き、紫色をした小さな花が他に先駆けていち早く色づき始める季節。

 ディートリンデ王国に竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の勇者が誕生した。


 冒険者の為の本『冒険者新書』、旧題『星の砂物語』。

 その悠久の書の記念すべき第一節は、このような書き出しから始まっていた。


 聖歴三九五年とは、以前より散発的に接触が確認されてきた異形の生物、及び亜人種たちを、人類が正式に敵であると定めてから三九五年経った年ということである。


 後に冒険者必読の書と謳われ、人類史上、他に類を見ない総発行部数を築き続けることとなる書の、最初の著者であるレーヴェ。

 彼女が数多の記録を物語として書き記し始めたその理由が、ここにはあった。


 それはとある少女との邂逅。

 出会いと再会の物語。


 その少女は後に冒険者となって……そして英雄となって、再びレーヴェの前に現れたのである。


 レーヴェはその数奇な運命に翻弄された末に英雄となった少女が、何を想い何の為にその命を費やしたのか、それを後の世の冒険者たちに知ってほしくてこの書を記したとされている。



 この年、ディートリンデ王国と友好を結ぶ、隣国クロスマルテンとの都市を行き来する行商の馬車が、いつまでたってもやって来ないという事案が立て続けに発生した。


 不審に思った王国が調査隊を派遣したところ、複数の飛竜の目撃情報を持ち帰ってきたのである。


 そして更なる綿密な調査が行われ、巣の場所とおおよその生息数が判明した。

  場所は街道から少し外れたところにある広陵地帯の岩山で、群れを形成しており数は二十ないし二十五。


 駆逐しなければ被害はやがて長期的かつ広範囲、甚大なものとなるとの考えに至った刻の王は、派兵を決断したのである。


 しかし飛竜などハグレモノ一匹追い払うだけでもやっとの相手。

 これほどの数の飛竜を相手に、それもこちら側から仕掛けようなど、王国はおろか人類にとっても初の試みであった。

 そこで議会は冒険者ギルドの長を招請し、少なからず魔の領域からやってきた化物共に詳しい冒険者たちに、協力を仰いだのである。


 動員された王国軍兵士は総勢、千二百名。


 主力として長槍兵大隊二、弓兵大隊一、改良型大型弩砲バリスタ十六機と大型投石機二、それらを運用する工兵隊と護衛の重装歩兵小隊二、ほか輜重隊などなど。


 それとは別に緊急徴募された外部協力員、生きては帰れぬかもしれぬ戦いに名乗りを上げた、命知らずな熟練冒険者たち、およそ四十余名である。


 こののち刻の王より宝剣を賜り、齢十七にして英雄と祭り上げられることになる冒険者の少女も、新調したばかりの両手剣ツヴァイハンダーを背に帯同していた。


 王国軍司令長官ネオロイ将軍は道中、冒険者たちを天幕に招き入れ、飛竜との決戦に際し役立ちそうな情報はないかと意見を求めた。


 しかし軍隊として戦闘をしかけるにあたり、これぞというような有益な情報は得られなかった。


 それもそのはずで、ヒトを遥かに凌駕する翼をもった巨大敵性生物相手に戦いを挑むこと自体が狂気の沙汰、前例が皆無なのである。

 一方的に蹂躙されたという話では役には立たない。


 他に有用な策はないかと模索していた将軍の考えは空振りに終わり、結局、当初より立案されていた作戦案で臨むことになったのである。


 そして三日の後、王国軍は会敵した。


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