第二章 その3 女一人、男三人
第二章 その3 女一人、男三人
この挑戦の達成条件はいくつかあるが、そのどれもが一筋縄にはいかないものばかり。
一つ、未知の生命体、三種のサンプルを持
ち帰ること。(生死は問わない)
一つ、森を踏破し、向こう側に出て海路よ
り帰還すること。
一つ、二足歩行の知的生命体の集落の場
所、その規模、生息数、文化の確認。
一つ、川を発見し、その全容を確認するこ
と。
一つ、遺跡等を発見し、探索のうえ証拠とな
る品を持ち帰ること。
一つ、三ヶ月間生き残り、その過程で得たあ
らゆる可能性のあるものを持ち帰る。
一つ、上記のものに相当する特別な何かを発
見し持ち帰る。
以上、これらのうちのどれか一つでも達成し、生きて帰ってくるのがこのミッションの達成条件である。
「チッ、ついてねぇぜ。こんなお荷物と一緒じゃあ、実質三人と変わりゃしねぇじゃねーかよ」
メイルにチラッと視線をやって、焚火にあたりながら愚痴をこぼす細身の男。
この男は一日中飽きもせず、持ち込んだナイフばかりをいじくり回していた。
「ああ全くだ。お前みたいな口ばかりの役立たずと一緒じゃあ、実質三人と変わりゃしねェ」
「なっ……」
「だな。聞くと孤児上がりっつうじゃあねぇか。お前さんよりかは使えるだろうよ」
「……」
他の二人の男が口先ばかりの男を煽り出した。
流儀の異なる犯罪者ばかりが一ヶ所に集まれば、当然この様な流れにもなる。
「女、名前は?」
「メイル、十七よ」
「俺はゴルドー。火を起こす手並みはなかなかだった。他は何が出来る?」
「……何も。野宿には慣れてるぐらい。一応クロスボウは貰ってきたけど真面に扱えるかどうか……しいてあげるならこのダガーくらいかしら。申し訳ないけどそこの男の言う通り、たいした戦力にはならないと思う」
十七の少女がダガーくらいならと言う。
「……水汲みとか、都合よく使われても文句を言うつもりはないわ」
意外と思われるかもしれないが、ダガーくらいは孤児の嗜みである。
ましてやメイルはお年頃。これくらい扱えなければスラムでは身を守れない。つまりは生きていけない。
「ホラやっぱり、使えねーじゃねーかこのガキ」
「うるっせぇな、ガタガタ喚くな。じゃあテメェは何が出来るってんだ、火も起こせねえくせして、言ってみろよ、クズが」
「そっちこそ偉そうにしてんじゃねぇ。クズはお互い様だろーがよ」
「面白ェ、言ってくれるじゃねぇかよ。達成条件に四人揃ってなきゃなンねえなんてことはなかったよなあ? 確かよォ?」
若い二人が少々ヒートアップしかけたところで、貫録のある男、ゴルドーが割って入った。
「まあ待て、こんなんでも頭数は必要だ。こいつはジェロニキ。少々喧嘩っ早いところはあるが、めっぽう頼りになる俺の相棒よ」
「……次はテメェの番だコラ」
「……ベラートだ」
「こいつは詐欺師、女を専門に騙すカス野郎だ。おまけにサディストときてやがるから気をつけな」
「そう……」
そう言って視線を送るメイル。
「ナイフをちらつかせるぐらいしか出来やしねぇから、戦力としてはお前とどっこいどっこいってところだな」
「チッ、ほざいてやがれ」
「……で? どうするよゴルドー?」
「達成条件はいくつかあるみてえだが、さて……まだ何とも言えねえな」
「だな。とりあえずは奥に進みながら様子見ってとこか」
「ああ、マジで何が出てくるか分かったモンじゃねえから慎重にいくぞ」
「おう」
そこに一応の上下関係はあるようだが、つうかあの仲のゴルドーとジェロニキ。
「……で一応聞いておくが、お前らは何か考えはあるか?」
「フン……」
そっぽを向く女を騙す専門の男ベラート。一方でメイルは自分の考えを述べた。
「……川」
「川?」
「川を見つけて全容が確認できれば三ヶ月を待たずして帰還できる」
「川か……」
「少し危険だけど上流と下流に別れて探索すれば日数の短縮にもなるし、もし想像以上に手こずったとしても、期間が過ぎればそれ自体が達成条件を満たすことにもなる。途中で切り上げても文句は言われないはず」
「確かに……何より水に苦労しなくて済むってのは悪くない」
「ああ、選択肢としては十分にアリだな」
メイルの意見に関心を示す二人の男。
黒髪のガタイの良い方は兄貴分のゴルドー。
そしてそのゴルドーがめっぽう頼りになると話していた男、口が悪くて喧嘩っ早いのがたまにキズの、赤髪のジェロニキ。
メイルはこの二人には元犯罪者というほどの悪い印象は受けなかった。
いかにもなチンピラ風の優男、詐欺師ベラートは別ではあるが。
ゴルドー、ジェロニキ、メイル、そしてベラート、この四人はいわば運命共同体。
寝食を共にし、互いに力を合わせてミッションを達成しなければならない。
でなければ生きて森から出ることは叶わない。
孤児上がりの十七才、メイルの人並みの人生を求めての挑戦は、このようにして始まったのであった。
「おいメイル! そっちは無事かあっ?」
「私は大丈夫っ! でもジェロニキが身代わりに立って……」
崖の方を見て心配そうにするメイル。
「うおおいっジェロニキィ! 生きてたら返事をしろおっ!」
「うるっせぇよ、そんな大声出さなくったて聞こえてるっつうの」
「ジェロニキっ……」
メイルを庇って足を踏み外し、崖下に真っ逆さまと思われていた赤髪の男は、崖のすぐ下にへばりついていた。ほっと胸を撫で下ろす兄貴分のゴルドーと少女の二人。
「よっと……」
そんな彼を引っ張り上げて仕留めた獲物を囲む三人。そこに一人勝手に木の上に避難していた自分本位の卑怯者、ベラートが近づいてきた。
「……」
「こいつはただの狼じゃあねえな」
目の前には灰色をした特徴的な毛並の狼の死骸。
「こんな毛色の狼は見たことが無ぇ、それによう、この針のように堅い毛を触ってみろよ。こいつぁ討伐対象の魔獣ってことでいいんじゃないか?」
「しかし危なかったな。こいつらが五匹も六匹も一度に現れた日にゃあ、ただでは済まんぞ……」
「ああ……でもこれで三種のうちの二種目の討伐だ。案外このまますんなりいくんじゃないか?」
「油断は禁物だぞ。コイツらは決して弱くない。全滅してる他のパーティがいたっておかしくないくらいだ。俺たちも不意打ちに気付けていなかったら、今頃どうなっていたか分からんぞ?」
「しっかし惜しいよなぁ、あの頭に刃物を生やしたウサギが討伐対象に含めていいっつうんなら、これで目標達成だったのによお」
ジェロニキの言う頭に刃物を生やした兎とは一角ウサギの亜種で、通称、刃ウサギのことである。この辺りでは特別、こちらが生息域を広げていた。
刃ウサギは近年では、魔の森を出て田畑を荒らし回ることもあった。故に多くの知るところとなっていたのである。残念ながら討伐対象の未知の生命体からは外されていた。
「愚痴っても始まらんさ。とりあえず今日のところは拠点に戻って明日に備えるとしようぜ」
「陽も傾いてきたことだしな。おいベラート、こいつの皮ァ、丁寧に剥ぎ取っておくんだぞ」
「お、おい、まさかこれを一人でやれってんじゃねーだろうな?」
「うん? そう言ったつもりだが、聞こえなかったか?」
「……」
苦虫を噛み潰したような顔のベラート。
「なあに、何も役に立ってねえんだから少しくらい貢献したってバチは当たらんさ。行くぞメイル、これぐらいやらせんとヤツも居心地が悪かろうよ」
そう言ってとっとと先に行く二人。
「……じゃあ後はよろしく」
メイルも二人の後に続いた。
「クソッ……覚えときやがれ」
今回メイルたちが窮地に追いこまれながらも仕留めたのはグレイウルフと呼ばれるもの。
狼に似てはいるが、れっきとした魔属性地域出身の魔獣であった。
探索に送り込まれたのはメイル達を含めて全部で八組。
他の組が今どんな状況になっているのかは知る由もないが、メイル達は今、この未知の森で二週間ほどを生き抜いていた。
持ち込んだ最初の食糧はあらかた消費してしまったので、今は川にほど近い高所に拠点を張って、そこを中心に探索していたのである。
未知の森でのサバイバルでは、安全な寝床と綺麗な水の確保は何よりも優先される。
専門的なレンジャー知識のない四人にとっては賢明な判断であった。
「さてこれで未知の生命体、三種のサンプルのうち二種までを仕留めたわけだが、この後はどうするのが良いと思う?」
干からびた人食い植物マンイーターを前にして、今後の方針について意見を求めるゴルドー。
「こうなったら未知の生命体、三種の討伐が一番早手っ取り早い気がするぜ。川の調査はヤメにして罠を張るってのはどうよ?」
「罠か……でもそんなもん俺もお前もやり方知らんだろ?」
無言でメイルのほうを向く二人。黙って首を横に振るメイル。
「チッ、若い頃にもっと色々やっとくんだったぜ」
「罠は素人の俺たちにはちょっと荷が重いな……さしあたって明日は今日みたいのでいいんじゃないか? 食糧の調達がてら上流の丘の方に行ってみるとしようぜ」
「あの野郎はどうする?」
「ベラートか? 連れて行くしかねえだろ。目の届くとこに置いておいたほうがまだマシってもんだ」
「仕方ねぇか……」
「まあ何かの役に立つかもしれんしな……」
「ヤツがか? そいつぁ無えよ、ハハハ……」
「メイル、夜あいつに襲われたりしてないか?」
「……一度手を出されそうになったけど、思い切り蹴り上げてやったわ」
「蹴り上げた?」
「……んで、ダガーを突きつけて次は問答無用で切り落とすって言ってやった」
「……」
「……」
言って少しだけ頬を赤らめるメイル。
「ガァーーーッハッハッハ……」
「アーッハハハハ……ヒー……ヒー……」
「なんだあ? それじゃあアイツ、手ェ出しといて返り討ちに遭ったってことじゃあねえか、マジだせぇ」
「あの野郎どんな顔してた? おいおい、ヤツの商売道具は無事なんかよォ?」
突然大声で笑い出す二人。
「わ、私そんな面白いこと言ってないっ……!」
「ガーッハッハッハ……それで今朝ヒョコヒョコしてたんかぁ、あいつぁ?」
「ハァハァハァ……止めろって、これ以上笑かすな、ヒー……ヒー……」
完全にツボに入ったゴルドーとジェロニキの二人。
一方で、気付かれないところで聞き耳を立てていたベラート。
「今朝のは小便垂れた後だったからだっつうの。あんのクソヤローども、覚えときやがれよ……」
仲間に向けて敵意をあらわにするベラート。不穏な空気が流れるのであった。
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