第二章 その4 忍び寄る災厄 バジリスク戦 (前半)

第二章 その4 忍び寄る災厄バジリスク戦     



 翌日である。


「コイツじゃあねぇんだけどなぁ……まぁいいか、これはこれでしばらく飯の心配はしなくて済みそうだしな」


 小ぶりなボアを仕留めて一人こぼすジェロニキ。


 そんな彼の後ろにそっと忍び寄る影があった。それは袖口にナイフを忍ばせたベラートである。


「何が四人揃ってなきゃだって? その言葉そっくりそのまま返すぜ……」


 私怨にかられ状況を正しく認識することすら出来ない男は、まだ帰還の条件が整ってないにもかかわらず、実に短絡的な思考のもと、行動に踏み切ろうとしていた。


「なっ……危ないっ! 逃げてジェロニキっ!!!」


 咄嗟に叫ぶメイル。


 只事ではない声に反射的に前へと転がるジェロニキ。体勢を立て直して、すぐさまそこから距離をとる。

 それは犯罪者にしておくにはもったいないくらいの、危機意識の高い動きであった。


「(クソッ、何で気付かれた……?)」


 ナイフ片手に機会を逸してしまった男、ベラート。企みがバレて苦虫を噛み潰したような表情かおで一人佇んでいる。


「ベラート何やってるのっ! あんたも早く逃げてっ!!!」

「……!?」


 それはベラートにとっても予想外の言葉であった。


 てっきり魂胆を見抜かれたものと思い込んでいたベラートは、背後に只ならぬ気配を感じ取って振り返った。

 そしてあんぐりと、馬鹿みたいに大口を開けて見上げることになる。


 男の手からナイフがこぼれ落ちた。


 そこには高さにして三……いや四、五メートル。全長は二十メートル近くはあろうかという、超がつくほどの巨大な蛇が仁王立ちしていたのである。

 いや、蛇が仁王立ちというのも可笑しな表現だが、でもまさにそんな感じ。

 品定めでもしているのか、鎌首をもたげこちらの様子を窺うように見下ろしていた。


 つい先日まで魔獣などとは縁が無かった四人は知る由もないが、それは大陸の冒険者界隈でバジリスクと銘打たれた、最大脅威度のバケモノ大蛇だったのである。

 人など容易に丸呑みにできる規格外の脅威が、何を考えているか分からない目で獲物を物色していた。


 思わず後ずさり、背を向けて逃げ出そうとするベラート。

 しかし恐怖に足が竦んだ彼は、満足に走ることもできやしない。


「ハッ……ハッ……」


 その時、大蛇の口からそんなベラートの背に向けて何かが放たれた。

 それをまともに受けてしまうベラート。衝撃に一瞬足が止まる。

 否、足が止まったのは一瞬だけではなかった。

 背中に何かを撃ち込まれた彼はその後、何歩も歩かぬうちに泡を吹いて倒れたのである。


「どうするっ! ゴルドーっ!!!」


 その様子を見て得物を構えながら叫ぶジェロニキ。バジリスクと目が合うゴルドー。

 大蛇の口から細っこい舌が一瞬だけピョロっと覗いた。


 相変わらず大蛇は何を考えているかわからない目をしている。


「……駄目だ! 逃がす気はないらしい! 覚悟を決めろジェロニキっ!」


 ゴルドーという男は実に良い勘をしていた。

 規格外の大きさを有したバジリスクという巨大蛇型魔獣は、ひとたび獲物と定めた相手を決して逃がすことはない。

 その腹に収めるまで何日間でも、それこそ蛇のように執拗に追ってくるのである。蛇だけに。


 彼らは条件を達成していない限り帰還が許されていない。

 故にゴルドーのこの無謀という他ない決断は、決して間違いとは言い切れなかった。


 但し、帰還の条件にある最後の一項。


一つ、上記のものに相当する特別な何かを発

   見し持ち帰る


 しかし残念ながら今回に限って言えば、この脅威は他の帰還条件達成に相当する特別な何かの発見にあたるといえた。

 このバジリスクとの遭遇をもって帰還していたとしても、達成とみなしてもらえた可能性は十分にあったのである。


 バジリスクも執拗に追ってくる習性を有しているとはいえ、それはあくまでテリトリー内に限っての話であり、そうそう滅多に自らの領域を出てまでは追ってこない。


 魔獣とはいえ愚かなばかりとは限らない。彼らにも彼らなりの生存戦略くらいはある。

 そして魔獣たちから見て常に群れて行動し、時に爪や牙にも匹敵する武器を振り回すヒト種はそれなりには脅威の相手。

 故に知能が高い魔獣ほど、進んで敵性生物たちが住まう巣をむやみに刺激するような、危険極まりない真似は冒さないのである。


 これは何も慎重さの表れではない。生物としての根本的な部分、本能の話である。


 今回の場合、バジリスクのテリトリーは魔の森全域にあたる。

 故に一目散に逃げて、魔の森の外までの全力疾走をしていたなら、生還の可能性は十分にあった。

 仮にばらばらに逃げていたなら、少なくとも二名は助かっていた公算が高い。


 まぁそもそもの話、森に送り込まれた者たちは無頼ぶらいではあっても冒険者ではない。

 魔獣に関しての知識など、致命的なまでに欠如していて当たり前である。

 そんな彼らに一流の冒険者ばりに正しく状況判断しろ、瞬時に最適解を導き出せというのがどだい無理な話であった。


 さらに付け加えれば、この頃の冒険者にバジリスクに対して正しく対処できた者がどれだけいたかという問題もある。

 聖歴一〇〇年代前半とはそういう時代でもあった。


 そもそも帰還できたとしても送り出した側に、元犯罪者たちの突拍子もない報告にどれだけ耳を貸す用意があったかも不明だ。

 巨大な蛇の話など一笑に付されて終わり、まともには取り合ってもらえず、未達成扱いとなって再び森に放り送り込まれでもしたら、待ち受ける未来は今とさほど変わらない。


 森に留まるしかない以上、いずれはヤツの餌食となるは必至。

 その結末から逃れる術は皆無。


 故にゴルドーの判断は半分は正しくもあり、半分は仕方のないものであった。


「メイルっ! お前も覚悟を決めろっ! コイツは最後の一匹ッ! 三種目だっ! 倒したら俺たちは晴れて自由の身だぞおっ!!!」


 こちらもまた、あんぐりと大口を開けていたメイル。

 彼女はまさか戦うなんて選択などあるわけがないと思っていた。

 しかし頼りの綱であるゴルドーは、よりにもよってとんでもない決断を下したのである。


「(戦うですって……? これと……この化物と……?)」


 とても正気の沙汰とは思えない。まさに文字通りのバケモノ。だがゴルドーの言うことに一理あることも確か。


「どうしたメイルっ! 怖気づいたかあっっっ!!!」


「……わ、わかったわ。やるわよっ! やればいいんでしょ、やればあッ!」


「よぉし! いい返事だ、メイルッ!」


 半ばヤケクソぎみに檄に応えるメイル。

 もとより命懸けのミッションであることは覚悟していた。

 二週間前に立てた誓いをもう一度誓い直すだけである。


 生きて果たして人生を掴み取るーーー


 しかし圧倒的なまでの脅威を前にして、再びこれを誓い直すことのどれほど困難なことか。

 先ほどから膝がガクガクしっ放しで全く治まる気配がない。


 だがプラス思考で考えればゴルドーの言うことも尤もである。

 今のこの状況は見方を変えればミッション達成目前ともいえる。

 命を賭けるだけの価値はあった。


「ジェロニキッ! お前と俺とでこいつを引き付けるぞッ!」


「応ッ! 目にモノ見せてやろうぜッ!」


 パーティーの兄貴分でもあるゴルドーがミッション達成にと選んだ得物は、棘状の突起物がいくつも付いたゴツい金属棒。

 いわゆるバトルメイスと呼ばれるものである。


 戦混、それは鎚ほどは扱いにくくなく剣のように折れる心配もない。

 標的を殴り倒すことに主体をおいたパワー重視の殴打武器である。

 決して褒められた趣味のものではないが、振り回せるだけの膂力さえあればこれほど頼りになる武器はないだろう。

 バジリスクのような巨大生物が相手であっても、ある程度は有効といえた。


 そしてゴルドーの弟分であるジェロニキが持ち込んだ武器は、槍の穂先が曲刀のような形状になっているポールアームグレイヴ。

 槍のようにリーチがあり、そこに遠心力を乗せれば相手を叩き斬ることもできる、一部の騎馬武者が好んで使うそれである。

 矛とも言う。


 二人とも取り回し度外視で、攻撃力に全振りするかのような得物を選択していた。

 そして防具に関しても武器の性能を最大限発揮できるよう重いものは避け、ごく一般的な革製品でまとめていた。

 唯一の金属製品はゴルドーの腕を守るガントレットのみ。

 ガタイの良い彼ならば最悪、並の相手ならこれのみで殴り倒すかもしれない。


 さて当のメイルはというと、彼女がメインとして選んだ武器はダガー。

 投擲やもしもの時用の第二武器としてのものではなく、刀身が厚めのガチの白兵戦用ダガーである。

 しかしこれ一つではあまりに心もとないので、保険としてクロスボウも持ってきていた。


 たいした心得のないメイルは決して背伸びすることなく、こんな自分にも人並みには扱えるであろう武器を選んでいたのである。

 とはいえ彼女が今まで手にしたことのあるダガーなど、せいぜい二級三級の中古品がいいとこ。

 こんな実戦用のゴツくて重いダガーなど、手にするのは生まれて初めてのことであった。


 ちなみに防具は革のドレス一式。

 金属製の防具など重すぎてハナから装備なんてできやしない。


 もう不要だが一応補足しておくと、ベラートはナイフを六本とそれ用の皮のベルト、防具に至ってはなんと布の服である。

 魔の住まう森を舐め過ぎといえなくもないが、メイルの例えでいえば、彼も決して背伸びはしていなかったとはいえよう。


 イーシキンの軍修練場には金属製防具も一通り用意されてはいた。

 だがこの組の者はガントレット一組み以外、誰も選んではきていなかったのである。

 それは今のこの状況下で考えれば幸運なこと。

 バジリスクのような桁違いのバケモノ相手には、そんなものただの重しでしかないからだ。


 とはいえこの人数と装備で、冒険者でも尻尾を巻いて逃げ出すという最大脅威度の化物大蛇、バジリスクを相手しようというのである。

 それはあまりに無謀と言わざるを得なかった。

 恐らくは戦いの後には何も残っていないことだろう。みんなまとめて丸呑みにされて終わりである。


 そして最後の戦闘……もとい死闘が始まった。

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