第二章 その4 忍び寄る災厄 バジリスク戦 (中盤)
生体兵器ゆえに弾数制限でもあるのだろう。ベラートを仕留めたあの即昏倒レベルの麻痺針を打つ仕草は見せてこないバジリスク。
あれが有るのと無いのとではだいぶ違ってくる。しかし万一あれを撃ち込まれでもしたら、ベラートのように泡を吹いて動けなくなるは目に見えている。
麻痺針を撃ち込まれたら終わり。巻きつかれても終わり。一撃必死の綱渡りのような戦いが繰り広げられる。
その巨体に捕まることのないよう、必死に動き回りながら胴体部分に一撃を入れていくゴルドーとジェロニキの二人。そのぴったり息の合った連携はまるで歴戦の勇士かのよう。本当に犯罪者にしておくにはもったいないくらいの動きであった。
もし大陸で生まれていたなら今頃、冒険者として名を馳せていたとしてもおかしくはないと思えるほどに。
しかしバジリスクの表皮は思いのほか頑丈で、思うようにダメージを与えられてはいなかった。
二人の邪魔にならないよう距離をとってボウガンの矢を放つメイル。しかしヤワくない大蛇の蛇皮は、斜めに当たった矢など簡単に弾き返してしまう。
ほんの数発かは刺さりはしたが、恐らくは棘が刺さった程度のダメージにしかなっていないことだろう。
このままでは埒が明かないと考えたメイルは、前衛の二人では届かない頭部に狙いを定めた。
これは思いのほか効果があった。
メイルの嫌がらせのような攻撃が執拗にバジリスクの注意力を削いでいく。これによりゴルドーとジェロニキの二人も何とか戦えていたといえよう。即興ながら見事な支援攻撃であった。
とはいえ流石に目に命中させるなんていう芸当はできないメイル。自身では致命傷を与えることができないことから、戦闘の要は依然としてゴルドーとジェロニキの二人といえた。
この二人を失うようなことだけは決してあってはならない。それは終わりを意味するからである。
フィールドを走り回りながらボウガンを放つメイル。時に後退し弦を引っ張るが、背に負う矢筒の矢がしだいに手につかなくなっていく……
「(まずい……残りの矢が……)」
たっぷりあったはずの矢も、あと数えるほどを残すのみ。
ただ、あの目や口の中にたとえまぐれ当たりでも一撃をぶち込むことができたなら、状況を一変させる可能性もなくはない。祈る思いでボウガンの矢を放つメイル。
とはいえ彼女はついこのあいだボウガンを手にしたばかりのド素人である。そうそう都合良く事が運ぶわけもなかった。
「でぁりゃあああぁぁぁーーー!」
「ズァリャアアアァァァーーー!」
少しづつではあるものの、大蛇の胴体にゴルドーとジェロニキの有効打が刻まれていく。
しかしいくらダメージを与えようとも、バジリスクの生命力を考えれば焼け石に水も同然。終わりなど遥か向こう、見えてすらいない。
そんな危険極まりない綱渡りのような戦闘がいつまでも続くはずもなかった。
嫌が応にも疲労は蓄積していくのである。
それは十分にもったほうだと言えただろう。だが、とうとう運命の時はやってきてしまった。
疲労から一瞬判断が遅れてしまった赤髪の男は、逃げ場を失いその巨体に絡め捕られてしまったのである。
巻きつかれ締め上げられるゴルドーの弟分。
「今行くわっジェロニキっ!」
メイルはボウガンを放り出すと大急ぎでジェロニキの元へと駆け寄った。そして勢いそのままにダガーでもって大蛇の胴体を切り裂こうと試みる。
しかし非力なメイルでは刃は立てられたものの、引き裂くことは叶わない。それも当然のこと。大蛇の胴体、それ即ちまるまる筋肉とほぼ同義なのである。
容赦なく締め上げるバジリスク。
「ぐわわーーーっ……ごふっ……」
ゴキゴキとメイルのすぐ近くでジェロニキの骨という骨が砕ける音がする。
血を吐きぐったりとするジェロニキ。
「ああっ……」
「ジェロニキーーーッ!!!」
ゴルドーの戦棍による渾身の一撃が、ジェロニキを締め上げるその胴体部分に炸裂した。
だが渾身の一撃を受けて尚、ビクともしない化物大蛇バジリスク。
ところがである。
強力な一撃すらものともしなかったバジリスクが、不意にジェロニキの締め上げを緩めた!
「……!?」
それを見てこの隙にと思ったのもつかの間。次の瞬間、突然バジリスクは辺りかまわずに暴れ回ったのである。
暴れ回り。それは巨大蛇型魔獣に見られる固有の攻撃手段。
三人が一ヶ所に一塊になったことが呼び水となった。
しなる大木が如き大蛇の胴体が、四方八方から容赦なく三人に襲い掛かる。
身構える間もなくそれを喰らって、何メートルも弾き飛ばされるゴルドーとメイルの二人。
弾き飛ばされた先で大木にしこたま体を打ちつけてしまう。
「ぐあっっっ……!」
「きゃあっ……」
身体の軽いメイルはその木にも弾かれて、さらに転がる次第となった。
なんとメイルはその際に、不運にも足をやってしまったのである。
だがゴルドーの方はもっと深刻であった。背中からモロに木に直撃してしまった彼は、口から血ヘドを吐くほどの大ダメージを負ってしまったのである。
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