第二章 その11 千倍返しの朱き羽飾り (前半)
第二章 その11 千倍返しの朱き羽飾り
闇夜にボゥと浮かび上がる朱い羽飾り。
それから三年後。
魔の森近くに新設された砦と、それに併設されて作られた集落にて。
魔の森の脅威を取り払うことに成功した人間たちはその後、森を切り開き、人類の生存圏をさらに確固たるものにするべく前線基地を建設した。
それがこの砦と集落である。
ここには大陸の国家、パラディオン公国から派兵されてきた駐屯兵に加え、政策として送り込まれた木こりに土木作業従事者、開拓移民などの兼業農民が数多く移り住んでいた。
人が集まれば更なる人を呼ぶ。
特に安定してきここ数ヶ月は行商人や冒険者など、実に多様な者たちが足を伸ばしてくるようにまでになっていたのである。
今はまだ出来て幾年も経っていない小規模の集落に過ぎないが、いずれは魔の森の向こう側、港町イーシキンと街道で結ばれることになる。
そうなれば森の手前の中継地としての発展も見えてくる。
先々を見越して人々が集まってくるのも当然の成り行きといえた。
そんなこれからという村の、少しだけ霧の出たある晩のことである。
今日もいつものように、砦の門には二名の者が夜間の立哨警備にあたっていた。
夜の見張りがたったの二名とはあまりに手薄と思われるかもしれないが、それもそのはずで、ここに砦が建造されて以来、一度として脅威に晒されたことはない。
魔が住まうと噂されていた森も今や、深く踏み込みさえしなければ何ら脅威ではなくなっていたのである。
通常、脅威度が高いとされる魔獣は、滅多なことでは自ら領域を出てきたりしない。
その特性は大物であればあるほど顕著であり、お構いなしに出てくるのは角持ち兎ことアクセルラビットくらいなもの。ここでは亜種のブレードラビットか。
ほいほいと平気な顔で出てくる彼らも、農作物等に興味はあっても砦などに用などあろうはずもない。
であれば夜の見張りなど二名もいれば十分に事足りる。
立哨にあたる夜警の兵士も、本日もいつもと同様、ただただつまらないだけの無為な時間が過ぎ去るものと思っていた。
ドンッ……
隣から同僚の兵士の壁に寄りかかる音が聞こえてくる。
全くなっていないにも程がある。本日もまた早速の居眠りタイム突入である。
「ふわぁぁぁ……って、おいおいもうかよ。少しはシャキっとしたらどうなんだ。そんなんじゃ、まぁたドヤされるぞ?」
自身も欠伸をしながらのこの言葉。
夜間警備の兵士は自らのことは棚に上げ、隣にいるハズの同僚を嗜めた。
無論これは本心からのものではない。
順番を決める前に先に居眠りをキメ込まれてしまったら、自分が割を食ってしまうからに他ならないからだ。
「……オイ聞いてんのかよ。どっちが先か、さっさと決めちまおうぜ」
抜いた鼻毛に息を吹きかけながら問う兵士。
「……」
しかしいつまで経っても、いつもの気のない返事は返ってこない。
埒が明かなくなって男は、隣にいるはずの同僚に面と向かって文句を言おうとした。
「いっつもいっつもマジふざけんなよ、こんにゃろう……いいから、いいかげん起きろって……」
石造りの門柱に寄りかかるようにして頭を垂れる、二十代半ばの夜間警備兵。
そんな居眠りをこいてるようにしか見えない男の胸には、目を疑うものが突き刺さっていた。
先ほどまでくだらない話に興じていた同僚の上半身には、長い槍のようなものが深々と突き刺さっていたのである。
一瞬にして絶命し、目を見開いたまま頭を垂れている同僚の兵士。
隣に立つ男は知る由もないが、彼の心臓はその衝撃により跡形もないほどにまで弾け飛んでいた。
恐らくは何が起こったのか分からないままに、あの世に旅立ったことだろう。
だが驚くべきはそれだけではなかった。
その同僚の心臓を貫いた槍のようなものはなんと、石でできているはずの門柱にまで深々と突き刺さっていたのある。
石に槍が刺さるなど聞いたこともない。
「……!? て、敵襲ーーーッ!!! 敵しゅ……」
ドスンッ……
どこからともなく飛んできた二本目の槍がもう一人の兵士にも突き刺さった。
それはまるで彼が大声を上げるのを待っていたかのようなタイミングであった。
そして二人目の兵士を貫いた槍もまた、石造りの門柱に深々と突き刺さったのである。
ここの石柱はまさか粘土か何かででもできているのか。
そんな風に思えてしまえるほどに簡単に突き刺さっていた。
改めて言うことではないが通常、石に刃は立たない。
普段から刃物に慣れ親しんでいる者ならは尚更、それは常識がひっくり返ったかのような、異様で不可思議な光景であった。
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