第一章 その7 血塗られた解放の剣 (前半)

第一章 その7 血塗られた解放の剣



 翌朝、アネットはどことなく外が騒がしいような気がして目を覚ました。


 アネットが寝泊まりしているボロ家は村のはずれにある。故に普段は騒がしいなんてことはまずない。

 しかし微かに騒ぐ声や金属音が聞こえてくる。


「ハァ……ハァ……?」


 しかしまだ熱の下がらないアネットは深く考えようとはせず、ただ横になりながら静かになるのをじっと待った。


 アネットは再び眠りに落ちようとしていた。


 ザッザッザッ……


 半分夢うつつのなかそれは近づいてきた。足音。それも幾人もの。


「……!?」


 それはゴブリンの出す足音ではなかった。

 それに気付いたのとほぼ同時にボロ屋の扉が開かれたのである。

 朝日を背に立つ何人もの背の高い者たち。足音の正体は紛れもない、ヒトであった。


「何かいるぞっ?」

「おいっお前っ、ゆっくりこっちに出てくるんだ!」


 入り口で槍を構えて反応を待つ兵士服姿の者たち。


「……待って、アレもしかして人間じゃないかしら!?」


 横になるアネットに疑念を抱いた一人の兵士が中に入ってきた。女兵士だ。


「やっぱり! 女の子だわっ! ねぇあなた大丈夫? みんな手を貸して、この子を外に運び出さないとっ!」


 アネットは二人の兵士に抱えられて外に連れ出された。

 高熱のせいで足元がおぼつかないアネット。視界はぼやけ思考も鈍っている。


「ハァ……ハァ……」

「あなたどれくらい捕まっていたの? でももう大丈夫よ、きっと家に帰してあげるからね」

「こんな仕打ち……あのバケモノどもめ」

「かわいそうに……」

「……」


 みすぼらしい衣服と熱にやられた感が相まってか、兵士たちには乱暴を働かれた後かのように映ったらしい。

 そして促されるままに村の大広場まで連れてこられたアネット。そこに広がる光景を見て絶句する。


「……!!!」


 惨状ーーー

 そんな言葉では生ぬるい。

 そこには「征服者と蹂躙されし者たち」。

 あるいは「神の御名みなにおいて人類に仇なす敵を駆逐する」という人間なら誰しもが納得する大義名分。

 そのによる結果が広がっていたのである。


 ドクンッ……


 立ち尽くすアネット。

 ゆっくりと、ただゆっくりと広がる光景を見た。自分の周囲をただ見るに、これほど時間が掛かったことはない。


 あれは確か戦士階級のゴブリン、見たことのある顔が血を流して倒れていた。

 息絶えピクリとも動かない者がほとんど。

 戦士階級以外でも大人のゴブリン達は皆、同じような目に遭わされていた。

 過程は分からないが敵対し抵抗したのだろう。そして負けた。


 ドクンッ……ドクンッ……

 胸のざわめきが収まらない。


 村のあちこちから火の手が上がっている。

 家がいくつも燃やされていた。既に炭と化した家屋も見える。


 そんななか小柄なゴブリンと子供のゴブリン達が一か所に集められていた。

 アネットの目に忌々しいものが映り込む。


「……ッ!」

 手枷だ。自由を奪う手枷。


 ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……

 ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……

 否が応にも高鳴る鼓動。


 槍を手にした兵士たちが武器を持たないゴブリン達を取り囲んでいる。

 胸元にやった手をきゅっと握り締めるアネット。そこに一旦どこかに行っていた女兵士が戻ってきた。


「さあこれを飲んで、きれいな水よ」


 差し出されたのは水の入ったカップ。

 アネットはそのカップの先に、女兵士の腰に下がった剣を見た。


 ……ドクンドクンドクンドクンッ……

 ……ドクンドクンドクンドクンッ……


 剣の柄を見て思考がそれ一色に染まるアネット。途端に周りが見えなくなる。

 熱で思考が鈍った少女は、内から沸き立つ衝動に思わずかられそうになった。


 鼓動はもはや最高潮。

 制御不能となった手が女兵士の剣に引き寄せられる。

 そして……


「……ッ!?」


 アネットは水の入ったカップを奪い取るように手に取ると、一息にそれを流し込んだ。

 そして勢いのまま下を向いて大きな溜め息をつく。


「……ふうぅぅぅ」

 冷たい水は彼女の火照った体によく染みこんだ。


 アネットは自身を突き動かそうとする情動を、寸でのところで何とか抑え込んだ。

 そしてきつく目を閉じて耐えた彼女は顔を上げると、冷めた目ツキで平静を装う。


「これは……?」


 少女の只ならぬ様子に、どこか違和感を覚える女兵士。


「あ、あなた大丈夫……? 顔色がさっきにも増して酷いわよ?」

「……ええ、平気です。落ち着きました」


 見え透いた薄っぺらい作り笑いで返すアネット。改めて周囲を見渡す。


「それでこの事態は一体……?」

「……安心して。私達はアンドレア国軍、先遣調査隊よ。帰らずの森とその先の調査の任を負ってやってきたの」


「先遣調査隊……? それが何でこんなことを?」

「さあ何ででしょうね。指揮官には何か思惑があるんでしょうけど……まぁそのおかげであなたが救い出されたことは確かね。ホント珍しい、あの人のやる事が人の為になることがあるなんて……」

「……」


 事の成り行きを聞き出そうとしていたら、早速その指揮官らしき男がこちらに向かって声を荒げてきた。


「オイっそこのお前ェ! いつまでもそいつにばかりかまけていないで任務に戻れっ、さっさとしないかぁっ!」


「はっ、了解しましたっ!」

 兵士然といった敬礼で、すぐさまそれに応える女兵士。


「……ったく、一軒一軒、金目のモノがないか見て回るののどこが任務だってのよ。ホント馬鹿馬鹿しいったらないわ……あなたはここで大人しくしていなさいね」


 そう言い残した女兵士は、与えられた元の任務へと戻っていった。

 どうやらこの調査隊とやらの指揮官。高価な鎧に身を包んだ男は周りからあまり良く思われていないらしい。


 その権力を笠に威張り散らしていた男が近づいてくる。


「コイツがこの惨劇の元凶……」

 償わせるべき相手、その筆頭。男の装飾が施された剣の鞘に目が行くアネット。


 ドクンッ……


 だが状況が見えてきた今、彼女は冷静さを取り戻している。


「お前が助けられたという者か? フンッまだ子供ではないか。まあよい、良く聞け。我々はアンドレア国軍。キサマが助かったのはひとえに陛下のおぼしめしと、我が先遣調査隊のおかげである。大いに感謝するがよいぞ。してキサマはアンドレアの民の者か?」


「……」

 無表情のまま睨みつけ何も答えないアネット。だがその態度は男の気に多いに障った。


「……貴様ぁ! なぜ答えぬかぁっ!」


 幼い少女に対して剣を抜き、騎士にあるまじき態度をとる最低な男。

 切っ先を突きつけられて尚、ピクリともしないアネット。


「……フンッ、あまりの恐怖に気でも触れおったか? 全くこれだから庶民というヤツは……まあ良い。キサマはここで大人しくしておれ。そのうち国に帰らしてやる……誰ぞあるかぁっ!」


 そう言うと持ち前の品性には釣り合わない立派な鎧を着込んだ男は、部下をどやしに戻っていった。

 これが偶然にも救いの手となった人間ものたちの姿であった。

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