第一章 その6 体調不良の前夜

第一章 その6 体調不良の前夜



 アネットがゴブリンの集落に連れてこられてから早や、二年もの歳月が経過しようとしていた。


 この頃になるともうアネットは、ただ助けを待つだけのひ弱な少女ではなくなっていた。

 少しだけだが更に背も伸び、大人のゴブリンとタメを張るようにまでになっていたのである。

 まあゴブリン自体が小柄な種族なので、そうは言ってもたいしたことはないのだが。


 武においてはレンジャー技能とともに一目置かれる存在となっていた。

 森に入り、死と隣り合わせの環境に身を置くようになってから一年半以上、才能があったのは確かだ。

 きっかけがそれを覚醒≪めざめ≫させたといえた。

 分不相応に英傑の証であるネコのツメを手にしたあの頃とは違い、それを有するに相応しい存在に成長しつつあったのである。


 今では「今助けが来たらどうするのが正解なんだろう?」とさえ考えるくらい、精神的余裕を持つまでなっていた。


「ここを去るのは少し惜しいけど、両親と弟にこれ以上心配はかけられないからね」


 彼女にとっては唯一の、故郷との繋がりを示すミュセル山脈の稜線を眺めながら一人ごちるアネット。

 ここに連れてこられた頃は一人、この景色を眺めながら目を潤ませたものだった。


 しかし死線を何度もかいくぐり、苦境を苦境と捉える機会の少なくなったアネットは、肉体的にはともかく、精神的には実年齢よりずっと大人へと成長を遂げていたのである。


 拐かされてからこのかた二年、アネットは普通の人の何倍もの経験を積んだといえた。



 その日アネットは二日続いた体調不良が悪化し、高熱を出して寝込んでいた。


 はっきりいって辛かったが、反面、あまり深刻にはとらえていなかった。

 一年ほど前にも今回と同じような病が村に広がったからである。


 普段の風邪の酷くなったような症状。

 その時は老ゴブリンが一体亡くなったがそれだけ。他はみな四、五日で元気を取り戻した。

 今年も病が広がってからは、これが原因での死者は出ていない。

 自分だけが命を落とすというようなことはないだろうと達観してのことである。

 しかしやはり熱が出るというのは辛いもの。アネットは何も考えず、ただ眠ることだけに努めた。


 アネットのこの楽観的ともとれる考え方自体は間違ったものではなかった。

 しかしもし普段からもう少し気を付けて、季節ものの流行病そのものにかかっていなかったとしたらどうだっただろう。


 もしこれから起こる事の渦中にその身が置かれていたら……運命の時は刻一刻と迫ってきていたのである。


 翌日の未明である。


 夜の闇にまぎれて村に近づく武装した一団があった。

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