第一章 その5 ネコのツメ (ラスト)
二人が帰還した後はもう、それはそれは大変な騒ぎであった。
村長ゴブリンは目標ポイントに確認と回収の為のゴブリンをやり、採取してきた特別な薬草も無事、必要とする者のもとに届けられた。
怪我を負った二人の治療もなされた。
アネットは目立った外傷も無く、かすり傷程度で済んでいたが、がぶりとやられた無口なゴブリンのほうはそれなりの負傷だったので、その日はそのまま休息となった。
そして丸一日が過ぎ二日目の朝、家の前に迎えが現れた。
急遽、村祭りが催される運びとなったのである。
もちろん主役はこの二人。
真っ昼間から飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。
代わる代わる殊勲賞を挙げたゴブリンを讃えに来る村民ゴブリン達の列。
中には涙を流す者さえもいた。幼体を抱きかかえながら三体の子供ゴブリンを連れ立った母親ゴブリンである。
見た感じで分かる、少し前にサーベルタイガーに大切な家族を奪われた者たちだ。
そんな者たちが次から次へとやってきた。
あの魔獣一匹にどれだけ村の者が苦しめられていたかが分かる光景であった。
アネットは改めて不思議な感覚に包まれていた。
亜人と魔獣、共に魔属性地域奥深くからやってきた存在のはずなのに、人間同様、魔獣に苦しめられ泣いている。
ある者は家族を失って悲しみ、時に喜び、祭りで馬鹿騒ぎをする。それはまるで人間でも見ているかのよう。
自分のもとにやってくるゴブリンもいた。
子供のゴブリン達が日頃のお返しとばかりに、手製の小物や料理を手にお祝いにやって来てくれたのである。
何人目かの子供ゴブリンが、満面の笑みで割と大きめのトカゲの丸焼きを持ってきた。
それを目前に突きつけられ、ちょっとだけ引くアネット。
いくら慣れたとはいえ育ちの良さが邪魔をする。
隣を見ると酒をあおり、普段らしからぬ上機嫌なゴブリンが笑いながら食え食えとやっていた。包帯姿がまだちょっとだけ痛々しい。
恐る恐る手に取って、目をつむって尻尾の先を歯で引きちぎるアネット。
そして味など感じぬうちに強引に飲み物で流し込む。
「ゲッホゲッホ……」
思いっきりむせるアネット。
しこたま咳込んだあと彼女は、精一杯の愛想笑いでもって返してみせた。
その光景を見た無口で無骨なゴブリンは、今までに一度だって見せたことのない盛大な高笑いをしていた。
アネットはこのゴブリンがどれだけ自分のことを想ってくれていたのかを、今更ながらに理解した。
ここに初めて連れてこられた時は奴隷同然の扱いを受けながら、それこそ毎日毎日、一日の例外もなく料理を作らされた。
最初は下手くそだったので美味しくはできなかった。それなのにこのゴブリンは文句も言わずに黙って食べていた。
もし自分がいま目の前に並んでいるような、ゴブリンの料理を出されていたらどうだっただろう。はたして口にできていただろうか。
舌の肥えた自分では、恐らく無理だったに違いない。
今だから分かる。あれは作らされていたのではなく、作らせてもらえていたのだ。
手枷と縄も同様、無謀にも森に踏み入らせない為の、優しさの一つの形だったのである。
亜人種は駆逐すべき人類の敵。最初にこう世に謳ったのは確か教会だっただろうか。
しかし隣で高笑いするこのゴブリンはどうだろう。彼は本当に駆逐すべき敵だろうか。
このゴブリンとは生死を共にした仲だ。それ以前に命の恩人でもある。
だがそれとは別に、彼は他者を思いやることのできるゴブリン……
「(人とどう違うの……?)」
その身で経験したアネットからはもう、亜人種だからというだけで明確な理由なく敵視するような、ステレオタイプ的な考え方は完全に消えてなくなっていた。
「……」
普段、無口な男の高笑いを前にして、アネットは珍しく笑みをこぼしていた。
そして昼からのぶっ続けの祭りもいよいよ佳境という頃合い。
村長ゴブリンが二人の前にそれぞれ一本の短刀を持ってきた。その色合い、形状から解かる。
「これって……」
それはサーベルタイガーの両の牙から錬成されたものであった。
しかしこの輝き、鋭さ。素人のアネットにも一目で解かる、そんじょそこらの物とは比べものにならないほどの一品であった。
それもそのはず、それは人間社会ではネコのツメと呼ばれる、超が付くほどの一級品なのであった。
牙が素材なのにツメとはこれいかに、という話は一旦置いておくとして、これは云わばトロフィー。
屈強な戦士階級のゴブリン、それもサーベルタイガーを屠りし者にのみに与えられる勲章も兼ねた、切れ味最高の短刀なのである。
錬成日数わずか一日二日でこの輝き。更に錬成を重ねればもっともっと素晴らしいものに仕上がるに違いない。
それを手に取った無口なゴブリンとアネットの両名は、村長ゴブリンによって促され立ち上がった。
その日、二人は全村民ゴブリン達によって割れんばかりの大喝采で讃えられたのである。
「ギs9あヨ”ーーー!」
「おぉーーー!」
手にしたばかりの勲章……ネコのツメを掲げ雄叫びでもってそれに応える二人。
アネットの雄叫びは年相応で可愛らしいものであった。
忘れえの忘却の彼方……
二度と来ることのない今日という日は、アネットにとって決して忘れることのできない一日となったのである。
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