第一章 その5 ネコのツメ (後半)
森を駆けずり喰らわば一撃のサーベルタイガーの攻撃を、態勢を崩しながらも何とか凌ぐ無口で無骨なゴブリン。
一方で大木に身体を打ちつけながらも、そんなのお構いなしに平然と追い回してくる魔の森の殺し屋、サーベルタイガー。
勝敗は誰がどう見ても明らかであった。
暴威を振るう災害に対して、必死に逃げ惑う小さき者といっても過言ではない状況。
無骨なゴブリンも頃合いを見て逃げる腹づもりだったのかもしれないが、それを許すサーベルタイガーではなかった。
退路を断つように立ち回りはじめる大型魔獣。
全てが一撃必殺の攻撃が徐々に歴戦のゴブリンを追い詰める。
森という環境を利用しての回避も、そろそろ限界に達しようとしていた。
その時である。ゴブリンの視界にアネットの姿が映り込んだ。
「!?」
ゴブリンからしてみたら、何故まだこんなところにと思ったことだろう。
だがアネットの顔を見た彼はすぐに理解した。
あのか弱かったニンゲンの少女は、どこに出しても恥ずかしくない戦士の顔をしていたのである。
戦う決断を下したアネットは考えた。
このまま何も考えずに参戦しては、ヤツのエサが一人分増えるだけ。
それでは身を挺してまで立ちはだかった彼の献身が無駄になってしまう。
あれでいて筋骨隆々、アネットよりずっと力の強い戦士階級のゴブリンである。
そんな彼ですら傷ひとつ負わせるのがやっとの相手。
非力な、それもアネットのなまくら剣ではかすり傷ひとつ付けられないだろう。
そこでアネットがとった行動はこれであった。
木の上からの一点突破の一撃。
重力に加え全体重までをも上乗せした必殺のそれを上手く急所に叩き込めたなら、たとえサーベルタイガーであってもタダでは済まないだろう。
幸いにもまだ気付かれていない。
木に昇って高所からの一撃必殺の機会を窺うアネット。
それに気付き理解したゴブリンは小さなミスの一つが死に直結しかねない極限状態の中で、いかにも必死に逃げ惑う非力なゴブリンを装ってみせた。
そして命懸けで演じつつ、目標ポイントまでの誘導を試みたのである。
流石は歴戦の勇士。最大の脅威を前にしての、この見事なまでの胆力。
そして自らとアネット、襲い掛かる敵が一直線上に並ぶ瞬間を見計ってのワザとの尻もち。
自分を餌にサーベルタイガーに絶好の機会を与えてやってみせたのである。
ここぞとばかりに飛びかかる大型魔獣。アネットの眼下にまたとない機会が訪れる。
「(ここ!!!)」
一度限りの一撃必殺。
戦士となった少女は両の手で剣を押さえながら無言のまま身を投げた。
バギィィィィンンン
「!!!?」
今まで聞いたことのない、耳をつんざくばかりの音が辺りに響き渡った。
アネットの全体重を乗せたなまくら剣の一撃は見事、サーベルタイガーの脳天に直撃した……かにみえた。
しかしあまりにも長い年月、使い込まれ過ぎていた青銅の剣はその衝撃に耐え切れず、木端微塵に砕け散ったのである。
「くはッ……」
重量にしたら自身のおよそ五、六倍。
体の軽いアネットはその反動で弾き飛ばされ、木の幹に体を打ちつけてしまう。
万事休す。二人はそう覚悟した。
だがアネットのなまくら剣は砕け散りながらも、サーベルタイガーの頭蓋骨に致命傷を与えることに成功していた。
骨にヒビでも入ったのかもしれない。
今までに一度も味わったことのないであろう強烈な感覚に、サーベルタイガーは我を失いのたうちまわる。
実際、激痛どころの騒ぎじゃないのだろう。これ以上ないくらいに激しく暴れまくる巨体の獣。
予想外にも間近で巻き添えを食らうかたちとなってしまったゴブリンは、何とかそこから抜け出そうと試みた。
そこでとんでもないことが起こった。
あろうことか、不覚となったサーベルタイガーに腕をがぶりとやられてしまったのである。
「グw8ぃーーー!?」
激痛に顔を歪ませるゴブリン。しかしそこは百戦錬磨の戦士であった。
肩口に激痛が走るなかでの逆転の発想。
ある意味で状況が整ったともいえたそれを、彼はトドメを刺す好機と捉えたのである。
剣の握りを替え、急所のこめかみに向けて最後の一撃を入れるゴブリン。
かくして二人は掛かる災難を見事、打ち破った。
魔の森の殺し屋、サーベルタイガー撃破である。
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