第三章 その7 研究と考察とその後

第三章 その7 研究と考察とその後



 オリンピア   戦士 享年二十六歳 

         元ルツキーニア地方出身 


 幼少期に傭兵団に拾われ、下働きののち若くして頭角を表す。その後、気の合う仲間と

ともに傭兵団を抜け、パーティーを組み冒険者となる。

 剣術、槍術、レンジャー技能にて中級技術を認定。

 同パーティーの冒険者と結婚し、懐妊を機に引退。その後出産。配偶者も引退を考えていたが、子の顔を拝むことなくクエスト中に帰らぬ人となる。娘と共に配偶者の実家で暮

らす。その後、嘱託としてギルドの緊急クエストに同行。同クエストにて死亡。

 生涯討伐数は一部記録不備により不明。クエスト達成率は九割を超す(レイドクエスト

を除く)。

      ※冒険者ギルドの記録より抜粋   



 この話のその後のあらましは、おおよそこうである。


 巣穴の外に出ていた戦士階級のゴブリン達は異常を察知し順次帰投していて、洞窟の入り口付近はすでに半包囲状態となっていた。


 しかしその入り口には既に簡易なものながらバリケードが設置済みであり、その結果、睨み合いの状態となったのである。


 防御という観点だけから見れば、良くも悪くもの状況。しかし脱出はままならない危機的状況でもあった。


 その一触即発の緊張状態はしばらく続いたが、幼ゴブリンの遺体を群れに引き渡してみようという意見が出て、その案が実行されてからは状況は変わった。


 これを提案したのは若い女ギルド職員であったが、実はこれ、いざという時はたとえ相手がゴブリンであっても敬意を払おうと、事前にオリンピアと申し合わせていたもののうちの一つであった。

 一同は亡きオリンピアのベテラン冒険者としての経験と勘に、命運を委ねたのである。


 スカサハとディムナが担架用の板切れに幼ゴブリンの遺体を乗せ、双方の中間地点に丁重に安置する。


 傷だらけの幼ゴブリンの遺体を迎え入れたゴブリンの多くは激しく憤り、まさに一触即発待った無しの状態となったが、彼らのなかで話し合いが纏まったのだろう。次第に一体また一体と後退していって、包囲を解いて何処かへと去っていったのである。


 全ての雌の個体を失ったことを理解した彼らは、復讐という名の不毛な戦いを避け、新天地を目指す選択をとったのである。


 残された戦士階級のゴブリン達が次にどこに向かい、何をするのかは知る由もない。


 見るも無残な姿となった保護対象を目の当たりにし、怒りに任せ怒声を上げていたゴブリンたち戦士階級。

 しかしそんな彼らにも群れを纏め上げる者がいて、その者の合理的な判断とその選択によって今回は、オリンピアという要を欠いた一行の生還が叶えられた。


 ゴブリン達の英断によって無駄に命を失わずに済んだ。

 これは紛れもない事実であった。


 これがロマーニ村ゴブリン襲撃事件に端を発した緊急クエスト、救出作戦の一部始終である。


 その後、村は今回の出来事を機に周囲に堀と土手を築き、柵を強化し、魔の勢力圏から近い村としての相応の防備を高めていくこととなった。


 そしてその後の研究により、今回のような女性ばかりが誘拐されるというケースでは、誘拐されたヒトの生存率は意外にも高いという統計結果が出されたのである ※自殺を含む


 これは無理やり連れてきた相手を酷く扱うようなことはかえって稀なケースであり、大抵の場合はゴブリン側が仲間として受け入れ、対しているからと推測される。


 なかにはよく馴染んでいたというケースすら報告された。

 これには雌のゴブリンの存在が大きく係っているものと考えられている。


 今回のロマーニ村のケースでは攫われた大人の女性一名と少女二名の計三名に加え、それ以前に捕まっていたであろう女性一名の合計四名が確認されたが、たった一名の生存しか確認されなかった。

 これはゴブリンの群れが想定外の事態に陥り、幼体のゴブリン一体を除き、全ての雌の個体が失われていたことに起因するものと推測される。



 ーーー冒険者ギルド二階の応接室にて。


「どうですか? 少しキツかったりはしませんか?」


 ギルドの記録係を務める女性職員は竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の勇者の手に包帯を巻きながら、声を掛けた。

 割れたカップとテーブルの上を片づける際、英雄となった彼女は何故か突然、血が滲んでしまうほどに強く、カップの欠片を握りしめたのである。


「でも何でこんなことを……」


 ギルドの女性職員としては思い当たる節はない。それでもあえて挙げるとすれば、カップの取っ手がとれて落ちる間際に自分が投げかけた質問……


 この世界に入ったきっかけは何だったのか? あなたは何者なのか……


「(それに手のひらの十字の古傷……)」


 竜殺しの勇者の手には、かつてどこかで見た十字の古傷が刻まれていた。

 あれは昨日今日ついた傷ではない……


 すると突然、英雄となった少女がこのように切り出してきたのである。


「さっき……記録として残すのが仕事って言ってましたよね……」

「え……? あ、はい、そうですが……」


「……なら、これから私が話すことも、記録として残して下さいますか?」

「……!? も、勿論ですっ」


 そう言って竜殺しの勇者だ、英雄だのと持て囃された少女は自らの過去、忘れ得ぬ在りし日の記憶ことを語り始めたのである。

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