第一章 その2 十才の決断 (後半)
そしてそれから二日後の早朝、残りの六人の子供たちを買い付けることになった奴隷商の馬車がやってきた。
すでに一台目の馬車には自分たちと同じような境遇の子供たちが詰め込まれていたようで、アネットたちは二台目の馬車に乗せられることになった。
そして急かされて無理やり乗せられそうになった、その時である。
隣に停められていた三台目の馬車から突然、何かが勢いよく飛び出して、大急ぎで駆けていった。
「……ん?」
「おい、あれっ! 逃げたぞっ!」
朝もやの中、あっというまに離れていく小さな影。
ボロボロの衣服から覗くは緑色をした手足。一見ヒトの子のようでそうではない何か。
「……チッ、ったくしょうがねえなァ」
そう愚痴をこぼした一団の頭目らしき男は、慣れた手つきで弓を引き絞ると狙いを定めた。
すると再び馬車から飛び出してきた同じく緑色をした別の何かが、その男の足にしがみついた。
「ギャ須m2ぃ!」
意味の分からない叫び声が響く。
話にだけ聞いたことのあるゴブリンであった。
「クソッ、一体どうなってやがる。ちゃんと縛っとけって言っただろうが!」
男はしがみついてきたそのゴブリンを思い切り蹴飛ばした。
見ると手枷で両手の自由が奪われている。
男は改めて狙いを定め……矢を放った。
ドスッ……ドスッドスッ……
男の放った矢は逃げるゴブリンの背中、その丁度ど真ん中に突き刺さった。
ほぼ同時に放たれた仲間の矢も、肩と脇腹に突き刺さる。
致命傷を受けたゴブリンは数歩だけヨロヨロと歩を進めたがその後、前のめりに倒れた。
一度は蹴り飛ばされたゴブリンが、再び男にしがみついた。
今度はわんわんと泣き喚きながら。だが男はまたもそれを蹴り飛ばした。そして今度は踏みつけ執拗に痛めつける。
終いには腰の剣に手をかけた。
「オ、オイッ……」
男は仲間が制止するよりも早くゴブリンに剣を突き立てていた。そこには何の躊躇もありはしなかった。
馬車に詰め込まれようとしていたアネットを含む子供たちは、それを目の当たりにしてしまったのである。
ゴブリンが目の前にいるというだけでも衝撃的なのに、それも二体も殺されるというダブルの衝撃。
真っ青な顔で今にも泣き出しそうになる子の肩に手をやって、自分の方に抱き寄せるアネット。彼女の服の裾をぎゅっと握り締める子供たち。
「何もコイツまで殺すこたぁねーじゃねーかよ。あーあもってえねぇ、コレでも売りモンなんだぞ一応?」
「馬鹿いうな、テメェらの後始末をしてやったんじゃねぇか」
「だからってよお……」
「俺ァなぁ、コイツらのことがでえっ嫌ぇなんだ。見てるだけでも虫唾が走る。すぐにでも皆殺してやりたいぐらいなんだぜ? それになあ、これで馬鹿な真似をしたらどうなるか、少しは理解できたってモンだろぉ? 必要な処置ってヤツだぜ」
そして男はそのニヤけた面をアネットに近づけた。
「……なぁ、お前もそう思うだろ? 嬢ちゃんよォ?」
アネットの顎をクイッとやって品定めをする男。
「ヒッ……」
抱き寄せていた子が悲鳴にも似た声を上げ、アネットの陰に隠れた。
一方で気丈にも睨み返すアネット。しかしその手足は恐怖に震えている。
「フフン、ガキのくせして一丁前に……しかし好事家の豚共には良い値が付きそうだな」
そう言ってアネットの襟の下に隠されていたネックレスを引き千切った男は声を張り上げた。
「まぁオメェーらは大事な商品だからすぐに殺したりはしねぇが、逃げ出したりしたら今みたいに、死んだ方がマシって思えるくらいなメには遭わしてやっから覚悟しろよォ!」
最後にはトドメまで刺しておいて、まさにどの口がだが、堪らず小さい子たちは泣き出してしまった。
所詮相手は年端もいかない子供、効果はテキメンである。
男は高笑いしながら指示を出した。
「さぁ、とっとと出発の準備を整えるんだ。心配すんな、俺にはこれぐらいの裁量は与えられている。安心して働け!」
アネットにとってこれは、これから落とされる奴隷の身分というものがどういうものかを、嫌というほど思いしらされる出来事となったのである。
そしてアネット達を乗せた馬車は出発した。
後には逃げようとしたゴブリンと、それを助けようとした哀れなゴブリンの亡骸だけが残されたのであった。
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