第8話 交易都市奪還計画


 ──日が傾き、交易都市が茜色に染まった頃。メリフィリアとラルフは収穫がなかったことに肩を落としていた。

 魔族ふたり、までは宿屋の主人も良い顔をしてくれる。そこに人間ひとり、と付け加えた瞬間。不思議な力で部屋が満室になってしまう。


「だめねぇ〜」

「だめだったなぁ……」


 南西部の目につく安宿は回れるだけ回って全滅。門前払いされる姿を見ていたからか他の宿からも締め出されていた。

 途方に暮れる二人が石のベンチに腰掛けて怒られる覚悟をしていると──。


「なんでそんな落ち込んでんだ?」


 いつのまにかマスターがすぐ後ろに立っていた。


「キャウンッ! マ、マスタァ〜……ごめんよ、オイラたち宿が見つかんなくって」

「なんだ、そんなことか。こっちで見つけといたから問題ない」

「「え?」」

「詳しいことは宿で話す。ついてきてくれるか」




 ……いったいなにをどうしたらこうなるのか、目を離したのは現実時間にして四時間に満たない。

 ラルフとメリフィリアは木製の丸テーブルを囲んで、酒場の席に座っていた。

 中枢目抜き通りからやや外れた位置にある大衆酒場を併設した旅人向けの宿屋。

 宿を仕切る女将はでっぷりと肥え太ったオークの女性。里を飛び出してからここに店を構えて早ン百余年。すっかり交易都市の知る人ぞ知る穴場の名店となってしまったらしく、連日盛況で人間の手でもいいから借りたいと笑い飛ばしていた。

 その人間こと、マスターは手慣れた動きでホールを右に左に歩き回って魔族に料理を運んでいる。この店の常連は人間に対して好意的なのか、むしろマスターを度胸のある若者として受け入れていた。


「どうやって見つけてきたのかしらぁ?」

「しらねぇよぉ……」

「はいちょっと失礼。泊めてやる代わりに働けって言われたから即決した」


 ラルフの前に置かれる、こんがりと焼かれた骨付き肉。メリフィリアの前に置かれる似たようなコカトリスの丸焼き。


「お代は?」

「俺が働いて返す」

「なに話してんだい新入り! キビキビ動きな!」

「はい働きまーす!」


 営業スマイルを貼りつけてマスターは再びホールを歩き、それから女将のオークの指導を受けて厨房に行くかと思いきやなにか一悶着起こしていた。

 衛生面での厳しい指摘に女将も渋い顔をしている。

 ホールにはもうひとり、若いエルフの女性が住み込みで働いていた。都会的なエルフは珍しい。閉鎖的な部族であり、ケンタウロス族とは同郷の士であれば良好な関係を築くという。それ以外は険悪。


 たった二人で客足が無くなるまで捌き切ると、どっぷりと夜が更けていた。

 マスターがどんなもんだとガッツポーズをしている。それには女将も気を良くして手を叩いていた。


「なんだいアンタ、酒場で働くの初めてじゃないね! 気に入った! こりゃあララフィも立つ瀬ないんじゃないかい!」

「ひぃ、ひぃ……わたしも、頑張ったつもりなんですけれど……!」

「ララフィねーちゃん体力ねーなー。エルフってみんなそうなの?」

「ちがいますー! 今日はちょっと張り切っていただけで、いつもはこんなに疲れてません! 本当です!」


 お前の体力がおかしいだけだ。ラルフが骨をかじりながらマスターに視線で訴えている。食後酒を一気に飲み干したメリフィリアを見て、世話焼き女将がもう一杯注いでいた。


「それでぇ、どういう経緯でこうなったのぉ?」

「講演会に乗り込んで啓蒙活動したら予想以上に大盛況。あれよあれよと言う間に情報を聞き出したら、人間軍の駐屯地も領主の容態も四大富豪の情報も全部ひっくるめて欲しい情報はほぼ全部手に入った」

「………………」

「メリフィリア、あご。あご割れてる」

「あ、いけなぁい。もごもご……」


 開いた口が塞がらない、どころか開いた顎が塞がらない状態。


「……メリフィリア? アンタもしかして魔王軍かい? となるとそっちの人狼も」

「わふっわふっ……わうん?」


 骨にかじりついて尻尾を揺らしていたラルフが固まる。口から離して咳払いを挟むと、腕を組んでふんぞり返った。


「お、おうとも。オレも魔王軍の一員だ」

「いや今の流れからは無理だろ。いいから骨食ってなさい」

「うぅ……ガジガジ……」


 女将が両者を見比べたあとに、マスターに目を向ける。


「……じゃあアンタは、何者なんだい」

「ちょっと大きい声で自己紹介できない訳あり人間。他言無用の約束守れるなら、本当の話をしてもいい。ララフィねーちゃんにもな」




 ──マスターはこれまでの経緯を話した。要点を簡潔にまとめて、これからの目的についても。

 しかしその話を聞いても、女将とララフィの顔色は沈んだままだった。


「無茶にも限度ってのがあるだろ、アンタ。交易都市を人間軍から取り戻すって言ったって」

「そ、そうです。勝ち目なんてありません」

「俺一人でやるのは、まぁ確かに無理な話」

「キミのことだから、きっと計画立ててあるんでしょ? 教えてくれない?」


 まだ付き合いは短いが、メリフィリアはなんとなくマスターという人物像が見えている。

 異界の土地であるというのに、大胆不敵な行動力。それを裏打ちするかのような実力。度胸も力量も器量も良い。頭の回転も早く、体力もある。おおよそ非凡な才覚に満ちていた。

 だがそこに高潔さはない。彼は善良な人間では決してなかった。合理的で打算的で、悪辣。目的のための犠牲を何とも思わない。


「計画を話す前に、俺の腹のうちをいくつか話す。まずひとつ、俺は姫様をそれほど快く思っていない」


 その言葉に驚く一同に、理由を添える。


「魔族の政権復興、首都奪還。大いに結構な話だ。その偉大なる革命劇に異界の人材を招き入れ、助力を乞い願う。大いに結構、人間達もやっていることだ」

「ならなにが嫌なんだ。姫様、あんな良い人なのに。俺たち魔族のことを第一に考えてくれてる」

「そう、そこだ。それが気に食わない。その善良さは確かに美徳だ。良き執政者に求められる高潔さだ──だが気に食わねぇ」


 マスターの声が、すっと低く冷たくなった。


「魔族のために、亡き父のために、我らの未来のために。そう口にしておきながら、窮地を救ったのは誰だ? 俺だ。囚われの魔王軍諜報部の解放は? 俺の功績だ。なら交易都市の奪還ならびに計画の立案と実行は誰だ? ここにいる俺以外にいるか?

 魔族のためにと口にしておきながら、結局は人間の手を借りている。この調子で全てを取り戻したあと、統治者の席に姫様が座るのだけは流石の俺も我慢ならねぇ」

「なら良い席を約束してもらえば──」

「馬鹿。ラルフ。馬鹿人狼。三点」

「よくわからないがオイラものすげぇ罵倒されたのだけはわかった……」

「メリフィリア、理由がわかるか?」


 グラスを揺らして、赤葡萄酒の水面を眺めながらメリフィリアが考える。


「キミはそもそも、元の世界に帰るためにやっているから。でしょ?」

「正解。はなまる」

「やったぁ♪」


 はなまるの意味はよくわからないが、褒められたのはわかったのかニッコニコだ。


「つまりあなたは……」

「そう。魔族の未来は魔族の手で取り戻すべきだ」


 全員がその言葉に納得していた。一理ある。このままマスターが全ての指揮を執ってしまえば、ミレアの立つ瀬がなくなってしまう。そこまで先を見通した上で計画を立てていたとはメリフィリアも予想していなかった。


「俺は自己分析ができてる人間だ。自分に何ができて、何ができないのかくらいわかる。俺のやり方が非道なのも理解してる。だが一番効率的なんだ。そんなやり口で取り戻してみろ。何が起きる? 今度は内紛だ。内輪揉めが始まる。だからそうならないように、姫様がしっかり前に立ってみんなを導いてくれなきゃ俺が困るし、後々自分で困ることになる」

「──ふひ」

「……急に笑うなメリフィリア、こわい。どうした」

「私、キミのことだいぶ好きになったかもぉ。あぁぁ……食べるのもったいないくらいぃ……ふひ、へへへ……とっておきたいけど、とっておけるかなぁ……ふふ、ひひひ、ヒヒヒヒヒ……」


 こわっ。凍りつく場の空気、ギチギチ鳴らされる大顎、ギラリと覗く粉砕機の如く歯並び。青ざめるララフィが気絶する前にマスターは本題を切り出した。


「さ、さてこっからが本題だ。俺の計画について具体的に話そうと思う──まず交易都市を奪還するにさしあたり必要になってくるのが、金と人員だ」


 交易都市中枢。大時計城を駐屯地として数千、数万規模の人間軍は定期的に“輸入”されてくる。これは人間軍の騎士から聞いた話だ、間違いない。

 北の都市防衛隊が大打撃を受けた際、領主はすぐに損切りを選択した。敵わないと見るやいなや、停戦協定を申し出た。被害を最小限に、譲歩と交渉を重ね、かつ交易都市で抱え込めるギリギリのラインを見極めて。


 現在も数千規模の人間軍が滞在している。北からやってきた侵略者達は西方の首都と南方の城砦都市を目指して常に人員を補充し、それだけでなく領地から補給線を繋いでいた。レオブレド大将軍はそれすら勘定に入れて軍を進めている。


「現在、南方炎獄の城砦都市をリョウゼン将軍が攻略中だ。首都スレイベンブルグではレオブレド大将軍閣下が難儀しているそうだ」


 北方氷獄からアイレス将軍は動かない。それも合わせて裏が取れている。


「同時に相手取るのはまず無理だ。クレスト親衛隊とシュヴァルクロイツ親衛隊もいることだしな。だが視点を変えれば、この交易都市は敵味方双方にとって補給の要ともいえる。女将さん、地図を」


 女将のオークが壁に掛けていた都市の地図をテーブルに置くと、マスターが大城門を指し示す。


「北門は閉鎖。主に人間軍が入荷されるのは東口。ここを封鎖して都市内に人間軍を隔離する。まずそっからだ。だが仮に、姫様の名前を出したところで意味はない。俺が指揮を執ると言ってもまともに取り合わないだろう。そこで、だ──金と名声が必要になってくる」

「わふっ? どうしてだ?」

「おめーはいつまで骨かじってんだ。没収」


 ラルフが咥えていた骨を取り上げてメリフィリアに渡すと一呑みしていた。


「名声、つまりは交易都市における「発言力」だ。どれだけ市民を動かせるかが鍵になってくる。そうなると厄介なのが──四大富豪。こいつらの権力が強すぎる、下手したら俺を商売敵として抹消してくるかもしれん」


 交易都市をエリア別にした際に、大きく別けて四つのエリアに数えられる。東西南北、それらを治める四人の大富豪。少なくともそれに勝るとも劣らない地位と資金が必要だ。

 不可能に等しい、なにせ今は人間軍が幅を利かせていると言っても四大富豪は魔族だけで構成されている。


「ふ、不可能じゃないですかそんなの……!?」

「そう、ララフィねーちゃんの言う通りまず無理だ。何故ならこれから先、地道に活動していく中で必ずぶち当たる障害になる」

「ならどうするってんだい」

「だから、こうする」


 とん。

 マスターが指し示した場所は──大時計城。


「交易都市領主。“元”魔王城に棲むトードウィック・フロッグマンと交渉する。聞けば大魔王デミトゥル・ヴァン・ヴェーグロードの古い忠臣だったらしいな」


 つまり、魔王政権の古株。ならばミレアと面識もあるはずだ。芋づる式に、魔王の娘の消息を知りたがっていると同時に、その効果も高い。


「でもそうなると今度はどうやって謁見するつもりで……?」

「正攻法で訪問したら追い返されるだろうな。今は病床に伏せているらしいし。となれば話は簡単、盗みに入るのさ。メリフィリア、交易都市で潜入調査してたって言ってたな。城に忍び込めるか?」

「ん~。できなくはないけど、専門外ねぇ」

「わう? それならメリフィリアが領主様に計画を話せばいいんじゃないか?」

「それじゃダメよ。彼が私達の味方である証明と、異訪人である証拠を領主様に見せないと」


 そのための証拠品もマスターが持っている。


「うぅん、それも難しいんじゃないでしょうか……?」

「ところが、だ。こっちのほうが俺の性分に合ってる。いま、人間軍を悩ませているのが「クロムキャスケット盗賊団」だ」

「あぁ~……あの子達、いたわねぇそういえばそんな子たちも。ふひへへへ、すっかり忘れちゃってたわぁ」

「いや覚えとけや諜報部。っていうか知り合いかよ!」

「だって、おいしくなさそうなんだもの」


 判断基準はそこか。

 ともあれ、都合よく盗賊団が街を賑わせている。義賊のような一団らしく、悪徳業者を懲らしめ、四大富豪の頭を悩ませている存在だ。得た獲物は貧民街の仲間たちと分け合っているらしく、マスターはそこに目をつける。


「富めるものがいる以上、貧するものがいる。表向きの繁栄が約束されているのなら、当然、表に出せないものも流通している。闇市場があるはず、とくれば仕入先も表沙汰に出ない。そう、闇競売だ。連中のための金になる品を交渉材料とする」


 合っているかの符号をメリフィリアに確認すると、確かに存在すると望んでいた返事が返ってきた。


「城に忍び込むためにクロムキャスケット盗賊団と接触する。それから領主と交渉。城門の封鎖ののち、隔離された人間軍を残らず掃討。残るは締め出した将軍達を各個撃破、首都奪還──っていうのが、最も理想的な流れだ」


 僅か一週間足らず。得た知識もそれほど多くないはずだ。だというのに、すでにそこまで計画を練っていることにラルフが言葉が浮かんでこない。

 大魔王デミトゥル・ヴァン・ヴェーグロードを失い、急速に失墜していく魔王政権と魔族の未来がたったひとりの人間が立てる計画によって希望が見えてきた。

 しかし、その言葉に惑わされずララフィが小さく手を挙げる。


「あの。計画の全貌はわかりました。でも、肝心な交易都市奪還のために何をするのか具体的な説明をされていません」

「聡いな、ララフィねーちゃん。肝心なやり方だが、簡単だ。むしろこれのためだけに金がいる。莫大な金がな、それこそ四大富豪規模の」

「何をするんだい。武器や防具でも買い揃えて戦おうって?」


「まさか。そもそもこの街は誰のものだ? 魔族のものだ。そこに良からぬ客が入り浸ってたらそれこそ商売の邪魔だろう──人口一千万、全員共犯者に仕立て上げる」


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