第21話 名門貴族コンビ誕生
リヴレットとヴィンフリートの二人は交易都市西部のエキドナ邸宅を目指した。
雷鳴騎士の瞬足に、血相術による瞬発力強化で難なく併走する姿を心強く感じながら屋根伝いに走る。
眼下の暴動は熱狂する一方、救援に駆けつけたい一心のリヴレットをヴィンフリートが制した。行動の目的を見失ってはならないと諭し、先を急ぐ。
程なくして、二人はエキドナの邸宅に辿り着いた。
大蛇の巣を前にして、ヴィンフリートは一度だけリヴレットの意思を確認する。変わりはない、と返されて屋敷の戸を叩く。
すぐに扉が開けられ、顔を覗かせたのは首輪をかけられた獣人の忌み子。人間年齢にして十代に差し掛かったところか。
虎の尾を持つが、それだけだった。顔色を伺うようにしており、身なりも褒められたものではない。しかし奴隷の扱いに苦情を出すものなど誰もいなかった。
ヴィンフリートは屈むとその子に目線を合わせて要件を簡潔に伝える。すぐに頷き、虎の忌み子は走り去っていった。
「さて、リヴレット。どう思う」
「どう、とは。先ほどの子どもの扱いについてか?」
「それもある。もうひとつの問題だ、目的の相手が不在であった場合だ」
その懸念はもっともだ、とリヴレットも思い当たる。そして彼は確かに貴族らしからぬ貴族の意思を持っていた。
上流階級の出であれば、労働階級に対して傲慢さがあるものだが、ヴィンフリートにはその色が見られない。むしろ進んで理解を深めようとしている。
それも踏まえて、相手への評価を高めていると扉が再び開けられた。しかし現れたのは虎の忌み子ではない。
大蛇の三姉妹、その長女であるノーティスが妖艶な笑みを浮かべていた。
邸宅の中へ招かれた二人は客室に通され、それからしばしの時間、待たされる。
室内を見渡せば、陶器やら皿やら何やらと芸術品、骨董品、買い集めた剥製などがそこら中に飾ってあった。リビングアーマーまで部屋の四隅に飾られている。
「まさにリビングのアーマーだな」
「……私は笑うところか?」
ヴィンフリートなりの冗談だったのだろう。慣れない魔族の屋敷に通されたリヴレットの緊張を解そうと。
その気遣いを嬉しく思いながら、相手の到着を待つ。こちらとしても突然の訪問、無礼なのは百も承知していた。
しばらくの間、室内は静寂に包まれる。
やがてエキドナが姿を見せたのは、十分後のこと。相手が無礼な客であろうとも化粧は欠かさず、服も着飾っていた。穴倉で過ごしていた頃からは想像もつかない自分の姿。
その後ろにはダイルが常に控えている。言葉少なに付き従う忠臣はもはや自らの半身と言ってもいい。
「誰かと思えば、かの名高きヴォーヴェライト家の者ではありませんか」
「無礼も不躾も覚悟の上。こちらもラトリヴジア家の名高い女傑にお目通し願ったこと、感謝に尽きませぬ」
「……そちらの騎士は?」
「リヴレット・シュバルスタッド。人間の貴族の一門です」
二人は自己紹介を済ませると、単刀直入に用件を簡潔に伝えた。
ファング・ブラッディはどこにいるのか、と。
その言葉を聞くなり、エキドナは難しい顔を見せた。
「あの坊やを説明するのは難しいわね。まだこの都市にいることだけは確かよ」
「いま、この交易都市で起きている暴動。それは彼によって仕組まれたものであると考えています」
「……そう、それで?」
「我々は彼を捕らえ、この騒動を治めたいと考えています。どうかご助力のほど、ご一考いただきたく」
頭を下げるリヴレットに、しかしエキドナから返事はない。
「残念だけどそれは無理よ、シュバルスタッドの坊や」
「何故ですか」
「これは彼個人を捕らえたところで止まりはしない。彼はただの切っ掛けでしかないのだから」
元々人間と交流があった。互いに益となる貿易をもとに友好関係を築いてきた。しかしそれが瓦解し、一方的に不利益を被ってきた魔族は、それでも領主の名の下に耐え忍んできた。
彼はそんな不発弾燻る都市の起爆剤となっただけ。
ファングを止めたところでこの暴動は止まらない。まして、人間の首に懸賞金がかけられたとあっては貧民は決して止まることはないだろう。望んでやまぬ金が、手を伸ばせば届く場所に転がり込んできたのだから。
「どうすれば止まる」
「恐らくあの坊やの考えでは、人間がいなくなるまで止まらないでしょうね」
「しかし、もう何日かで騎士団が新たに投入される。そうなれば」
「そうね。その通りよ。そうなればね」
魔族領土にはレオブレド大将軍の兵士五十万がいる。それはほとんどが首都の制圧に向けられているが、城砦都市攻略のために兵員を割いていた。魔族最後の砦もリョウゼン将軍の手で陥落した今、鉱山都市に滞在している。
追加の騎士団が近日中に到着する予定というのはリヴレットも耳に入れていた。
だが──エキドナの言葉の後、にわかに邸宅が揺れる。埃が落ちてくると、慌ただしく小綺麗な人間の奴隷が客室の扉を開けた。
「騒々しいわね、何事?」
「も、申し訳ありませんエキドナ様! 東の大城門の跳ね橋が落とされて、街中が大混乱です!」
リヴレットが息を呑む。それは事実上、人間軍は撤退の道を閉ざされたことを意味していた。その報告を聞いて、エキドナが笑う。
「ほら見なさい。そうなれば、自分たちに勝ち目がなくなるのを知って、あの坊やが放っておくとでも? どんな大損害を出そうが知ったことではないわ。なんせ私たちは、もうこれ以上無いほどの損害をこうむっているのだからね」
今更城門の一つ二つ封鎖されようと、跳ね橋が落とされようと、交易都市が蠱毒となろうと、それは大した問題ではない。長い寿命の使い道が、街の再興に費やさられるだけの話だ。
人手がいる。物資がいる。食料も何もかも、金が動く──雇用が生まれる。命に値札がつけられる。となれば、やることは単純明快。
経済加速。都市の利益を回すだけのこと。
「彼はどこにいる!」
「残念だけど私は知らないわ。ただこの交易都市のどこかにはいるでしょうね」
用件は済んだか、とでも言いたげにエキドナは下ろした体を再び持ち上げる。ダイルが開けた扉に消えると、振り返ることはなかった。
不躾な客には無作法をもって接する。ただ疑問に答えたのは彼女なりの温情だ。
エキドナの邸宅を後にした二人は、途方に暮れる暇もなく今後の行動を話し合う。
「さて。どうするかね、リヴレット」
「……この都市から一個人を探し出すなんて無理な話だ」
「ならばもう一つの手がかりといこう」
「もうひとつ?」
「エキドナはあくまでファングの買い手だ。奴隷の身なりを見て分かる通り、彼女はあくまで奴隷を買うのが目的だ。世話なんてろくにしやしない。となれば次に我々が探す相手は、彼の“出品者”だ。なにか質問はあるかね?」
ヴィンフリートは眼鏡を押し上げながらリヴレットに意見を尋ねる。特に無いことを確認してから、一度頷いた。
「買い手がいるということは売り手がいるということだ。私が記憶している限りでは、貧民街の猫の獣人。ただ、彼女が売りに出したというより、連れてこられた、という方が当てはまる」
「……つまり、彼は自ら進んで人身売買を?」
「そうなるな」
「何のために?」
「よし、いいぞリヴレット。そうして疑問を口に出して互いに解決に向けて動くというのは、とても理解が進む。私が思うに、恐らく彼は、自分を売った金を貧困に喘ぎ苦しむ者のために貢ごうとした」
そこだけ聞けばまるきり聖人君子のような所業だ。しかし現実は異なる。
「だが、それはエキドナの金だ。つまり間接的にこの件は西部のものが関与していることになる」
「……ヴィンフリート、君はこの都市の貧民街をその目で見たか?」
「もちろんだとも。心が傷む。だが私の傷なんて些細なものだ。こうしている間にも彼らは飢えと渇き、寒さに震えているに違いない。──それら全てを解決するものは何だと思う?」
「……貨幣だ」
ヴィンフリートは「その通りだ、素晴らしい」とリヴレットに指を鳴らした。
「そうなると解決の糸口が見えてきたぞ。話を整理するとしようかリヴレット」
「まず、ファング・ブラッディの足取りからだ」
「そうしよう。まず彼は交易都市に、何食わぬ顔で潜り込んだ」
「そして私たち人間軍と接触、情報を得るために」
「次に彼は貧民街に訪れ、そこで猫の獣人と関わった。これについて心当たりは?」
「……ある。北の貧民街だ、共に足を運んだ」
「となれば確実だな。自分を闇競売で売りに出し……いやこの場合は「売りに出させた」と言った方が正しいな」
「彼女も利用された被害者だ」
「だが莫大な資金を手にした共犯者でもある。そしてこの暴動、騎士の首にかけられた懸賞金。そこに領主の死も重なり、人間と魔族の対立が加速」
「さらに言えば、東の跳ね橋が落とされて人間軍は孤立したことで増援が見込めなくなった」
「そうなればますます人間狩りは加速するだろう」
早いもの勝ち。商戦ともなれば交易都市の十八番だ。
屋根の上から見下ろす都市はあちこちで火の手が上がっている。青天の霹靂、雷鳴騎士達が自衛のために霊術を行使している音が聞こえてきた。
事は一刻を争う。
「賞金首、ということはだ。君を連れていけば我々も潜り込むことができると考えるがどうだね?」
「しかし、待ってくれヴィンフリート。一番の疑問は彼の動機だ。何のためにこんなことをしたと考える」
「ふむ。確かに、振り返ってみれば彼にとって利益となる行動ではないように思えるな。これらの騒動によって、誰が利益を得ることになるのか……」
リヴレットとヴィンフリートは眉を寄せながら互いの顔を見た。
──ファング・ブラッディの動機。
──魔族と人間の対立によって誰が得をするのか。
──彼個人の利益ではないとしたら、いったい。
──彼の共犯者が利益を得られるのだろうか……、
──共犯者?
「……リヴレット、私の仮説を聞いてくれるか」
「聞かせてもらう、ヴィンフリート。話してくれ」
「彼の行動そのものが不可解だ。大胆不敵にして狡猾、そんな相手が金銭を目的に果たして行動を起こすだろうか?」
「つまり、彼の目的は貨幣ではないと?」
「そうだ。もしかすると、彼の目的そのものは、既にこの状況なのかもしれない」
「人間と魔族の衝突だとして、それがどうして」
「そう、それだ。彼はこうなるべくして扇動したはず。そしてそれを都市防衛隊ではなく市民を用いた点が疑問にはならないかね?」
ヴィンフリートの言葉に、確かに、と頷く。防衛隊、衛兵であれば兵士としての練度が期待できる。だがそうしなかった。彼は金貨をばらまいて市民を戦いに駆り立てた。それがつまり、何を意味するのか。
「彼の目的は、交易都市そのものを共犯者に仕立て上げることだ」
「──それこそ馬鹿げている! そんなことをして……」
リヴレットの脳裏に北の貧民街の惨状がよぎる。
交易都市北部のごく一部に留まった戦禍が、この都市そのものに及ぶ。今度は領主による制止もかからない。
魔族領土に踏み入る人間軍五十万を遥かに凌ぐ、一千万の要塞が出来上がる。だがそれは人道を踏み外した行いだ。刃を向けることすら憚られる。
「そう、そんなことをすれば君たち人間はこの都市に生きる全ての魔族を根絶やしにしなければならなくなる。彼らはどのような形であれ君たちに牙を剥いたのだから。その報復を始めれば、今度こそ止まらなくなる。坂を転がる荷車のようにな」
「……彼の目的は、レオブレド大将軍か」
「そこに留まると思うかね?」
そんなはずはない。
恐るべき計画性と実行力と行動力だ。
彼を止めなければ、魔族と人類の双方にとって未来はない。
言葉もなく、二人の視線は北に向けられていた。
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