第22話 衝突の大時計城
交易都市北部の貧民街は、似つかわしくない活気に満ちていた。
ジェイルのもとにやってくる魔族はこぞって兵士や騎士の首級の印を持ってくる。それを交換する対応に追われているのはメリフィリアとラルフの二人。それだけではない、ある程度の学を修めた戦傷者も手伝いに名乗り出ていた。
「みんな、落ちついてくれ! オレの金は逃げたりしないから。ちゃんと払うよ!」
「はいはいはーい、ありがとーねー。次の人ー」
抑止力として北の大富豪、グレゴリーもその場に居合わせている。仮にも協力者だ。現場の責任は現場で取る、それが彼女のやり方である。だからこそ現場監督としてグレゴリーは顔を出していた。
実際のところ。
マスター・ハーベルグの根回しは、あまりに出来過ぎていた。
交易都市の特性をうまく利用している。利益を優先的に考えるのは、生活に貨幣が染みついているからだ。他ではそうはいかない。物物交換で成り立つ場合がほとんど。だからこそ、この目論見は全て順調に進んだ。
手慣れ過ぎている。
東の大富豪、ル・オも上手く言いくるめられたのだろう。──このままではお前も反逆罪に問われるぞ、とでも。
南の大富豪ドリーザは今後の収入の見込みが薄くなることを危惧していたはずだ。城砦都市が陥落した、となればやはり目先の稼ぎに飛び付かずにはいられない。
そして何より、蓄えのある西の大富豪であるエキドナ。その金をばら撒くことで都市全体の経済が活性化している。
皮肉なものだ。私腹を肥やしていた悪女が、結果的にこの都市の救世主となるために金を稼いできたかのように。
(勝利の兆しは南風、ね。あながち間違いじゃなかったみたいだ)
祭りのような貧民街に響く声。見やれば胡散臭い貴族が一人、隣には人間の騎士が一人。何とも粗末な結び方で連行されていた。
「聞くがいい、貧民街の魔族よ! いいや聞く耳持たずとも聞いてもらおう、誇り高き我が名を!」
……名乗りたいだけでは? 貧民街の魔族は訝しんだ。
「ヴィンフリート・ヴュルツナー・ヴォーヴェライト!! 覚えておいてもらおう。こちらは我が友、リヴレット・シュバルスタッド」
「……どうも」
我が友と言っておきながらなぜ縛りつけてるのか。そういう趣味なのか? 貧民街の魔族は訝しんだ。
「……ところでヴィンフリート、これは潜入に成功していると言えるか?」
「ああもちろんだとも! みんな称賛のあまり固まっているではないか!」
「呆れているように思えるし、このような真似事必要なかったのでは?」
「何事も形からだ」
いやもうご自身の口から全部出てますが? ──はてどうしようかと考えるよりも先に、ヴィンフリートの手でリヴレットの拘束が解かれる。
「さて。我々はこの騒動を鎮めるために足を運んだ次第、責任者は誰か名乗り出てもらえると助かる! 北の管轄であるということはグレゴリー殿とお見受けし、そこにいたのか!」
「見つけるのが早いんだよアンタ……」
「安心したまえ、こちらも手荒な真似はしたくない。可能であれば話し合いでの解決を望む」
「条件次第だよ」
グレゴリーの姿に臆することなくヴィンフリートは続けた。
この騒乱の中心人物の居場所を尋ねる。しかし、戻ってきたのは曖昧な言葉。エキドナと同じだ。
「この都市の、どっかにいるよ」
「その何処かを聞いている」
「さぁてね」
「東の大橋は彼の策か?」
「さぁ? もしかしたら老朽化のせいかもね。なにせ人間がひっきりなしに来るもんだから。そうだろう、騎士の兄ちゃん」
「……反論の余地もない。だが、今この都市で起きている出来事は明確な敵対行為だ」
「ご冗談。アタシらはただ“商売”をしてるだけだよ。それに敵対行為? 冗談じゃない。最初に戦争ふっかけてきたのはアンタら人間だろう」
勇門の儀。勇者遠征。魔王暗殺──、それを噛み締め、リヴレットは食いしばる。
「だが誰もが魔族との争いを望んだわけじゃない!」
「そうだよ。だからアタシらも同じだ。誰もが人間との争いを望んだわけじゃない。アタシらは商売に乗っかっただけ」
「……──彼を止める! 協力してもらいたい!」
「ならアタシらから言えるのは、アンタらの邪魔をしないことだ。これ以上ない協力だと思うけどね?」
食い下がろうとするリヴレットに、しかしヴィンフリートは肩に手を置いて止めた。
「なるほど、理解した! 協力に感謝する!」
「ヴィンフリート、止めてくれるな!」
「わかっているとも! 捜査は振り出しだな! だが絞り込むことはできた!」
「なッ……」
一連の会話から、目星をつけたのか咳払いを挟む。
「いいか。いいかね、我が友リヴレット。この交易都市の人口一千万、その中から特定の人物を見つけるというのは至難の業だ。困難を極める。だがどこにでも現れるわけではない。必ずどこかにいるはずだ。その居場所を突き止めるために我々は行動している」
「……その通りだ」
「これだけの事件を引き起こした張本人、静観していると思うか?」
黒幕であるならば、静かに身を潜めるべきだろう。だが、不思議とそのような姿が思い浮かばなかった。計画を立てて、自ら先陣を切る。率先して行動していたことから指揮官より隊長向きだ。
「逆算してみよう。この都市でもっとも、この都市で起きている出来事を俯瞰できる場所がどこかを」
「……」
「彼の目的。彼の障害となるものを。おそらく彼はそこにいる」
「───まさか!」
もっとも彼に心を許し、彼の知恵を信じ、彼の人柄を疑いなく心の内を話した人物の姿を思い描いたリヴレットが青ざめる。
交易都市駐在武官レオン・ボルベア千剣長。交易都市の指揮権限を持つ恩師の元へ急ぐ。
だが、すでに遅かった。
先を急ぐ二人の姿を見た雷鳴騎士の一人が飛び降りてくる。魔族の手を逃れてきたのか、鎧がへこみ、負傷していた。しかしそれ以上に目に涙を堪えている。
「リヴレット! ああよかった、お前は、まだ無事だったんだな!」
「コーザさん! 怪我を……」
「俺の怪我なんかどうだっていい! とにかく聞け! 俺の部隊は東の地区を巡回していたんだが、魔族の襲撃が激しくてな。仲間もやられた。俺が急いで大時計城に戻ってレオン長官に報告しようと……あぁクソ、夢なら覚めてくれ……!」
どっと、嫌な汗が吹き出した。リヴレットは背中に冷たい感覚を覚える。言葉の先を聞くことが怖くてたまらなかった。
「──レオン長官が、殺害されたッ!!」
「……、そんな……あの方は【千剣長】だったんだぞ!?」
「知っている、そんなこと!」
雷鳴騎士であれば、周知の事実だ。少なくとも目指すべき指標として真っ先に挙げられる人格者でもある。ヴィンフリートはリヴレットの顔色を窺い、顎に手を当てて考える素振りをみせた。
「君。名前を」
「コーザだ。アンタは」
「我が偉大なる名は、ヴィンフリート・ヴュルツナー・ヴォーヴェライト。コーザくん、大時計城になにか異変はあったかね? その長官の死以外に」
「あ、あぁ……気が動転してそれどころじゃ……」
「なるほど。リヴレット、私はこれから大時計城に向かうが君はどうする、休むなり、彼の手当てなりするというならそちらを優先してくれてかまわないが」
「……、気遣ってくれているなら助かる。だが大丈夫だ」
「戦えるか」
ヴィンフリートの言葉にリヴレットは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。自分の中にある悪意や邪念を含めて、時間をかけて精神を研ぎ澄ませていた。
「……戦うさ」
「よろしい。コーザくん、君の怪我の状態はどうかね」
「楽観視はできないな」
「なるほど。ならキミは、身を潜めて怪我の治療に専念するか、動けるならば他の兵士達を呼び集めて来てくれると助かる」
「それは別にかまわないが……」
「安心したまえ。私は魔族ではあるが彼の友人でもある。貴族は仲間を売らない。守るべきものを守るべくして立ち上がる。行きたまえ」
──駆け抜ける二人の侵入を拒むように大時計城の城門は閉ざされている。ヴィンフリートは緊急事態ということもあり、城壁を飛び越えようという提案をした。恐らく彼もそうしたはずだ。仮にそれが出来たというのなら、想像を絶する。
迅雷となって駆け上がるリヴレットに、ヴィンフリートは【血相術】で血の道を作り上げると手を触れて自らの身体を滑らせるようについてきた。涼しい顔で服の汚れを払い落とす姿に思わず眼を白黒させる。
「なにかね、リヴレット?」
「いや。心強いな、と思って」
「ふむ。それは嬉しい賛辞だ。覚えておこう」
「比べて私は未熟だな。今も腸の煮えくり返る思いだ」
「嘆くことはない。それは君の長所でもある。つまり、成長の余地があるということだ。他者の成熟度を嘆いて自らの研鑽を怠る理由にしてはならない」
急ごう、と話を打ち切り、ヴィンフリートは気持ち早足で城内へ侵入した。
尖塔を目安にして人間軍に解放されていた中庭にたどり着くと、戦闘の痕跡を見つける。兵士の死体もそのままにされていた。
異様な静けさを不気味に思いながら、レオン長官の死体を探す。
それは間もなくして見つかった。
大時計城の大広間。その壁際に転がっているのを見つけて我を忘れて駆けつける。仰向けに寝かせて胸の前で指を組まされ、目も閉ざされていた。
長剣を抱える形で安置されていたのを見て、リヴレットが膝をついた。ヴィンフリートは周囲を見渡し、倒れたリビングアーマーを見つける。
「──レオン長官……!!」
「……首を一撃、か。それだけじゃないな、床の損傷から察するに彼は地面に強く身体を叩きつけられている」
死体を見て冷静に状況分析に務めるヴィンフリートは、その手口から彼に対してファングはある程度の敬意を払っていたことに気づく。ここに来るまでに見た兵士達の雑な扱いとは違う。斬って捨てるような相手ではなかったのだ。となれば──。
「リヴレット。我々が追っている相手はどうやら一筋縄ではいかないようだぞ。彼は確かに主犯格ではあるが黒幕ではない。聞いてくれ」
「……ああ」
「彼は少なくとも、レオン長官に対し敬意を払った。そうでなければ安置しないだろうからな。だが他の兵士の扱いはとても雑なものだ。これは彼が、目的のために仕方なく手をかけたことが窺える」
「──仕方なかった、だと。仕方なく殺されたというのか。しょうがないから殺されたとでも!? この方がどれだけ人類のために尽くし、魔族のために尽くそうとしていたのかなど知らないだろう! レオン長官は」
「いいから聞け。交易都市領主トードウィック・フロッグマン氏と駐在武官レオン長官の死、これにより魔族と人間軍、両者の指導者が死んだことになる。こうなると下々の民は不安と混乱に陥る。暴動は起こるべくして起きたということだ──だがこうなると、領主が妻子を残して自殺した時期があまりにも出来すぎているとは考えられないかね?」
市民たちは想像もつかないだろう。魔族と人間の指導者を双方ともに手をかけて交易都市そのものを戦場に仕立て上げる犯行など。その手のひらの上で踊らされていることに。
「──そうだろう、ファング・ブラッディ! 我が名を忘れたとは言わせない、ヴィンフリート・ヴュルツナー・ヴォーヴェライトと我が友、リヴレット・シュバルスタッドが君の罪を暴きにきたぞ! 姿を見せたまえ!」
大時計城の大広間にヴィンフリートの声が響き渡る。わずかに反響し、静寂の中からコウモリが飛び降りてきた。
立ち上がり、顔を覆うマスクを緩めるとバイザーを上げて素顔を見せる。
蒼い髪。紫色の双眸。魔眼の人間は嘆息していた。
「──少しばかり予想外なのは、アンタが来たことだな。ヴィンフリート」
「我が名を記憶していたことに感謝しよう。刃を交える前に、まずは話し合いを始めようか」
「その意見には同意する。戦争は起こるべくして起こるからな。互いの意見の相違を確認しよう」
「実に紳士的で協力的な対応だ。重ねて感謝しよう」
「どういたしまして」
聡明にして狡猾、異常なまでの身体能力。その全てを悪意に注ぎ込んだ怪物を前にして、ヴィンフリートは冷静さを損なわない。リヴレットも努めて平静を保とうとしている。
しかし、その場に居合わせた三人は直感していた。
話し合いで解決することなど決して無い。
殺し合い以外に決着の方法はない、と。
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