第23話 蒼魔対名門貴族コンビ
──マスター・ハーベルグを知る人間は、口を揃えて言う。
『あのガキは、頭がどうかしている』と。だが、本人にそれを伝えると鼻で笑い飛ばす。まるで自分以外がどうかしているとでも言いたげに。
どんな危険な仕事でも請け負う。だから大抵の場合、回ってくる仕事というのは他の同業者がさじを投げた依頼ばかり。政府要人の殺害、密売の取引、秘密結社首領の娘の護衛。だが当然、快く思わない同業者もいる。亡きものにしようと画策したものたちは例外なく消されていた。
他ならぬ、マスター本人の手で。
彼には「ルール」がある。それは社会的な法律ではない、独自の規則だ。
その中のひとつに「仕事以外で人を殺してはならない」というものがある。逆に言ってしまえば「仕事中はいくらでも殺害してもいい」ことだ。どんなに人的被害を出そうが、相手に与えようが、彼は業務上必要な犠牲だったと吐き捨てる。
レオン長官も例外ではない。必要な犠牲だったと割り切っていた。だからこそリヴレットの怒りはもっともな感情だ。至極真っ当な感性である。
自分の感情を必死に押し殺して、ヴィンフリートの話し合いに応じる姿を睨みつけていた。その顔を見て、つい。鼻で笑ってしまう。悪い癖だ。どうにもこればかりは悪い癖だ。治さなければならないと理解していても、つい出てきてしまう。
他人の神経を逆撫ですることばかりは、どうにも。
「いや失礼。さて、俺に聞きたいことは?」
「まず、君の犯行の動機を尋ねたい」
「魔族の解放。政権復興のために」
「その手始めに交易都市を?」
「あぁそうさ。魔族と人類の双方にとっての要だ。だから真っ先に押さえたかった」
必ず交易都市を通して、人間軍の兵站は賄われている。それを切り崩されることは相手の土台を崩すことに他ならない。長期化すればするほどに魔族の土地に取り残された人間軍は弱体化する。その上で、交易都市を取り戻したのがあくまでも魔族の市民達による暴動によるものであった場合、彼らは無辜の民を手に掛けることになってしまう。そうなれば、一斉に蜂起するだろう。
「では次の質問だ。君の背後にいる相手について、正体を聞きたい」
「俺が異訪人であるということが何よりの説明になると思うが?」
「──待て。君は、異訪人だったのか?」
「なんだよ、気づいてなかったのか」
「開拓者は変わり者の集団と聞いていたから、てっきり私はそうだとばかり……」
なるほど、開拓者。隠れ蓑として名乗るには相応しい職業だとヴィンフリートは感心しながらも、思考に耽る。しかし、だとすれば、納得する部分もあった。これまでの行動そのものに通じる。だがさらなる疑問が湧いてきた。
「ならば、これらは全て姫様の思惑だったと?」
「全部が全部、というわけじゃないがね。少なくとも交易都市を奪還することに関しては俺の考えだ。どうやるか、までは指定されなかったもんだからな。好き勝手やらせてもらった」
「実に手慣れたやり口だったな。以前もこのような手法を?」
「前はこれより酷かった。なんせ俺を止めに来るやつがいなかったからな」
「ここで。君を止めなかった場合、君はどうする?」
「決まってるだろ? 障害を排除する──今頃交易都市で狼狽えている人間軍を、目についた片っ端から殺して回る」
ヂリ──、と。ヴィンフリートは、肌が小さく焼ける感触を覚える。視線を横に向ければ、リヴレットは怒りに震えていた。
「なるほど。状況を整理させてもらおう」
「どうぞ」
「君は異訪人であり、交易都市を人間軍から奪還するために犯行に及んだ。姫様の政権復興成就のために。そしてその障害となる人間軍を、この後殺害に向かうと」
「実に簡潔にまとめてくれてありがとう、ヴィンフリート。その通りだ。で? どうするんだ、お二方。俺を止めるつもりなら相手するが」
「だそうだ、リヴレット」
「……ヴィンフリート、君はいいのか?」
「私かね? なぜだ」
魔族の政権復興。それは魔族であり、貴族であるヴィンフリートにとって願ってもないことのはずだ。瓦解した魔王政権を再建するというのであれば、自分と肩を並べることなどない。だというのに、心底不思議な顔で胡散臭い貴族は首を傾げていた。
思い当たる節があるのか、朗らかな笑みを浮かべてリヴレットの肩を叩く。
「安心したまえ、リヴレット。確かに私は魔族だ。そして高名な貴族の一人だ。だがそれ以前に、私は君の友だ。ならば協力は惜しむまい。君の敵となってまで魔族の政権を建て直すことなど私には考えのつかないことだ。共に戦うぞ、リヴレット!」
「……私は一人でも彼を止めるつもりだった。ありがとう、ヴィンフリート」
迷いなく、抜刀したリヴレットが構える。
その隣でヴィンフリートは【血相術】によって白手袋を覆う形で血液を凝固させた篭手を作り上げる。
二人の顔を見て、ファングはため息をひとつ。肩を落とした。
「別にアンタらはどうだっていいんだ。放っておくつもりだったんだぜ? だけどまぁ、追いつかれた上に邪魔をするっていうなら仕方ねぇな」
ハーフマスクを持ち上げ、バイザーを下ろす。
見慣れない装備。見慣れない格好。見慣れた武器──。
背中に処刑人の剣を二本。腰に長剣と短剣の二本。後ろ腰にマチェーテが一本。肩にナイフが二本。明らかに過剰な武装だ。
それは身軽さを武器とする雷鳴騎士からは信じられない光景だったが、決してそれが虚勢ではないことだけは確信できる。
「殺す気で相手するからよ。殺すつもりで来てくれよ」
──マスター・ハーベルグと戦場を経験した人間は口を揃えて言う。
『アイツは頭がどうかしている』と。
銃社会だ。世界の半分を火の海にした『依頼屋』において、国連機関に属する正規軍の制式採用された銃火器に晒されることは死に等しい。そうでなくても、裏社会においても銃器は一般的な武器として携帯されている。
そんな世界で。マスターは剣を好んで使う。決して銃が使えないからではない。ただ単に趣味嗜好の問題からだ。
銃弾が飛び交う硝煙の戦場の中を剣一本で駆け抜ける怪物。とても正気の沙汰とは思えない。だからみな、口を揃えて言うのだ。
『アイツは、気が狂っている』と。
大時計城の大広間に響き渡る剣戟の音。それに交じる雷鳴の音。
リヴレットの白剣が閃く。それをファングが長剣で捌くと、ヴィンフリートの篭手が迫る。返し刃でさらに弾いた。
数の不利は覆せない。それはつまり、手数の違いだ。二本の腕で捌く速度にも限度はある。押し切れば勝機は十分にあるとリヴレットは考えていた。
──だが。
「ほらよ」
ファングを挟む形で二人が動くと、迫るリヴレットに向けて長剣を放る。
「なッ!?」
下から優しく放り投げる形で放物線を描く長剣に“疾駆”が阻まれた。雷鳴騎士の代表的な霊術に数えられる加速戦技は、経路上に異物があるだけで大きく阻害される欠点を抱えている。
その決定的な隙を逃さず、すかさず蹴り飛ばす。無造作に伸ばした腕がヴィンフリートの胸ぐらを掴み上げ、そのまま引き付けると背負い投げで床に叩きつけた。しかし、肘で受け身を取られている。
足。視界一杯にせまる爪先を見て、今度こそヴィンフリートは目を剥いて蹴り飛ばされた。二人がもつれ合いながら床を転がると、やがて立ち上がる。
剣術だけではなく、肉弾戦。それも喧嘩殺法だ。
投げた長剣を足で器用に持ち上げて掴み取ると、肩を叩きながら散歩のような気楽さで二人に歩み寄る。
「そらどうした。もちっと気合入れてきてくれよ」
まるでこの状況を楽しんでいるかのように機嫌を良くしていた。少なくとも命のやり取りの真っ最中だというのに。ファングにとってそれは、娯楽のひとつに数えられる程度のものなのだろう。
とても正気の沙汰とは思えない。
リヴレットは床に手をついて自分の身体を固定する。
「──“駆けよ”ッ!」
霊輝石が淡く輝くのを見て、ファングはバイザーの奥でわずかに眼を細めた。
瞬間、稲光となって駆けるリヴレットの白剣を防ぐ。刀身に紫電が奔るのを見て、すぐに弾いた。身を引こうとするが、すかさず距離を詰めてくる。
火花を散らし、またもや後ろへ飛び退くファングに迫るリヴレットだが──。
重心を落として、逆に突っ込んでくる相手の体当たりをまともに食らうことになってしまった。
大きく体勢を崩した相手に剣を振りかぶり、だがファングはあらぬ方角を斬りつける。ヴィンフリートの鉄拳が迫っていた。
長剣とせめぎ合い、【血相術】によってブーツの爪先を鎌のように覆うと蹴り上げる。すかさずナイフを引き抜くと払い除けた。
両腕の篭手からも刃を伸ばすと、流れるような連撃で息もつかせぬ攻勢に出る。それをファングは難なく凌いでみせる。リヴレットが立ち上がるまでの間に、六連撃の攻防がしのぎを削っていた。
「──素晴らしいッ!! 我が【血相術】にこれほどまでに迫るとは、私は今! 猛烈に感動している! ただ者ではないと思っていたが、ただ者ではないな! 知略に富み、実力に恵まれ、おぉなんということか、君はなんということだ! 魔族の未来は明るいな!」
「お褒めに授かり光栄でーすっ、つうかアンタも胡散臭いツラしてると思ったが予想以上の手練れだな。すげーな【血相術】、便利で」
「驚かないのかね?」
「見たことあるし」
「……個人的な質問をしたい。姫様のそばに……あー……夜鬼族の女性はいたかね? 丸眼鏡をかけている」
「ああ。いたいた。元気にしてる」
「なるほどそうか! ありがとう! これで今日からは安心して寝られそうだ! さぁ! 続きといこうか、リヴレット!」
向けた指から伸長した血が刺剣のようにファングを狙う。だがそれを肉厚なナイフで正面から受け止めている。点を点で返す最小限の防御に、ヴィンフリートはかつてない強敵に心躍っているのか笑みを浮かべていた。しかし、リヴレットはそれが自分が復帰するまでの時間稼ぎであったことに気づく。
「ああ。行くぞ、ヴィンフリート!」
「なんでぇ、二人揃って。俺が悪者みてぇじゃねぇか。いや悪いことしてる自覚はあるわ。訂正しとく」
「自覚があるなら──!」
「やめるつもりはねぇけどなぁっ!」
ヴィンフリートをドロップキックで蹴り飛ばし、リヴレットの刃を弾きながらファングは笑っていた。
「まともな連中は口を揃えて言う。「こんな仕事辞めちまえ」ってな! 馬鹿言うなよ、そんな仕事に需要がある世界にしたのはお前みてぇなまともな連中だ! 違うかリヴレット? 見ただろ、交易都市の貧民街。言ったよな、俺。庶民ですらない貧民に対する言葉を、貴族様はお持ちですかって? どうなんだ、リヴレット」
「っ……」
「お前は恵まれた家があって、確かな血筋で恵まれた環境で育って、人に恵まれて、何もかも裕福で満たされて愛されて育ってきた。そんな奴が今更大切なもの奪われて人様に文句言うならよ。最初から持たずに生まれてきた連中には、なんて言葉をかけるんだ?」
笑っていた。
悪魔のような言葉で。
「俺みたいなやつから、お前は仕事すら奪うのか?」
「──────きみは」
笑みが消える。
悪魔のような言葉で。
「どうかしてるぜこの世界。まともな連中の言い分はウンザリだ」
一閃。全身で振り払った長剣がリヴレットの白剣を弾き飛ばした。ナイフを振りかぶった手がヴィンフリートの【血相術】で捕えられる。逆に手繰り寄せて、力任せに振り回すと石柱に身体をぶつけて解除された。その勢いのままに回し蹴りでリヴレットを蹴り飛ばすと、ファングはナイフを納刀する。
「ゲホッ、ゲホ……! 君は……一体、何者なんだ──?」
「俺がバケモノにでも見えんのか? 鏡見てみろよ」
ケラケラと笑っていた。
「悪魔ってのは、人の皮かぶってるらしいぜ?」
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