第9話 賑やかな食卓


 ──クロムキャスケット盗賊団。

 交易都市の東西南北を問わず活動する義賊。彼ら、或いは彼女たちは都市の栄華に授かれなかった惨めな者たちの集まり。

 活動拠点を知る人はおらず、都市に住まう魔族達から煙たがられていた。好き好んで関係を築こうなどという奇特なものはいない。

 ただ一人、マスター・ハーベルグを除いては。




 計画の全貌を明かした翌朝からマスターは活動を再開する。あくまで女将の手伝いとして買い出しに走り、隣にはララフィを立てておく。都会派のエルフという物珍しさから彼女の顔はよく知られていた。それも狙い通り。

 人間と盛んな交流があった頃は旅人が寝泊まりに来ていた宿泊所も長らく使われることがなかったため、埃かぶっていたのを見てマスターは我慢ならなかった。ララフィが住み込んでいる部屋はよく手入れされてはいたが、観葉植物だらけ。


 ラルフとメリフィリアも手伝わされ、朝から店の中が慌ただしいことに近所の魔族も何事かと道に水を撒きながら女将に尋ねる。


「なんだい、朝からずいぶんと賑やかだねぇ。引っ越しの準備でもしてるのかい」

「ははぁ、さては里帰りだな? このへんも寂しくなるわ」

「間の抜けたこと言ってんじゃないよ。誰が帰るもんかい! ほら昨日、うちで泊めた開拓者がいただろう? そいつがさ、これまた口のうまいやつで。泊めてくれた礼に掃除してやるって言ってきかないのさ。うちの厨房見た時なんて魔獣みたいに吠えかかってきたんだから」


 たまったもんじゃない!と言いつつも、女将のオークは嬉しそうに笑っていた。

 店内のテーブルとイスを表に出して床掃除から始めている。


 魔族たちの生活は基本的には質素なものだ。必要以上を求めないミニマリストが多い。なにせ千年も生きる寿命の生き物、欲しい物を買い集めていては間に合わない。その日その日に必要なものを買い歩くのが主流だ。交易都市に住む魔族たちはその限りではない。店を構えていると話は変わってくる。


 質素な暮らしで物を管理している魔族が、在庫を抱える店を経営すれば当然あふれかえるわけで。


「きったな! マジかよ信じられねぇ! 緑色の肉とか初めて見たわ! どうりで厨房から異臭と悪臭漂うわけだよ! こんな環境で料理してられるとかどういう神経してんだ! 脂ぎった図太い神経でもしてねぇと無理だよ俺は生理的に無理! ぎゃーきたねぇーーー!!」

「…………えぇと」


 厨房ではマスターが悲鳴を挙げていた。厨房の衛生環境に激怒しながらも腐った肉やら野菜くずやら食べかすを拾い集めている。

 口元を布マスクで覆い、安物の革手袋をはめていた。

 掃除の手順として、まず大きなゴミを片付ける。それから溜まった埃などを風属性の魔法石で外に掃き出し、最後に水属性の魔法石で床を洗い流す。


「メリフィリア。ネズミ食う?」

「たべるー♪」

「オイラそっちの方が怖い!!」


 丸呑みである。危うく手首まで食われるところだった。


 属性魔法石の扱い方についての説明を受けてからマスターが即座に考案した物は、簡易型高圧洗浄機。先端を潰した管を持ち、中程に穴を開ける。手元に水属性の魔法石を。その柄頭に風属性の魔法石をあてがい、魔力を調整して放つ。


 高圧縮された水圧で汚れを吹き飛ばす、という仕組みを魔族流でアレンジした物はララフィも驚いていたが気に入ったらしい。子どものように喜んでいる。


「わぁ、すごいですねこれ! 厨房の汚れが目に見えて落ちていきます!」

「魔法石ってどれくらい持つんだ?」

「んー、純度次第かしら。今回のだと安物だから、あんまり長持ちしないかも」

「なるほど、そこは要改良だな。金物屋のおっちゃんとかに頼んでみるか」


 石の壁の目詰まりもなんのその。ララフィも要領を掴んできたのか、水圧の調整も難なく行えるようになっていた。


「ララフィねーちゃん、使っててコレが欲しいって思ったものある?」

「そうですね。やっぱりこの魔法石を固定してくれる器具が欲しいです。でもこれ、ものすごくお掃除が楽になります! 気に入りました! あの、もしよければ譲っていただいたりしても……?」

「試しに組んだやつだし完成したら譲るよ」


 厨房の掃除を楽しそうにやっているのを不思議に思ったのか、女将と井戸端会議していた近所の魔族達も様子を見に顔を出す。そこでは見たことのない道具を片手に汚れを落としていく金髪エルフの笑顔。

 掃除なんて腰を悪くするばかりの日課、なにが楽しいのかわからない。しかしどうだ、信じられないことに若者が笑いながら騒ぎながらせっせと汗水を流している。


 ──掃除を始めてから現実時間にしておおよそ三時間弱。見違えるほど綺麗になった店内を見てマスターが満足していた。

 それには女将も多少は認めたのか、悔しさ半分といった顔で潰れた鼻を鳴らす。


「じゃあお昼にするよ」

「はい俺作りまーす!」

「……なんだいやたら張り切って。やりたいなら任せるけど、下手なもん作ったら承知しないよ!」

「じゃあうまいもん作ったら?」

「何百年この道やってると思ってんだい。なぁみんな! アタシら唸らせたら大したもんだよ!」


 うんうん、と力強く頷くご近所様一同。なんか増えてることはともかく、マスターは早速綺麗にした厨房に入る。

 そこではすでにメリフィリアとララフィが料理の下準備を始めていた。


 魔族達は質素な暮らしを好む。身分相応の生活、それゆえ食生活にもその風習が現れていた。女将の作るスープも悪くはない味だった。ただやはり、雑味が多く食材そのものの味わいにエグ味が出てしまう。

 加えてあの衛生環境。思い出すだけで鳥肌が立つ。


「マスター、言われた通りに切ったけどこんな細かくしてよかったのか?」

「お、良い具合に細切れにしてくれたな。えらいぞラルフ」

「ふふん、これでも北の方じゃうまい方だったんだ」


 尻尾を振っていたので埃が立つと注意する。


 魔法石は魔族達にとっての生活必需品に数えられるものだ。様々な形で加工され、魔力によって稼動する動力源として活用されている。

 電気、とまではいかない。しかし、ガスと水道の両方を賄える魔法石の存在は確かに魔族達の生活になくてはならない存在だ。

 南方炎獄から大量に採掘される炎の魔法石を鉄の竈に入れる。その上に木材を並べて、魔力を込めれば間もなく着火された。


 魔族達の一般的な「焜炉コンロ」というわけだ。ただやはり難点があり、火力の調整が難しい。中の木材を目分量で足し引きしていくしかない。


 調味料は思った以上に豊富な品揃えがあった。岩塩に始まり、香辛料、砂糖、魚醤。しかしあまり売れ行きが良くないらしい。

 食文化の違いから活用法が思い当たらないのだろう。投げ売りされていたとララフィから言われた。人間達の扱う調味料は物珍しさから仕入れたは良いものの、泣かず飛ばずというわけだ。

 ちなみに雑貨店経営者である壮年のリザードマンも審査員として何故か女将と同席している。金取るぞ。


 深い鍋に入れた水を加熱殺菌させ、置いておく。それとは別な鍋に細かく刻んだ肉と野菜を炒める。

 人参っぽいマンドラゴラ、カボチャっぽいジャックランタン、タマネギっぽいマンドラゴラに、ハーブっぽいマンドラゴラの葉とキノコっぽいマタンゴ。

 野菜はほぼ品種の異なるマンドラゴラ。一様に呪われそうな顔をしている、なんだこれと思いながらマスターがララフィに尋ねる。


「生息地によってマンドラゴラは異なる品種になるんです。北の寒冷地では寒さに強く栄養素の詰まったものだったり、穏やかな環境では風味豊かな香草を芽吹かせたりするんですよ」

「……主食マンドラゴラって言われても驚かねぇわ」


 ところが、穀物は麦が主流。製粉業を営む魔族は各所に点在する。

 麦農家に代わり、小麦粉を製粉して使用料として分け前をいただくという。交易都市で入荷される麦の主な生産地は南西から南東。温暖かつ比較的穏やかな天候に恵まれている地域だ。


 ちなみにジャガイモは主にマンドラゴラの肥大化した頭部である。目と思わしきくぼみからは新たな芽が出てくるのも蓄えられた栄養からだ。

 じゃあ主食マンドラゴラじゃねーか、と思いながらマスターは調理の手を進める。


 赤く熟れたゴーストトマト(人を襲う)を細切れにして潰し、メリフィリアが一口大に切り分けたコブ牛の肉と、ほぼマンドラゴラの野菜を鍋に入れてからララフィが買ってきた赤ブドウ酒を開けると、信じられないものを見る目を向けられた。


「マスター? そのお酒どうするつもり?」

「どうするって、そりゃあ……入れるんだけど」

「さ、酒を煮込むつもりなのか!? そんなの聞いたことないぞ!」

「そうですよ、ブドウ酒といえば神聖な大地の恵みが凝縮されたありがたいお酒なんです! それを料理に入れるなんてどういう神経しているんですか、信じられませんよ!」


 古来より、麦とブドウ酒は魔族の生活になくてはならないものであり神事や儀式には必ずついて回るものだ。それをよもや料理の、それも一般料理の、ましてやこんな平民の昼食に使うなどとどういう神経をしているのか!

 非難轟轟のマスターは容赦なくブドウ酒をぶち込んだ。


「ぎゃーーー本当にいれやがった! あぁ神よ、どうかご慈悲を! オイラは敬虔な北風の子です!」

「ラルフ、いいかよく聞け? その神とやらの神聖でありがたい供物の酒がどうして瓶に詰められて売られてる。どうして敬虔な信徒であるお前含めみんなの手に届く金額なんだと思う?」

「……オイラ頭悪いからわかんない」

「常に神に見られているという姿勢、普段の行いを裁定し、善良なものに恵みを与え、悪しき行いには然るべき罰を与える。つまり信仰とはその立ち振る舞いそれそのものの神からの評価だ。神を崇める使徒が神の名を貶める行いと振る舞いをするその時、正しく神の裁きは行われる。そしてこいつは、なんだと思う?」


 ドン、と音を立ててマスターが赤ブドウ酒をラルフの前に置く。顔と瓶を二度見してから、自信なさげにしていた。


「……きゃうーん」

「代打、メリフィリア。ラルフに代わって答えをどうぞ」

「焦げるわよぉ?」

「やっべこっの、ラルフてめぇこのやろ!」

「オイラ悪くない!」


 メリフィリアに言われてマスターが慌てて鍋を揺らす。後は弱火でじっくり煮込めば完成だ。


「たかがブドウ酒だ、神が選んだ酒を使った神聖な食事ってことでいいんだよホラ味見してみろ!」

「で、でも」

「なんだテメェ神様の酒が飲めねぇってのかそれでも敬虔な信徒かテメェこの野郎不敬罪で判決言い渡されてぇかおぉん? 北風の子は臆病風と共に来るとか風評被害が広まっても知らねぇぞラルフてめぇこんちくしょういいから味見してみろ食えるから! なんなら神様に文句言われたら俺の名前出していいから食ってみろ、ぶっ殺してやる!!」

「…………、……っ、……──!!」

「すごい。必死な形相で言い返そうとしてるのに全然言葉出てないです!」

「表情豊かねぇ」

「くぅん……」

 すっかり尻尾が丸まってマスターに言いくるめられている。




 ──そんなこんなで、出来上がったのは特製ビーフシチュー。バゲットも添えて。酒の製造法が確立されているのならば、と睨んだマスターがララフィに買いに行かせていた。

 女将のオークがテーブルに並べられた料理をじっと見つめている。その表情は険しい。なにせ質素な食生活を過ごしてきた。シチューやスープなんてものは切って煮込んで出来上がり、という具合に。


「なんだいこの、なんだい……? 本当に食べられるんだろうね?」

「食べられる材料しか入れてないんだから食べられるに決まってんでしょうが」


 主食マンドラゴラのくせに。マスターは内心で一言加えた。


「いや、食うよ? 食うさ、そりゃあね。だけどアタシゃこの腕で店を出してから何ン百年と客にメシ食わせてきたんだ。そのアタシの舌が言うにはこいつは見た目こそ食欲をそそるが、ちょっとやそっとじゃ、ぉぎゃああああっ!!」


 木製のスプーンでシチューを混ぜながら女将がベラベラと話していたが、ようやく一口頬張った。かと思えば動きが固まり、白目を剥いて倒れる。


「お、女将さん!? しっかりしてください、どうしたんですか!?」


 ララフィが慌てて女将のもとへ駆け寄るとガタガタと痙攣していた。恐る恐る、といった様子で壮年のリザードマンも一口。ご近所さんもご一緒に口にいれる。

 全員ぶっ倒れた。


「……っかしいな、変なもん入れてねぇはずなんだけどな」

「マスター、味見した?」

「ちゃんとした。魔族は味覚ちげぇのかな」


 でもラルフ普通に食べてたもんな。種族別に味付けも多様化しとくべきか、とちょっぴり肩を落としていたが女将が震えながら立ち上がる。


「あ、あ、あたしゃ、一体今まで客に何を食わせていたっていうんだい……!」

「いや、自慢の料理だろ……」

「こ、これが人間の料理って言うなら、アタシの料理なんて餌同然じゃないか」


 豚みたいな面してるけどな。マスターは思っても言わなかった。


「長生きしてよかっタ。いやぁ、うまい。こんなうまいメシは、初めて食う。あぁうまイ……はふっはふっ……」


 あとで請求しよう。マスターは材料費諸々を込めた金額を設定する。


「信じられない、こんな。あぁ魔王様、お許しくださいこのような食事にありついてしまって!」


 中には突然畏み、祈り始める者まで出る始末。

 ララフィ達の分も作っておいたので一緒に食べる。案の定ぶっ倒れそうになる背中を支えて事なきを得た。


「まるで天地がひっくり返ったような味わいだよ、信じられない! 今日からうちのメニューに加えたっていい! 厨房を綺麗にしただけでこんなに味が変わるもんなのかい料理ってのは! どんな魔法を使ったんだいアンタ!」

「別に変なことしてねぇよ……」


 使い慣れないものに囲まれて作ったにしては上出来だ。マスターは自分で作った料理を採点する。六十点。

 見知らぬ素材に見知らぬ環境で、食い慣れた料理を作るというのはどうしても味が変わる。そこは今後生活していく中で模索していくしかない。

 調理法を聞かれ、やかましくてたまらないのでバゲットをシチューに漬けて頬張りながら説明する。


 変な物は入れていないし、一般的に入手できる素材で作れるはずだ。


「──とまぁ、作り方はそんなところか」

「いや、アタシの鼻はごまかせないよ! 他になにか隠し味を入れているはずだ、どうだい! そうなんだろう、ほら言いな!」

「赤ぶどう酒」

「ほげぎゃああああああっ!!」


 女将達、二度目の卒倒である。


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