第10話 クロムキャスケット盗賊団


 ──交易都市の昼下がり。マスターはまず私用を片付ける。

 金物屋の鬼人族に洗浄機の改良案を伝え、ララフィに後を任せた。金はいらないと言われたので、謝礼代わりにシチューを渡す。失神するのをすんでのところで踏みとどまっていた。流石は赤肌のオーガ一族。


 次に、夜の本営業に向けた仕入れの準備。必要な物をいつも通りの数だけ手配する。そちらはメリフィリアとラルフに任せてマスターは街を散策。


 相変わらず馬車道は四車線で絶え間なく蹄の音を立てていた。ふと気になり、交差点のガーゴイルを見つめていると声をかけられる。

 そこに立っていたのは、昨日の講演で共に壇上で言葉を交わした騎士だった。名前を思い出し、それから会釈する。


「あぁ、どうも。確かお名前は……」

「レオンだ。昨日は世話になったな」

「いえいえこちらこそ。おかげさまで宿を見つけることができました」


 交易都市駐在武官のレオンは、派遣される人間軍が滞在する間の管理者だ。

 レオブレドの配下である者たちは獅子、あるいは雷鳴の紀章を身につけている。それは彼らにとって一種の憧れであり、名誉なことだ。それを纏うことが許されたということは、レオブレドの目に留まる者である。

 豪傑にして豪商の大将軍閣下は気に入った相手の顔を忘れないという。

 鉄の鎧兜の籠手と爪先にある黄色い石は、さながら獅子の爪牙のように並べられている。


「それはよかった。交易都市内では我々人間軍、特に駐在員である騎士達に対する風当たりが強い。魔族だけでは手に負えぬ問題を解決することで、なんとか歩み寄れないかと考えている。その点、キミの演説はとても素晴らしいものだった」

「ありがとうございます。ところで、今日はどうされました? なにかお忙しい様子ですが」

「そんなこともわかるのか。まだ私は本題すら切り出していないというのに」


 驚くレオンに、マスターは「あぁ」と一言挟んでから鎧兜の頭から爪先まで観察した。


「兜で顔は伺いしれませんが、急ぎ足だったのか少し呼吸を乱していますね。声でわかります。それに通りのあちら、魔族の流れが少し荒れている。となると、急ぐ貴方を避けて道を譲ったと考えられます。そして何より、駐在武官という立場の貴方が。私のような開拓者を探しているとしたら、それは何か知恵を借りたい場合かと考えられます」


 合っているか、と手で示すと、しきりに頷かれる。


「その通りだ。キミのその知恵を貸してもらえないだろうか」

「というと、場所を変えますか?」

「そうだな。ついてきてくれ」




 マスターが案内されたのは、願ってもない場所だった。交易都市中枢部、大時計城の膝下。

 領主、トードウィック・フロッグマンは元魔王城の一部を人間軍に開放している。元々は人間達との交流が盛んに行われていただけに、そうした手配もお手の物、大時計城の北東部を中心に数千の人間軍が滞在していた。

 しかしそこでただでは転ばぬのが領主たる由縁。住居は手配するが、兵站の面倒は自分達で見るのを交換条件に出している。


「それでお話というのは?」

「ああ。クロムキャスケット盗賊団、という名前を聞いたことはあるか?」


 開放されている中庭で剣の素振り、基礎鍛錬に打ち込む騎士と兵士達を横目にマスターはレオンと赤絨毯の敷かれた渡り廊下を進む。

 元は魔王の居城だっただけによく手入れされていた。等間隔に並べられた燭台、壁に埋まるように配置されたガーゴイル達の台座。


「あー……、なんです? 盗賊団?」

「この都市を長らく騒がせている、手練手管の限りを尽くし略奪行為を繰り返している無法集団のことだ」


 マスターは間髪入れずにしらばっくれた。駐在武官レオンは義侠心に燃えているのか、拳を作る。


「貧困にあえぎ、耐えきれず盗みを働く狼藉者の集まり。実に許しがたい行為だ」

「確かに。窃盗というのは大罪ですね」


 いけしゃあしゃあと他人事のようにマスターが賛同すると駐在武官レオンは振り返り、手を握った。


「理解してくれるか!」

「ええ、まぁ。場所は違えど、被害に遭ったことも少なくないものでして。それで、そのクロムキャスケット盗賊団がどうかしたんですか?」

「ああ! 昨夜のことだ。無謀にも我ら人間軍の食料庫に忍び込んでいるところを発見した。危うく取り逃すところだったが、迅速果断。これ即ち我ら【雷鳴騎士】の鉄則。市街に逃げる前に捕まえることができた。城の者に尋ねると、その盗賊団の一味で間違いないそうだ」

「それはすごい。盗賊団の一味を捕らえるなんて」

「なに、この程度のことはな。ただ問題はそのあとだ。我らがどれだけ歩み寄ろうとしても彼女は頑なに心を開こうとしないどころか口もきこうとしない。このままでは斬首の他に無い、と言ってもだ」


 盗みを働いただけで斬首刑。その処罰は彼らの立場を考えれば妥当なところだ。

 しかし、マスターが気にかかるのは別な部分。

 城内に入ると、地下牢へ通じる石階段を下りていく。


「……その、聞き間違いでなければ。彼女、って言いました? 女性なんですか」

「ああ。歳の頃は人間で言うところの十代前半から半ばといったところか。若い獣人の女の子だ。そこで、キミにお願いというのは他でもない──どうか彼女の心を開かせてはくれないか?」


 暗く湿った地下牢を進み、並ぶ牢屋の最奥部。そこに彼女はいた。

 クロムキャスケット盗賊団の一味である魔族の少女──猫の獣人は、レオンの顔を見るなり犬歯を剥き出しにし、瞳孔を開いて怒りを露わにしている。

 一歩でも歩み寄ろうものなら噛みついてやる、そう言うかのように両手を上げる形で繋がれた鎖を鳴らしている。


「…………、このとおりだ」

「はぁ……んー、まぁ。やるだけのことはやってみます」

「本当か!? ぜひ頼むよ。もし成功した暁には、キミを親善大使に推薦しよう」

「魅力的な賞与ですが、謹んで辞退させていただきます。彼女を説得するにあたり、席を外していただけると幸いなのですが」

「ん。ああ、わかった。入口で待っている。頼んだよ、開拓者」


 レオンの騎士鎧の足音が完全に聞こえなくなるまでの間、マスターはそちらをじっと見つめていた。

 遠ざかる足音が立ち止まり、二人きりになったことを確かめると──マスターは腰に手を当てて深々とため息をつく。


「確かに、クロムキャスケット盗賊団には用があるけどよぉ……こんな形で引き合わせることねぇだろうが。っつうかオメーもバカだな、なんで軍の食料に手ぇ出してんだよ。とっ捕まるに決まってんだろ?」

「…………」

「なんだそのアホ面。俺が懇切丁寧にありがたい話でもしてやると本気で思ったのか? んなわけねぇだろ、学のねぇアホに啓蒙活動なんかやったって得なんか何一つねぇよ。特に、お前みたいな持つもん持たない連中にはな」


 先ほどと態度が真逆なことに驚いているのか、目を丸くしていた。

 幼さの残る顔立ちに、一対の黒い猫の耳。金色の瞳に、衣服は最小限の丈しか残されていなかった。身なりからして貧相なのがわかる。


 胸をきつく締めるチューブトップに、ホットパンツ。上に半袖の革ジャケットを羽織り、大きなベルトにはポーチがいくつか繋がっていた。

 何処かから拾ってきたであろうすり切れた脚甲を改造してすね当てをブーツに貼り合わせている。

 魔族の中でも獣人というのは振れ幅の大きな種族だ。個体差、と言った方がいいだろう。獣の特徴が耳だけであったり、尻尾だけであったり、また或いは全身がそうであったりと千差万別。

 マスターの前で鎖に繋がれている獣人は比較的その特徴が濃い方だ。


「俺が欲しい返事はふたつ。ひとつ、クロムキャスケット盗賊団の拠点はどこだ。ふたつ、交易都市を人間軍から解放するために協力しろ。これだけだ。俺の計画にはお前たち盗人の手が必要になる。もしこれに了承が得られるのなら、ここを出る手筈を整えてやるし当面の食い扶持を提供すると約束する」

「…………、」

「口がきけないわけじゃないだろ。なんか言うことねぇのかオメーは」

「……おまえ、人間の仲間じゃないのか?」


 ようやく開いた口から出てきたのは、思ったよりも可愛らしい声だった。マスターはその質問に頷く。


「クロムキャスケット盗賊団は悪徳業者を懲らしめる義賊──と聞いていたんだがね。その一味が金品ではなく食糧庫に入るということは、恐らくお前たちに対して四大富豪が何かしらの手を打ったということか。例えば……盗品の買取を罰する、とか。だからお前は、もっと直接的に自分たちの利益のために手っ取り早く食糧庫に目をつけた」


 こんなところだろう。相手の立場と懐事情、それに都市の情勢を鑑みれば、当たらずとも遠からず。バツの悪そうな顔で猫の獣人が顔を背ける。

 マスターは目線を合わせるようにかがみ込む。


「俺は見てくれは人間だが、人間軍の仲間じゃない。今のところは良き隣人ってところだ。どちらかと言うと俺は魔族側なんでね。それでどうする? 俺に協力してここから抜け出すか。それともこのまま斬首刑で見せしめにされるか。俺としては協力してくれた方が話が早い」


 仮に斬首刑に転がったとしても、どうとでもなる。

 どちらを選ぶかはあくまで相手の自由だ。

 悩み、悩みに悩み抜いて、しかし背に腹はかえられないのか。迷いの取れる顔で猫の獣人が頷く。


「……わかっ、た。オレはお前に協力する。だから」

「任しとけ。口八丁と面の皮の厚さには自信がある」




 ──マスターは地下牢唯一の入り口である通路で待っていたレオンに事情を話した。無論、虚実入り交えてのこと。

 自分たちが貧困に苦しむその中で自国から食料を運び込み、悠々と居座る姿に我慢の限界だった。一泡吹かせてやろうと考えた結果の行動、と。

 それを聞いた駐在武官のレオンはひどく嘆いた。


「なるほど確かに……その通りだったな。我々の配慮が足りていなかった結果といえば、当然の報いか」

「彼女達はどうも、人間軍の方とは口を聞きたがらないみたいです。そこでここはひとつどうでしょう、一歩踏み込んでみませんか?」

「というと?」

「俺の見立てでは、恐らく今の人間軍も一枚岩ではないように思えます」

「……キミの目には驚かされるばかりだな。その通りだ」


 それが駐在武官レオンの頭を悩ませる理由でもある。人間軍も思想がいくつかの派閥に別れ、それが一挙に集まるのがここ。交易都市の駐在所だ。

 レオンは穏健主義、自分たちはあくまで魔族達との共生を願っている。魔王亡き時勢に振り回されている人類側の被害者というわけだ。

 それ以外の過激派は、レオブレド大将軍を始めとして現在も首都の制圧を進めている。そちらの派閥が大多数を占めており、衝突の原因となっていた。


「キミなら理解してくれるとは思う。魔王亡き戦乱の世を望んだものだけではないのだ。私は……人類の良き隣人として、魔族との親睦を深めることができていたらと胸を痛めるばかりだ」

「……今となっては、ですか。貴方は軍の立場もあって、発言力こそあれど不自由を約束されている。貴方と志を共にする穏健派の騎士をお借りしたいのですが」

「多くは動かせない。どうするつもりだ?」

「なに、話は簡単なことです」


 互いの思惑はさておいて、課題点を羅列する。

 魔族から人間軍に対する風当たりは強い。その上一時滞在中の過激派が余計な諍いを起こす。穏健派が割を食い、一緒くたに白い目で見られていた。

 そこで一計。

 古来より隣人とは同じ釜の飯を分けることで親睦を深めてきたはず。そして交易都市では長らく貧民街の問題に取り組めずにいた。これを人間軍が解消できることができたら少しは見る目が変わってくるのではないか。


「彼女の案内のもと、まず現状把握をしたいと考えています。好んで貧民街に赴く者はおらんでしょう。しかし使命感というのは仮初の大義として十分過ぎるほどに代役を務める。そこで、貴方と志を共にする者。信頼の置ける人物をお借りしたい」

「それならば、適任者がいる。リヴレット・シュバルスタッド、彼は私が最も信頼を置く人物の一人だ。すぐに呼んでこよう」


 間もなくしてやってきたのは、生真面目そうな青年だった。騎士甲冑はレオンと同じく四肢に霊石を用いている。だが、彼が腰に帯びている剣は支給されている類の物ではなかった。

 白塗りの鞘に金の装飾が施された長剣は、ひと目でふたつとない品なのが見て取れる。特注品、あるいは専用の一振り。でなければ、それこそ伝家の宝刀だ。


「レオン長官、お呼びでしょうか!」

「そう固くなるな、リヴレット。キミの父君には私もよく世話になったのだ」


 リヴレットは見た目通り、若々しく活力に満ちたよく通る声で敬礼する。兜をかぶっておらず、短く切り揃えた髪がより彼の快活さに一役買っていた。

 たてがみの生え揃わぬ若獅子、という印象を受ける。だが決して子供ではない。歳の頃は二十代前半から半ばといったところか。


「彼は名門貴族、シュバルスタッド家を継ぐものだ。危険を承知で遠征軍に志願したのは、世界をその目で見るためだったな」

「はい。人類にとって彼らは良き隣人です。同じ大地に生きる以上、共に生きる道を探すべきだと考えています。それで、レオン長官。こちらの方は?」

「そうだ、紹介しよう。彼は──」


 駐在武官レオンの紹介に、会釈すると手を差し出す。

 友好の証、敵対の意思が無いことの表れとして。


「はじめまして、リヴレット・シュバルスタッド。俺は。流れ者の開拓者、どうぞお見知りおきを」


 マスター・ハーベルグ──、もとい、ファングの差し出した手を見つめてからリヴレットは朗らかな笑みと共に握手を交わす。

 共に向かうは、交易都市の貧民街だ。

 あくまでもそれは、交易都市に根付く貧困格差の問題解決のための視察であると説明して──真の目的であるクロムキャスケット盗賊団の根城を探すことを伏せて。

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