第14話 奇縁との遭遇
内心、闇競売の出品物に興味がないわけではなかった。仮にも異世界、見たこともない品々をお目にかかれるかもしれない。これまでも十分そうした物は目にしてきたが、理解の範疇を越えない。いや隣にいる人喰い化け物ねーちゃんことメリフィリアは普通に怖いが。
マスターは興味津々といった様子で控室の中を見渡した。
鳥籠の中に囚われている、掌ほどの人間。背中には虫のような翅が生えていた。その妖精は金属製の籠によって力なく座り込んでいる。ついまじまじと見つめていたマスターの視界を出品者の獣人が手で遮った。
「これは失礼」
すかさず身を翻し、そこを離れる。
──自分がいた世界では到底お目にかかれない御伽話の、架空上の存在が当たり前に生活している空間。自分もその一種ではあるが、あまり自覚は無い。
マスターが好奇心のままにあちこちの商品を覗き見る。それを引き止めるジェイルを見て鼻で笑う他の出品者達は身なりが整えられた上流階級がほとんど。
(なるほどね。相変わらず金持ちってのは暇を持て余しているらしい)
交易都市の状況などお構いなしだ。敬愛すべき魔王様の亡き後だろうと自分のエゴを満たすので忙しいらしい。マスターは鼻で笑い返した。
出品物の中で特に目を引いたのは、純白の少女。髪から服、肌に至るまで真っ白な新雪の如き魔族を見かけて足を止める。
祈るように指を組み、静かに俯いていた。首と手には自分と同じように木札をぶら下げ、手枷が繋がれている。その傍らには出品者であろう、貴族の姿。しかし身体的特徴が見当たらないことからおそらくアーシュと同様に夜鬼族であると推測した。
マスターが近づこうとするのを鋭く察知したのか、素早く行く手を遮る。
「すまないが君のような下賤の者は離れてくれたまえ。彼女の神聖さが損なわれる」
「そりゃ失礼。彼女が何者なのかお尋ねしても?」
「答えるとでも思ったかね?」
「心の狭い貴族様だこと。財布の紐もさぞ厳しいでしょうな。懐事情に難がありそうだ。大変失礼いたしました」
「……そこまで言うならいいだろう! 我が名をとくと胸に刻むがいい!」
ちょれぇなこいつ。軽くからかうつもりだったのだが思いのほか相手は乗り気だ。
黒い外套を大仰に翻しながらオールバックの金髪を手櫛で整え、高い鼻を鳴らして貴族は胸に手を当てて名乗り始める。
「我が偉大なる名はヴィンフリート・ヴュルツナー・ヴォーヴェライト! 【百夜皇】ガルグラント大公の名を聞いたことはあるだろう! 我がヴォーヴェライト家は古くより仕えてきた由緒ある血統、我が一族秘伝の【血相術】こそが最強の魔剣と名高いのだ! 覚えておきたまえ」
「メリメリ。こいつ知り合い?」
「ん~? 全然知らない人」
「なんか胡散臭いぞコイツ」
「君は人の話を聞いていたのかね!? 名乗られたら名乗り返すのが礼儀ではないのか!? どういう教育を受けてきたんだね、まったくこれだから庶民は」
「その庶民を導くのが高名な貴族様の役目なのでは? 名が廃れる」
「……なるほど確かに! 君の言うとおりだな! これは失念していた!」
なんだこいつ。マスターはヴェイルと同じく胡散臭い夜鬼族のヴィンフリートをジロジロと眺めた。しかし、ガルグラント大公という名前は聞き覚えがある。言及すれば間違いなく面倒な方向に話が転がるだろう、それを避けて別な話を切り出した。
「それでー、その。ヴィンフリート様がなぜ闇競売に? そちらのお嬢様は?」
「君の名を」
「…………」
「君の名をまだ聞いていない、名乗りたまえ、許そう」
「……ファング・ブラッディ」
偽名を名乗ることにメリフィリアが小首を傾げるが、それとなく察したのか何も言わずにいる。ジェイルが小声で「嘘つきめ……」などとつぶやいているが多分気の所為だということにした。
素直に名乗ったことが好意的に受け止められたのか、ヴィンフリートはわざわざ白手袋を外してマスターと握手を交わす。
「よろしい。彼女が気になるようだな。それもそのはず、なにせ彼女こそは北方氷獄に咲く「
アルラウネ──木人の魔族であり、女性型のことを指すらしい。男性の場合はマンドレイクと呼び、マンドラゴラはその派生とされていた。
その中でも希少価値の高い、それこそ千年に一度お目にかかれるかどうか。寒風吹き荒ぶ北方氷獄地方に咲き誇る白銀の大輪に囲まれた場所で過ごす一族がいた。
それが「
よく見れば、纏う白いドレスも満開の花弁のように広がっている。その下にあるはずの足が植物の根のようになっていた。
白銀の髪も、かろうじて控室を照らす光によって銀雫のように輝いている。
「おっと、触れようなどと思わないように。彼女はひどく繊細なのだ。私ですら直接触れることを避けてこうして手袋までしているのだからな」
「で? なんでその貴重な彼女を競売に?」
「話すと長くなるが良いかね」
「いや結構」
「そう言わずに聞きたまえ」
話したいだけじゃねぇかお前。マスターは聞き流した。
ふと、自分に向けられている視線に気づいたのか「霜華」が顔を挙げる。祈りを捧げていた手を下ろし、大きな青い瞳の中に自分の姿が映っているのが見えた。
微笑み、首を傾げている。
「……みなさん、はじめまして」
声も細く、喧騒にかき消されてしまいそうなほど儚い。
深窓の令嬢という言葉がしっくりくる。
「どうも、お嬢さん。お名前を伺っても?」
「わたくしの名前……? えぇと……」
どこか上の空で、ぼんやりとしたまま数秒のあいだ沈黙していた。
「ラウラと呼ばれてました」
「はじめまして、ラウラお嬢さん。どうしてこのような場所に?」
「──というわけなのだ!」
「なるほどさすがは名高きヴォーヴェライト家、ぜひもう一度華麗なる冒険譚を聞かせていただけませんか?」
「よぅしわかった! 君は実に話の分かる人間らしい、今一度我が一族の華麗なる活躍の冒険を語ろうではないか! あれは、そう! 十五の夜を超えた朝露の──」
やべぇ一文字も聞いてなかった。マスターは再放送されるヴィンフリートの冒険譚を後ろに聞き流しながらラウラに向き直る。
「……わたくしがなぜここにいるか、ですか? ええと、なんででしょうか?」
「…………もしやだいぶ頭ふんわりしていらっしゃる?」
「そうみたいねぇ」
「さすが天然記念物だわ、その胆力見習いてぇ」
「あ。思い出しました。ええと……たしか……環境保全のため?」
後ろで白熱する冒険譚を語るに語るヴィンフリートがやかましくてかなわないのかジェイルは猫耳を伏せていた。
マスターはガン無視を決め込み、メリフィリアに至っては微塵も興味なさそうにしている。
「そのー、つまりー、貴方は誰かに買われる、ということになるのですが。その点はご理解いただけているので?」
「?」
「……ご理解していらっしゃらない様子ですが?」
「んー、私に言われてもねぇ」
「──君は私の話を聞いていたのかね!?」
「なんだまだ喋ってたのか。そろそろ時間だぞ貴族様」
ヴィンフリートがラウラを連れて会場へ消えていくのを見送ってから、マスターは考えこむ。
「あら、あの子欲しくなっちゃったのぉ?」
「んー? ちょっと気になった。あとで調べておいてくれるか」
「はぁい♪」
出番が近づくにつれて、ジェイルが緊張しているのが空気でわかる。落ち着かない様子で尻尾を揺らしていた。
「では次の方」
「はいよー。なぁに、お前は隣で突っ立ってりゃいいんだよ」
「うにゃうぅぅ……」
「任せろ。面接なんてものは嘘八百で塗り固めた自己紹介で乗りきりゃどうとでもなるんだ」
──出品者。クロムキャスケット盗賊団、北の貧民街育ちのジェイル。
──出品物。異訪人。
その話題性だけで会場に集まった者たちからは好奇の視線が殺到していた。慣れない場所の慣れない空間でジェイルは借りてきた猫のように大人しく、縮こまっている。隣のメリフィリアは相変わらず興味がなさそうにしていた。
照明に照らされる姿を見て、何の変哲もない人間であることに半信半疑。だが、マスターはそれを含めて開口一番から交易都市の現状をつらつらと話し始める。
「お前が異訪人である証拠が他にあるのか?」
覆面を着けた魔族の一声に、マスターは即答した。
「俺は【忌術士】リョウゼン将軍の鎧について少なからず知識がある」
ただそれを語ったところでこの場にいる誰にも理解はされないだろう。マスター自身、まだ確証が持てない。なにせあの装備は“御伽噺”の中にあるのだから。
悪友、スロウド・マクウェルであればより鮮明に詳細を語れるが、問題なのは壊れた蓄音機ばりに止まらないことだ。それでもマスターはリョウゼン将軍の装備についてはまったく理解が及ばないわけではない。
この世界の技術を中世とするならば、元の世界の技術を現代と仮定した上で。
リョウゼン将軍の鎧は明らかに“未来”の装備だ。
現代の技術力を遥かに凌駕している。となれば、あながち噂は嘘ではない。
「例えばリョウゼン将軍の噂のひとつ。あれは“重力操作”という代物だ」
手をかざすだけで物を浮かべるというものについて。原理や理屈は省くが、考えられないことではない。それだけ技術力が進んでいるということだ。
口頭で説明するよりも可視化した方が早い。
手にした物が地面に落ちるということ。自分たちが地に足を着けて生きていられるということも、万有引力が存在するからだ。ただそれを提唱すると厄介なことになりかねないのでマスターは言葉を濁して「この大地が生きているからだ」とする。
「彼の鎧は、この法則を断ち切ることができる」
「ならば我々は、世界を敵に回しているも同然だと……!? なんてことだ……」
「ですがひとつ。リョウゼン将軍の鎧には明確な弱点が存在するはずです。その証拠に彼の鎧には大きな傷跡が残っていました」
【千刃竜】によってつけられた傷跡は深く、鎧の機能を十分に発揮できないはずだ。右肩から胸部装甲に至るまで大きく抉られていたのを見逃さなかった。
無敵の英雄であるというのなら、彼は道を引き返していない。マスターはそう断言する。
最悪の【竜害】に匹敵する火力を叩き込めば決して不可能な話ではない──という話そのものが不可能な話、本末転倒だ。
時間が差し迫ってきたのを確認してから、マスターは本題を切り出す。自分の価値を売り出すのに手応えはあった。
自分のこめかみを叩きながら、ざっと見渡す。
「以上のような知識が、俺の此処にある。さて、そいつにいくら出すか俺は高みの見物させてもらおうか」
落札価格はメリフィリアの話では城が建つ金額らしいが、そもそもそれを受け取るのはジェイルだ。
落札が始まり、最初は出し渋っていた富豪達の中で先を見据えた投資の計算を終えたのか矢継ぎ早に金額がつり上がっていく。ダメ押しにマスターも声を投げていた。
その勢いもある程度の金額までいくと流石に後の出し物を視野にいれて声が少なくなっていく。
「──七千!」
「七千、出ました。他におりませんか」
声を挙げたのは、身なりの良い鳥人族。あてが外れたか、とマスターが渋る。
「──九千」
その時だった。
静かな女の一声に、鳥人族は口から心臓を吐き出しかねない勢いで飛び上がる。とてもではないが出せそうにない金額を提示されて肩を落としていた。
「面白い坊やだこと。いいわ、買ってあげる。娘たちの良い玩具になりそうだわ」
大きなつばの付いた真っ赤な帽子。真っ赤な長い髪、血染めのドレス。
まばたきひとつなく、金色に輝く縦長の瞳がマスターのことをじっと見据えていた。膨らんだ唇から覗く舌先が割れている。
ドレスの裾から下は、二本の足ではなく大蛇の身体がとぐろを巻いていた。
落札したのは西の大富豪。
──【蛇后】エキドナ・ラトリヴジアが妖しい笑みを浮かべていた。
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