第13話 闇競売へ
──本来ならば、今後の障害になり得る四大富豪への根回しを予定していた。だが、リョウゼン将軍の凱旋によって交易都市の空気そのものが変わってしまった以上、当初の計画から別なプランに切り替えるしかない。
そのためには領主の命が必要になる。
「城砦都市が降伏した今、貴方を信じる領民全員。すなわち一千万の魔族を動員するための手段がそれしかありません」
「無辜の民すら戦に駆り立てるつもりか」
「他に勝ち筋や勝算の目処が立てられないので」
──いいや、ある。ひとつだけ、民を駆り立てることなく人間軍を排する方法が。しかしその手段は最後の最後までとっておくべきものだ。
「…………」
「このまま人間達の支配に甘んじて隷属することを望まれるというなら、俺からはこれ以上口を出しません」
「……私は老いた。それはもう、長いこと生きた。この命は魔王様のために捧げたものだ。他の領主達とてそうだ」
トードウィックは深く息を吐き、背もたれに体重を預ける。
「君は私よりも頭が回るようだな。ならば聞かせてくれるか。魔族の未来を今の我々が勝ち取る術を。もしもそれで、私を説き伏せることができた暁にはこの老いた命を民のために捧げると誓おう」
「わかりました。そこまで仰るならば、耳を拝借いたします──」
マスターはトードウィックに、計画の全貌を明かす。それはとても正気の沙汰とは思えない策だった。
一時戦場と化すだろう。だが地の利は全て魔族にある。ましてや、状況は切迫していた。
首都スレイベンブルグの制圧を進める二人の将軍は不在、かつ北のアイレス将軍は不動の構えをとっている。それに加えて、次に人間軍が輸送されてきた場合、さらに戦況は悪化することは目に見えていた。
交易都市は要だ。魔族にとって、人間軍にとっても。だからこそ此処を真っ先に取り返したいとマスターは考えていた。
「──以上が俺の策となります。もちろんこれは、姫様ではなく、あくまでも俺個人の立案した作戦です」
「……だから君が全ての罪を負うと?」
「そうでもしなければ、魔族の政権復興など望めませんからね。のちの為政者のためにも」
「……目先のことばかりだと思っていたが、君は随分先を見通した考えをしているな。だがそれが必ずしも実現するとは思えない。その時はどうするつもりだね」
「その時は俺の手で全部台無しにしてやるだけですよ。ただ、それは、面白くない。他でもない俺がやってて楽しくない。だから俺はこうして策を弄しているんです」
最悪の場合、それが適用される。しかしマスターはそれを望まない。
この異世界での生活は、気に入らないわけではなかった。身体ひとつで成り上がるつもりもなければ一財産を築くでもなく、富も名声も地位も何もかもいらない。
元の世界の悪名も、国連機関の監視体制も無ければ、過去の汚名すら無い。
一言で言えば、望まず手に入れた自由な身分がここにある。
「……わかった。君の計画に乗ろう」
「ご協力に感謝します。それに伴い、重ねて頼みがあります。あなた直筆の遺書を用意していただきたいのですが」
「いしょ? とは、なんだね」
「あー……死後に残す手紙、とでも思っていただければ」
「なるほど……なんと書けばいいのだね?」
トードウィックはマスターの指示通りの文面を書き記す。それは自分の死後、家内が見つけるだろう場所にしまいこむ。
これで下準備は整った。
話を終えたトードウィックは、深く息を吐き出しながら天井を仰ぎみて、それからジェイルに視線を向けた。
「……都市の貧富の差は拡大する一方だ。だが都市構造に問題があるとは私は考えていない。弱者が弱者のまま、甘んじていることこそが問題なのだ。誰かが自分たちを救ってくれるだろうと考えているのが透けて見える。だから誰も手を差し伸べない」
「……じゃあどうしろっていうんだ」
「簡単なことだ。君たちの価値を、知らしめてやればいい。そのためのお膳立ては彼がしてくれる」
重い腰を上げて、トードウィックが椅子から下りる。
「好機に恵まれないと思っているが、とんでもない勘違いだ。貧民街の皆は知らぬだろうが、私もそのひとりだったのだ」
「……アンタが?」
「そうだ。まだここが、交易都市と呼ばれる前のことだが……あの時、飛びついていなかったら今の私は領主にまで上り詰めてはいなかっただろう」
「知らなかった。だってアンタ、ずっと昔からここの領主だったとばかり」
「壊れかけた首都を新たに建て直すための半生だった。魔王様の目に留まったのは、それこそ我が生涯における最大の幸福だと言える」
期待に応えた。褒賞さえ賜った。それに勝る名誉など何もなかった。魔王亡き今の世に、なにを成すべきかさえわからなくなった。
「マスターくん。君がこの老いぼれに道を示してくれた。ありがとう、魔王様への忠義は今も変わらぬ。ならばこの命は、魔族の未来に捧げよう。ミレア様にも、そう伝えておいてくれるか」
「お任せください。必ずや人間の手から取り戻してみせます」
──翌朝。
ぶるひん。ツノ馬が鳴く。
かっぽかっぽと蹄を鳴らして南へ降る。
がらがら音を立てて荷車を引いて。
御者席にはラルフ。手綱を握っている。
宿で寝ていたところをマスターに叩き起こされ、お前にしか頼めない仕事があると言われて宿から叩き出された。
「…………へいわだぁ」
向かうは南西の集落営農。幾らかの駄賃を革袋に詰め込んで先を急いでいた。
「それにしてもオイラに「装備持ってこい」だなんて……」
何をする気なんだか。
ツノ馬が嘶く。ぶるひひん。
「おーよしよし、どうどう。怖くないぞーオイラは良い魔族だから」
オイラ農家目指してもいいかもしんない。ラルフはそんなことをのんびり考えながら街道を進む。
──マスターはメリフィリアと予定通り行動する。
北の貧民街ではジェイルが待ち構えていた。貧相な身なりの魔族の子どもたちが駆け回っている。
昨夜の出来事から眠っていないのだろう、顔をしきりに洗っていた。
「よぉ、ジェイル」
「……」
「そんな睨むなよ。約束通り報酬持ってきたんだから。ほらよ」
マスターが差し出したのは、抜身の短剣。刀身が鏡面仕上げされた物を見て、目を丸くしていた。
本来は自分が異訪人である証明としてトードウィックに見せるつもりだったがその必要がなくなった。
「こ、こんなキレイなの貰っていいの!?」
「この世に二つとない品、質屋に出せば食い扶持は稼げるはずだ」
「売りに出せるかこんなの!」
「あっそ。それで、だ。闇競売はどこだ」
「ぅにゃ? なんでまたそんなところに?」
昨日の今日だというのに、一体いつ寝ているのかすら怪しい。
「俺自身を売りに出す。もちろん売り主はお前だ」
「……はにゃ!? な、なんでそんなことするんだよ。わけわかんないぞお前!?」
「理由がふたつ。ひとつは四大富豪に接触するのにこれが一番手っ取り早い。ふたつ目はお前たちへの報酬代わりだ。俺を買いそうな富豪についても見当がついてる」
北部の鬼人族は、まず出資を渋るはずだ。人間相手に営業方針を転換させたのも復興事業に割く資金繰りのはず。
次に東部の鳥人族は乗り気ではない。ただでさえ往来の激しい人間軍を素通りさせているのだから世間体すら逆風だ。そんな状況下で人身売買に手を出すリスクを冒さないだろう。
となれば、残りは南部と西部の富豪に絞られる。
「どちらかと言えば、西部の富豪が出資するものだと俺は睨んでる」
「西部の大富豪さまだとぉ、
「ぅえ……オレの嫌いな方じゃん……」
金に物を言わせて豪遊三昧。
その娘である三姉妹についても良い噂をとんときかない。旦那を謀殺し、遺産をふんだくって交易都市の西部を支配下に置いている。しかし内政には基本忠実に従っているらしい。実に狡猾なことに。
噂では、首都へ派遣される人間軍に対して独自の検問を敷いて金目の物を奪っているともされていた。
「強欲、狡猾、陰険! お前そっくりなやつだよ」
「なら気が合いそうだな。逆に乗っ取ってやろうか」
「やりかねなくて怖いぞお前……」
ジェイルの言葉にマスターが悪い笑みを浮かべる。
「俺には俺の
闇競売──それは闇市に流す品以外も取り扱う交易都市の裏の顔。
人間軍からの横領品であったり、危険物の取り扱いも含まれる。当然、人身売買もそうだ。しかし貧民街のような貧相な魔族達は売りに出されることはない。
競売にかけられるのは、大抵の場合珍しい「妖精」の類。そうでなくとも希少種とされる魔族だ。
闇競売の受付で襟を正した鳥人族はマスターを見て怪訝な顔をする。その隣には悪名高きクロムキャスケット盗賊団の一味。そして見慣れない魔族がもうひとり。
「……当店では盗品の競売は取り扱っておりません、悪しからず」
「盗んでないやい」
「自分の足で売りに来たんだ、買い取ってくれそうなお目の高い方はいるかい?」
「残念ながら、気の違った人間は値がつきません。お引き取りを」
「あぁそう。それは残念。んじゃ帰るか。異訪人の知恵はいらんらしい」
踵を返し、足早に立ち去ろうとするマスターに対して素早く前に回り込んだ燕尾服の鳥人族が両手を広げる。
「お待ち下さい!! 異訪人と仰られましたか今!? 貴方が!?」
「いやでもお引き取りくださいって頼まれたからには帰るしかねぇしなぁ」
「大変失礼いたしました!」
「買ってくれそうなお目の高い方もいなさそうだし他を当たるかー」
「お 待 ち 下 さ い! そこを、な ん と かぁ!!」
必死に食い下がる。それはもう血眼になって。ハト頭の鳥人族はしきりに首を前後させながらマスターに来店している富豪の名前を羅列していく。本来個人情報を漏らしてはならないのだが、相手が相手。特例中の特例。
「異訪人ってそんなに特別な存在なのか?」
「ふひへへへ、そりゃあもぉう。例外中の例外よ」
「魔族の異訪人なんて聞いたことないし」
「しょ、少々お待ち下さい。あぁ今日は大変な日だ、歴史に残る日となるでしょう。くるっぽ」
お前の頭が狂ってるのかハト野郎。マスターはそんなことを思いつつ手続きを進める受付人が出品者の記入欄と、開始額の記載を求める。
ジェイルは文字が書けないし、金銭感覚が貧民街基準だ。仕方なくメリフィリアに代筆を頼むと、考える素振りを見せながら木札に記入する。
「んで、いくらくらいにした?」
「ん~? ちょっとやそっとじゃ手が出せない金額♪」
「具体的には」
「お城が建てられるくらい」
人選ミスったなこれ。ちょっぴり後悔しながらも、ハト頭の鳥人族から渡される受付番号の書かれた木札を首にかける。
出品される控室でのトラブル防止のために木札には手枷も繋がれていた。
「申し訳ございませんが、コレより先の控室では関係者以外の立ち入りが──」
「おう俺が良いって言うんだからお前も首を縦に振るんだよ、出品取り消すぞ」
「関係者以外の立ち入りが……禁止されておりますが、なんと……今回に限り……特別にお通りください……!」
ハトって血涙流しそうなほど悔しそうな顔できるんだな──マスターは呑気なことを考えながら闇競売の控室へと足を踏み入れる。
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