第27話 親衛隊合同任務、作戦会議


 ──“勇門の儀”が執り行われるのは王族のしきたりに則り、その子息の成人の日に行われる。

 リョウゼン・R・グランバイツがこの大地に降り立ってからすでに二十年近く過ぎていた。

 【竜害】に敗北を喫した、あの日の王達の落胆ぶりを思い出す。

 追放しようにも前代未聞の存在を恐れ、ならばいっそ死罪にしてしまった方が後腐れがなかったのだろう。しかし、そうはいかなかった。

 当時、すでに新参の五天将に数えられていたレオブレドが私財を投げ打ってまで食い止めたのだ。

 何故そうまでしてくれたのか、今でもわからずにいる。


 戦争屋の自分が、こうまで純粋に人に求められることなどなかった。

 見知らぬ新天地での生活も、不便ながら慣れればどうということはない。

 ならばせめて──ここでは求められる偶像として振る舞って生きるのも悪くないと思った。




「……よろしいのですか、リョウゼン様」

《なにがだ?》

 前線拠点に着くなり「宴会するぞー!」とレオブレドが豪語して兵達は呆気に取られたものの、大将軍直々に催す宴の席に鬱蒼としていた空気はどこかへ飛んでいってしまった。今は前線拠点の中を補給兵達が慌ただしく駆け回り、食糧から酒からひっきりなしに準備している。

 そんな光景を兵舎のテントから眺めるリョウゼンに付き従うのは、傷顔の女騎士。

 手を後ろで組み、微動だにしない姿は限りなく軍人風だ。そう教えたのは他ならぬリョウゼン自身だが。


「いくらレオブレド大将軍閣下の命令と言えど、敵の首都を前に宴会など」

《やらせておけ》

「……貴方がそう仰るのであれば」

《それと。お前も少し楽にしろ。気が持たんぞ》

「お心遣いありがとうございます」

 口では感謝していながら、女騎士は直立不動。

 リョウゼンは自分の額に手を当ててため息をつく。どうしてこんな子に育ってしまったんだろう。


 ──あの日【千刃竜】による無差別な殺戮が遭った。それを止めようと、結局助けられたのは彼女一人だけ。

 帰る場所も、家族も、友人も隣人も何もかもを失って天涯孤独の身となった幼子を救ってしまった手前、リョウゼンは捨て置くわけにはいかなかった。機を見てどこかの良家に嫁がせるという選択肢もあったが、その度に彼女は断固拒否の構えを崩さなかった。

 レオブレドのツテで数回、婚姻の話を出したこともある。


 ──私より強い殿方であれば一考の余地程度残します。


 そう彼女は断言して三回中三回、相手を完膚なきまでに叩きのめした。

 彼女に階級章はない。だが純粋な腕前だけならば他の親衛隊に決して引けを取らなかった。事実、クレスト親衛隊との御前試合ではウェイルズを打ち負かしている。

 軍に預けてもおそらく持て余すだろうことは目に見えていた。だからこうして手元に置いている。そのせいで不自由な思いをさせてはいないかと不安になったのも最初の頃だけだ。

 今となっては、背中を預けるに値する忠実な部下である。


《……キリエ》

「はい」

《宴の席、望むならばお前も出ていいぞ》

「結構です。謹んで辞退させていただきます」

《……お前も酒を飲める年だろう》

「今年で二十二ですので」

《少しは周りと親睦を深めろ。お前のためだ》

「お気遣いありがとうございます」

 ──キリエ。

 そう呼ばれた傷顔の女騎士は、口でこそ世辞を述べるが「絶対に従わねぇ」と言っていた。悪い癖だ。一方的に会話を打ち切る謝辞にはリョウゼンも参っている。

 気まずい空気が流れる中、テントに顔を出したのはクレスト親衛隊紅一点のヴァレリア。まんまるな碧眼が人懐こい印象を与える、金の髪を結い上げた軽装の女騎士はリョウゼンの顔を見てこれまた人懐こい笑みを浮かべた。


「あ、いたいた。コホン。クレスト親衛隊ヴァレリア・ボルトザックです。お会いできて光栄です、リョウゼン将軍」

《何度か顔を合わせているだろう。どうした》

「お祖父様が……あ、いえ、レオブレド大将軍閣下がお呼びですのでお声がけに」

 にこーっと笑って小首を傾げてみせるヴァレリアにリョウゼンは腰を上げる。それに言葉もなくキリエが付いていこうとするが呼び止められた。


「シュヴァルクロイツ親衛隊の方は作戦室へ」

「わかりました」

「クレスト親衛隊からは私が出ることになってます、女同士仲良くしましょーね!」

「わかりましたそうですね早く行きましょう」

 気持ち早口気味に告げて、さっさと作戦室へ向かう。


 ──前線拠点作戦室。

 そこにはクレスト親衛隊総長、ウェイルズ・ボルトザック。並びにシュヴァルクロイツ親衛隊が勢揃いとなっていた。


「シュヴァルクロイツ親衛隊総長、キリエ」

「クレスト親衛隊総長、ウェイルズ・ボルトザック。今回の共同作戦についての概要を改めて説明しようと思う。ヴァレリア、地図を」

「はいはーい♪」

 ヴァレリアが広げた首都近郊の地図の上に軍を模した木製の駒を並べていく。楽しそうに積み木を並べていくと、首都スレイベンブルグを前に展開した人間軍の陣形に整えていく。

 ウェイルズはまず拠点を指し示した。


「さて。クレスト親衛隊は存じているが、情報共有は大事だ。シュヴァルクロイツ親衛隊の皆様方に、今一度前線拠点の状況を伝えておく」

「よろしくお願いします」

 キリエは背筋を伸ばしたまま直立不動の姿勢を貫く。その最後尾、副団長は欠伸をこぼしていた。


「戦況は依然としてこちらの優勢。だがどうしても攻めきれずにいる、攻め手に欠けている状況が続いている」

「大将軍閣下の霊力でもあの障壁は破れませんか?」

「無茶を言うな、オヤジ殿……あぁ、いや。レオブレド大将軍閣下もいい歳だ。とっくに隠居して内政に専念してくれていいんだが、そんな無茶なんかさせられない」

「では」

「ああ。今のところ、そちらが鉱山都市を攻略に向かった時と変わりない。──さて、こっからが本題!」

 “パンッ!”と、目の覚めるような音を立てて一拍。ウェイルズは盤面に載せられた駒から、獅子を模した駒を分ける。それと同じく、黒騎士の駒を人数分。

 それらは各親衛隊を示していた。


「人間軍最高司令官リョウゼン将軍の言う不審人物、蒼髪紫眼の人間を捜索する部隊の編成だが。こちらからは二人出すことにした」

「ではこちらからも二人指名します。この捜索任務に志願する者は? いなければ私が決める」

 キリエの有無を言わせぬ凛とした言葉に、シュヴァルクロイツ親衛隊は間を置いてから一人が一歩前に出る。


「アタシが行く」

「わかりました。一名はヘルガで決まりました。他は?」

 ヘルガ・ブラウニル。赤い髪のショートカットに青い瞳の女騎士は、境遇をキリエと同じくした孤児だ。【竜害】と言わずとも、魔物による災害で身寄りを亡くした子は少なくない。

 他に誰も立候補しない様子が続き、キリエはため息をつく。


「アズラ。頼めますか」

「…………はい」

 名前を呼ばれて前に出たのは、顔の半分を覆い隠すほど青い前髪を伸ばした陰気な女騎士だった。ヘルガに比べるとやや小柄な印象を受けるが、背を丸めているせいで余計に小さく見える。


「シュヴァルクロイツ親衛隊からは二名。ヘルガ・ブラウニル、アズラ・ヴァレンティアを向かわせます」

「わかった。クレスト親衛隊からはヴァレリア・ボルトザック、ルートヴィヒ・ボルトザックの二名を選出する。今回の任務は少数精鋭だ」

 捜索任務であるならば大部隊の方が手間が省ける。しかし、そうしないのは現地の駐在部隊を考慮してのことだ。

 たった一人を探すためだけに親衛隊を派遣するだけでも相当気にかけていることがわかる。


「……、人員の追加をしてもよろしいでしょうか」

「ん? いやまぁ、そりゃかまわないが……」

「私も捜索任務に参加します」

「は、──?」

 ウェイルズの顔が固まった。しかし、キリエは冗談を言うような女性ではない。


「こちらのことは任せましたよ、副団長クローディア」

「ふぁ~……、あ。はい、任せてください!」

 欠伸をこぼしたところで急に名前を呼ばれたからか、慌てて背筋を伸ばしていた。キリエからの鋭い視線が突き刺さる。

 いまいち緊張感のない副団長はマイペースぶりを発揮して苦笑いを浮かべていた。どのような場面でも自分の調子を崩さないのは美徳ではあるが、もう少し考えてもらいたい。だが、クローディア・ガルブレイズの頼もしさは規律に厳格なキリエとは異なるものがあった。


「こちらからは以上です」

「お、おぉ……なら決まったな」


 シュヴァルクロイツ親衛隊からは以下の人員を派遣する。

 親衛隊総長、キリエ。

 ヘルガ・ブラウニル。

 アズラ・ヴァレンティア。──以上、三名である。


 同じく、クレスト親衛隊からは以下の人員。

 ヴァレリア・ボルトザック。

 ルートヴィヒ・ボルトザック。

 以上の二名を選出。


「それで兵士の方だが、オヤジ……あー、くそ。レオブレド大将軍閣下が宴の場を設けるということで、備蓄の消耗が懸念される。その補給任務も兼ねているものと考えていてくれ」

「くひひ、兄上ったら気を緩めすぎ」

「ヴァレリア。会議の席だぞ」

「は~いっ」

 すかさず咎められつつも、ニコニコと憎めない笑顔を見せるヴァレリア。どこか緊張の糸が緩んだ作戦室に居心地を悪くしたのか、キリエは一度息を吸い込んだ。


「作戦開始時刻は」

「明朝、出立の予定だ。俺の方で補給部隊の人員を捻出しておく、必要な資材も帳簿に記載しておかないとな」

「わかりました。他になにかあれば」

「こちらからは……ま、ひとつだけ言うことがある」

「お願いします」

 ウェイルズは少しだけ口角を下げて苦い顔をする。


「せっかくの共同作戦だ。もう少し仲良くしないか?」

「お心遣いありがとうございます。では、以上で解散という流れで。失礼します」

 深々と一礼すると、シュヴァルクロイツ親衛隊は足並みを揃えて退室していった。


 全員が去った後で、机に両手をつきながらウェイルズがため息を吐き出す。


「ぜってぇ仲良くする気ねーよ、アレ……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る