第42話 目的地、ミルカルド大森林地帯


 レオブレド大将軍を倒す。それは、魔族にとって不可能に思われていた所業。人間軍三百万を束ねる万雷の大獅子。

 雪中行軍を敢行し、北方氷獄を統治していた北の魔将エンディゴを討ち取った勢いのままに交易都市を制圧。そこより人間軍を各地に派遣し制圧を進めてきた。

 首都スレイベンブルグを封鎖し、包囲網を敷いて魔族を苦境に立たせ続けてきた大将軍の討伐作戦に我こそはと参加希望者達が殺到する。

 しかし、ファングはそれらを一時保留とした。


 大時計城の会議室に招集命令を出されたのは魔王軍残党の主要メンバー。

 魔王の娘、ミレア。その剣術指南役、アーシュ。竜の御子、ルミナリエ。

 魔王軍諜報部、暗殺部隊総長メリフィリア。副隊長、クロム。

 そしてその中に、一人異彩を放つ人間が混じっていた。


 雷鳴騎士、リヴレット・シュバルスタッド──自分がこの場に同席していいものなのかどうか不安げな顔をしている。

 そしてファング・ブラッディ、もとい。マスター・ハーベルグは会議室の机に手をついて一同の顔ぶれを見渡す。


「よーし、いつものメンバー。と、リヴレットだな」

「……その、どうして私が同席させられているんだ?」

「ヴィンフリート」

「すまなかった。言わなくていい」

 貴族同士で気が合うのか、ヴィンフリートはリヴレットがどれほど無害な人間であり清廉潔白であり気高い精神の持ち主であり今後の成長に見込みがある将来有望な人材であり魔族と共存の道をこれまでと変わらず歩もうとしている人間の名門貴族シュバルスタッド家の長兄であり今後魔王軍にとって、いや我々にとってなくてはならない中核を担う人材であり同時にこの私ヴィンフリート・ヴュルツナー・ヴォーヴェライトの人種を越えた生涯の友であるッ!!! ──と昼夜問わず、宣伝活動を続けた結果、晴れて城内でのみ自由行動を許可を出された。

 雷鳴騎士といえど霊輝石を用いなければ霊術を行使することは難しい。そのため無害な人間であると判断された。


「さて。それじゃまずは、ルミナリエ。地図を出してもらえるか?」

「ういっ」

 シックなテーブルの上に魔力で描かれる魔族の領土。マスターが予想していた地図と少々違ったが、地理が把握できれば問題ない。

 山岳の標高からなにから、まるでワイヤーフレームモデルのように映し出される地図を見てリヴレットは目を丸くしていた。

 指揮棒、そして木製の駒を几帳面に並べていたアーシュが交易都市に魔族の駒を置くと、スレイベンブルグには騎士の駒。


「まず状況を整理する」

 首都方面に集合させていた騎士の駒を指揮棒で崩し、そこに新しく竜を模した駒を立てた。


「前線拠点が千刃竜ヴァルボルヴォスの襲撃で壊滅。レオブレド大将軍とリョウゼン将軍は退却。その足取りを諜報部が追跡中だ、合ってるかクロム副隊長」

「え? あぁ、もちろん。そうそう、うん。なんてったって超!優秀だからね、ボクの部隊は!」

「暗部なんだから当然だろ。千刃竜は現在どの場所にいるか把握できてるか、ルミナリエ」

「うん。今、このへん」

 ルミナリエが指揮棒で竜の駒を押し出し、西方風獄の頂上で止める。


「間違いないか」

「もちろん。でも、アイツが飛んだら話は別。私もわかんなくなる」

「ということは、地に足を着けているときだけ感知できるってことか」

「うい」

 ふんす、と自慢げに両手の親指を立ててマスターに向けていた。


「感知するのに制限とかあるか? できることなら朝と昼、それと夜の三回。都度頼みたい」

「やってみる、がんばる」

「無理そうな時は言ってくれ。さて、それでだ」

 マスターは騎士の駒を手にして宙に放り投げる。そしてそれを無造作に机の上に滑らせた。


「こいつはシュヴァルクロイツ、そんで次はクレスト親衛隊の遠征部隊。さらにこっちがレオブレド大将軍で、リョウゼン将軍」

 駒を散乱させた地図を見て、ミレアは困惑している。アーシュも難しい表情だ。

 メリフィリアは手元に転がってきた駒を手で弄んでいる。クロムはつい猫の習性で弾き飛ばしていた。


「さーて。こいつが今の両軍の状況、どうすっかね」

「どうするかね、ってお前……何か策があるんじゃなかったのか?」

「探して見つけてぶっ殺す」

「実に簡潔でわかりやすい作戦だな……」

「そこで、まずレオブレド大将軍の捜索作戦から始める。これに異論は? なければ話を進めさせてもらう」

 特に異論はないことを確かめてから、マスターはクロムに目配せする。


「クロム。諜報部からの情報はどこで受け取れる」

「どこって。そりゃあどこからでも。でもボクが見た限り、レオブレドは北部へ向かったはずだ」

 クロムが優しく投げた駒は、綺麗に底面から着地した。

 北方氷獄と首都の間に広がる大森林。


「考えられるとしたら、その辺りに身を隠しているはず」

「リョウゼンは」

「南西に退却。千刃竜を追跡したようにも見えたけどね」

「……では。現在、首都に人間軍は展開していないということですね」

 ミレアの確かめるような言葉に、クロムが苦い顔をしていた。


「いや。そちらに向かう場合、混合親衛隊と鉢合わせる可能性がある」

「大した部隊じゃないんだろう?」

「キリエとヘルガ、アズラとヴァレリア。そんでルートヴィヒが主要な面子か。あとは知らん。…………なんだよ、その顔」

「ちょ、っと。待ってくれ……マスター。お前、そいつらを相手にしたのか?」

「危うくぶっ飛ばされそうになったけどな」

 物理的に。

 メリフィリアが千刃竜の情報を持ってきてくれなければ、あのまま一夜にしてルクセンハイドは廃墟となっていたに違いない。

 リヴレットも顔を引き攣らせている。


「ま、んなこたどうでもいい。森林地帯についてなにか詳しい情報持ってる人ー」

 マスターが挙手を促してみるが、手を挙げる様子はなかった。


「んじゃあここの地名」

「ミルカルド大森林地帯」

「情報ありがとう、アーシュ。で、この中身を詳しく知るやつはいない、と」

「そこはまぁ、色々事情があるからな」

「その、色々、の部分を俺は聞きたいんだけどな」

「仕方ないだろう。そこ一帯は“森人エルフ”族の管轄下なのだから」

「……今、エルフって言った?」

 それなら心当たりがある、とマスターはニヤリと笑う。




「というわけで連れてきた」

「ララフィです。なんで連れてこられたか全然わかりません!」

「説明! ララフィねーちゃん、ミルカルド大森林知ってる?」

「知ってるも何も生まれ故郷ですー」

「以上! 解決!」

 もはや言及することも面倒なのかアーシュは天井を見ながら深く息を吐き出していた。と、そこへ勢いよく扉を開け放ってヴィンフリートが入室してくる。


「失礼するぞ! ヴィンフリート・ヴュルツナー・ヴォーヴェライト、“獅子狩り”作戦会議に参加させてもらおうか! 手が空いたのでな!」

「そりゃ助かる。んじゃあ作戦を立てるにあたり、ララフィねーちゃんにはミルカルド大森林についての御説明をお願いします」

「はーい」

 ヴィンフリートも同席するにあたり、とりあえず口を塞いどく。


 ミルカルド大森林地帯──森人。大自然の守り人と言われるエルフ達の集落があるとされているが、誰もその場所へ辿り着いたものはいない。

 本来は閉鎖的な部族であり、森林を拠点に一生を終えるのがほとんどだ。しかし交易都市の発展に伴い、近代的なエルフが増えている。それでも都市で生活するのを選んだのはララフィくらいだ。

 話を聞けば、ミルカルド大森林一帯は“守り人の加護”によって「迷い森」となっている。エルフ達の自衛手段として使われるものであり、彼らだけがその森の中で自由に活動できた。その正しい道順を知るのは集落のエルフ達だけであり、外部からの侵入者を強固に阻んでいる。


「森ごと焼き払ったらどうなるんだ?」

「お前の発想そのものがすでに怖い」

「問題ありません」

 マスターの危険な思考に、即座にララフィはふんぞり返った。エルフ達は森の管理者であり監視者でもある。彼らが手掛けた大森林は水分を多く含む樹木で構成されることによって不審火や多少の放火では自動的に消火されてしまうようだ。

 ただ、なにか気がかりなのか眉を寄せている。


「どうかしたのか、マスター?」

「レオブレド大将軍が何も考え無しでミルカルド大森林に逃げ込んだとは考えられないからな。豪商にして豪傑の大将軍、特にこの「豪商」って部分を俺は警戒してる」

「金に糸目をつけず欲しいままに手に入れているだけだろう」

「そうかもしれないが。そんな奴が自分が不利になる場所を選ぶか?」

「なにか意図があって逃げ込んだ、ということか」

 ヴィンフリートの言葉に、リヴレットも地図を見つめていた。


「俺はレオブレド大将軍が千刃竜ヴァルボルヴォスへの対抗策も兼ねてミルカルド大森林へ逃げ込んだと思っている。今のララフィねーちゃんの話を聞いてだけどな」

「そうか。雷霊術を水で強化させるためか。それに加速戦技による足場に困らない」

「相変わらず頭の回転が早くて助かる、ヴィンフリート」

「恐悦至極、君に褒められると悪い気はしないな!」

 距離を換算、日数も考慮するとミルカルド大森林以外の目ぼしい場所は候補に挙がらなかったことにララフィは少し不安そうな顔をみせる。


「あの。もし本当にレオブレド大将軍がミルカルド大森林にいるのなら……私もご一緒しないといけませんか?」

「そうなる」

「ありがとうございます!」

 マスターはララフィに断られるものだと思っていた。しかし、突然の感謝に面食らって眉をひそめる。


「な、なんで?」

「そのお話を聞いて、私も胸が不安で一杯だったんです。故郷に危機が迫っていると聞いて居ても立ってもいられなくて……断られたらどうしようかと思っていたんですけれども杞憂だったみたいで一安心しました」

「……あぁ、そういう。作戦と地形の都合上そうなるってだけ。ララフィねーちゃんの安全は保証できない」

「──マスター。それなら、彼女のことは私に任せてもらえないだろうか」

 その護衛役に立候補したのはリヴレットだった。話が進んでからそのつもりだったマスターはどうぞ、と手を差し出す。


「頼りになるナイト様が立候補したところで、もうひとつ。リヴレット、個人的な話になるんだがいいか? アンタの父親の件だ」

「──! 聞かせてくれ!」

「落ち着いて聞いてほしいんだが、おそらく……アンタの父親殺しにはボルトザック家が関与している。主犯でな」

「なんだって?」

「いくつか理由がある。ひとつ、ヴァレリア・ボルトザックに“それとなく”話題を切り出した。そうしたら「命が惜しくなければ手を引け」と警告された。このことからレオブレドが主犯と考えられる。ふたつ、レオン長官が事件の全容をぼかしていたことだ。これは上官命令で口止めされていたとしたら筋が通る」

「だが……だが、そうだとしても何故──!」

「みっつ。リヴレット、お前に打ち明けられなかった理由と入隊を止めた理由の裏付けになる。だがルートヴィヒ・ボルトザックはその件に心当たりがなかったことから無関係。つまり、クレスト親衛隊が共犯者と見られる」

 おそらくリヴレットは薄々気づいていたはずだ。だが、疑いきれなかった。父の間柄を知っているだけに真相に踏み出せなかったことにマスターは気づいている。

 仕事柄、どうしてもそうした話題とは切っても切れない。だから自然と気づいてしまう。そのせいで余計な面倒事に巻き込まれることも少なくないが、身から出た錆。自前で解決してきたが、今回は事情が異なる。


「情報は提供した。あとはアンタで勝手にしてくれ、リヴレット」

「しかし……。──いや、感謝する。ありがとう、マスター」

「死にに行く真似だけはすんなよ。さーて作戦会議の続きだ」


 ──“獅子狩り”作戦の打ち合わせは空が茜色に染まるまで続いた。

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