第41話 “獅子狩り”作戦会議


「ルドガー、いったい全体どういうことで何があったのここで!」

「おや、クロム様。お久しぶりです。どうも何も、ルクセンハイドで戦闘がありました。以上になります」

「なぁんだそっかぁ、って納得するわけないでしょーがぁ!」

 「草葉の息吹」支配人ルドガーに怒鳴り込むクロムに、他の宿泊客は何事かと視線を集中させる。

 時刻は早朝。寝起きの客もちらほらいる中で、朝から元気な黒猫の副隊長に支配人ルドガーはホットミルクを差し出した。


「こちらはほんのサービスです」

「お、気が利くー♪ じゃあ早速……じゃなくて、ほら言って。正直に答えて。何のためにキミをここに置いてると思うの」

「はて。情報収取のためでは?」

「わかってるなら、報告。ボクがこれを飲み終える前にね」

 眼光鋭く睨みつけて、クロムがホットミルクを傾ける。


「トードウィック様が自殺されました」

「ぶふぁーーーーっ!!!」

 開口一発目から噴き出した。


「駐在武官レオン長官が殺害され、交易都市内部から人間軍がきれいさっぱりいなくなりました。エキドナ様の紹介によってスレイベンブルグ方面から移動してくる人間軍を足止め。これはシュヴァルクロイツ親衛隊ならびにクレスト親衛隊の混合部隊でした。こちらを我々は手筈通り手厚く歓迎し、一夜のうちにお戻りになられました。その際の戦闘で、街がああなりました」

 淡々と説明しながらルドガーはクロムが噴き出したホットミルクを手早く拭き上げると、新しく用意する。


「というのが三日ほど前の話です。現在は突貫工事で復興中となります。なにせ今は交易都市の中もだいぶ慌ただしいようなので」

「いや、だとしてもさぁ! 色々状況が動きすぎててボクの小さな頭脳が処理しきれてないんだけども!? どゆこと!?」

「申し上げた通りですが?」

 朝からエントランスホールで騒ぐ黒猫の声で起こされたのか、眠そうにあくびをこぼして階段を降りて顔を見せた蒼髪の人間はルドガーに気さくに片手を挙げて挨拶を交わした。ファングだ。その後ろにはべったりとメリフィリアがくっついている。


「朝っぱらからうるせぇな、なんだ。ういーっす、ルドガー支配人」

「おや、おはようございます。ファング様、本日の朝食のご用意はできております」

「献立は?」

「パンとスープとミルク、それとステーキです」

「三日連続朝からステーキ食わすなよ。食うけど」

「ははは、若くて結構なことです。育ち盛りなんでしょうねぇ」

 ちなみにメリフィリアの朝食は骨付き肉(生)だ。

 見慣れない人間に、クロムは警戒心を露わにする。


「ちょい待ち、そこの人間」

「なんだよ黒猫ねーちゃん」

「キミ、誰」

「アンタ誰」

 間髪入れず即答で切り換えされてクロムが一瞬言葉に詰まった。しかし、その顔に見覚えがあったのかメリフィリアがファングの頭に顎を乗せる。


「あら? なんだか見覚えのある黒猫だと思ったら、クロムちゃん」

「っていうかメリーじゃん! アンタなんで此処にいんの、というかこの人間誰でなんでアンタが一緒にいて、あーーーもーーー誰かボクに説明してぇーーー」

「ルドガー支配人、説明」

「しました」

「んじゃこの黒猫ねーちゃんがバカなだけか」




 ──あらためて事細かにクロムに事情を説明したメリフィリア。その横では話を完全に聞き流しているファングが朝食のステーキを切り分けていた。

 一部始終の話を聞き終えた後も、まったく納得のいっていない顔をしている。


「……んじゃあ、つまり、なに? 姫様が呼び寄せた「異訪人」で。そいつが交易都市を人間軍から取り戻して、ルクセンハイドでシュヴァルクロイツ親衛隊総長たちとやりあって撃退したってこと?」

「そういうことぉ」

「…………コレがぁぁぁ???」

 コレ(朝からステーキを頬張って上機嫌なファング)を指さしながら、クロムが疑問符に満ちた声を挙げた。そんなことはどうでもいいのか、ファングは朝食を食べるのに夢中だ。メリフィリアは既に完食している。ほぼ丸呑みだった。


「魔王軍諜報部、暗殺部隊副隊長クロム・カスケード。首都スレイベンブルグ防衛部隊の指揮を執るために滞在、ってところまでは聞いてるが。どうして此処に来たんだ?」

「……それは」

「人間軍の前線拠点でも【竜害】でぶっ壊されて包囲網に穴でも空いたか? それならこっちからするとまさに天の助けってところだ」

 言葉を続けようとするクロムよりも先にファングはパンを千切って咀嚼するとスープと共に飲み込む。


「被害がどれほどかわからんが、将軍達はどうなったんだ?」

「拠点を放棄して退却、散り散りになったよ。その足取りはボクの方で追跡している。諜報部だからね」

 フフン、と。どうだと言わんばかりに鼻を鳴らす。しかしファングは上の空。


「……仕掛けるなら今だな。メリフィリア、交易都市戻って作戦会議だ」

「はぁ~い。え、今から?」

「飯食って軽く運動して街の見回りしてから。昼前には此処を出る。黒猫ねーちゃんも一緒に来てくれ」

「へ? ボクも? なんで? いや元々行く予定だったけども」

「んじゃいいじゃん、決定」

「勝手にボクの予定決めつけないでくれよ」

「じゃあ情報だけくれ。あとはこっちで作戦決めるから」

 なんだコイツ。というのがクロムの第一印象だった。


「メリー、よくこんな奴と一緒にいられるね」

「……ふひ」

「うわこわ」

 違う、ファングがメリフィリアを連れているのではない。逆だ。付きまとわれているのだ。なぜなら目つきがもう捕食者の色を見せている。自分のお気に入りの獲物を大事に大事にキープしているだけだ。


「キミ、よくメリーといられるね……」

「なんか変か?」

「どういう神経してんのさ……」




 ──元々交易都市を目指していたクロムを引き連れて、ファングはメリフィリアと一緒にルクセンハイドを見回る。現場に顔を出して進捗確認。それから作業指示。補償金に関しての見積もりその他作業を歩きながら流して片付けるとポックルの用意した荷馬車に乗り込む。

 急ぎ足で走らせた馬車は予定通り昼前に交易都市へ到着、そこから大時計城を目指す。

 クロムは街の中の活気と喧騒に目を白黒させていた。トードウィックが自殺したとは思えない明るさを振る舞っている。それはクロムがよく知る交易都市の姿だった。

 どうやらルドガーからの話は本当らしい。しかもファングの顔を見て魔族達は黄色い声を投げてくる。人気者らしい。


「ふひへへへ、すごいでしょ〜」

「うん、まぁ、すごいけど。なんでメリーが得意げ?」

 大時計城に着いてから、さらにファングは歩速を上げた。

 城の廊下を歩きながら声を掛けてくる魔族の問いに間髪入れず即答していく。


「マスター、北の貧民街の復興状況だが──」

「グレゴリーの姐御に全部投げろ。終わったやつだけ情報よこせ。問題があったら俺に言え」

「わかった」


「マスター、東の跳ね橋の再建についてだが──」

「人間側に書状送って“わざと”遅らせろ、そっちは適当かつ後回しで構わない。南の金具屋が悲鳴あげてるからそっちに人手回してくれ」


「我が異界の友よ! 君の心強い戦友であるヴィンフリート・ヴュルツナー・ヴォーヴェライトが吉報を持ってきた。心して拝聴したまえ」

「聞かせてもらおうか」

「交易都市各地に潜伏していた魔王軍残党並びに協力者の件だ。その数にして三百人といったところか、まだまだ増えそうだがな。ほとんどは北から流れてきた人狼族、しかし! 中には鬼人族も名乗りを挙げている」

「それは助かる。ラウラ嬢の足取りは」

「無論掴んでいる。が! それは私に一任してもらおうか」

「任せた、ヴィンフリート。あぁそうだ。アンタも“獅子狩り”には参加してもらう事になるかもしれんから、そこはご容赦」

「我が愛しの夜の君と肩を並べられる絶好の機会、これを逃す手はない。存分に頼りたまえ」


 その様子を後ろから眺めて歩くクロムは眼を白黒させるばかりだった。

 トードウィック・フロッグマンが亡き後、混迷を極めるであろう交易都市を取り仕切るのは四大富豪と決められている。だがその舵取りはほとんどファング・ブラッディが指揮していた。後釜に据えられても文句を言う魔族はいない。


「……もしかして、めちゃ有能?」

「そうねぇ。強くて頼りになって面白くて美味しそうで言うことないわぁ」

「メリー。その美味しそうって言うのやめな? アンタそのせいでめちゃくちゃ諜報部の風評被害食らってるから」

「…………………………────歯ごたえありそうよねぇ?」

「熟考してそれしか出てこないならボクはもうなにも言わないよ……」


 ファングがまだ駆け寄ってくる魔族と質疑応答を歩みを止めずに片付け、その流れが切れると同時に一室の扉を開け放った。


「優雅に茶ぁしばいてるところ悪いな、姫さん。レオブレド大将軍ぶち殺しにいく作戦会議の時間だ。招集」

「…………わかり、まし、た──?」

 恐らく言葉の意図をよく読み取れていない、それどころか状況が飲み込めていないミレアのなんとも頼りない言葉にアーシュはずり落ちそうになった丸メガネを押し上げる。ルミナリエだけは通常運転。お茶を飲んでいた。

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