第30話 グリフォンのお世話
──交易都市では、大時計城に魔族が押し寄せていた。無理もない、亡き魔王の一人娘が無事で帰還してきたのだから。
その御姿を一目見ようとする者で溢れかえっていた。領主の死から人々が縋りつきたくもなる気持ちを汲めば当然のこと。
フロッグマン夫人の厚意からミレア達魔王軍は城内に滞在させてもらっている。首都スレイベンブルグへ進路を取りたいという逸る気持ちを抑え、次なる動きをどうすべきか話し合っていた。
情報が確かであれば、レオブレド大将軍とリョウゼン将軍の二人が一ヶ所に集まっている。勝算は皆無。絶望的と言ってもいい。
そんな場所にこちらの異訪人を送りつけたところで、こちらの総力を挙げたところで勝ち目はない。
その異訪人はどこで何をしているかと言うと──。
「……お前はなにをしているんだ?」
アーシュは目の前の光景に素直な疑問をぶつけた。
グリフォン──鷹の頭と羽根を持ち、獅子の胴体を持つ「鷹獅子」は魔族にとって慣れ親しんだ魔物だ。もちろん荷馬車を引くのであればツノ馬が適しているが、それよりも大掛かりな荷物であればグリフォンが適している。しかし調教が難しいことと気性から一般的に飼育することは難しい。
何より、鋭利な鉤爪による一撃は四メートルもの巨体も相まって非常に強力な武器だ。翼での飛行能力もある。魔王軍では騎馬に勝る重要戦力に数えられる。
そのグリフォンが、今、大時計城の中庭で日光浴をしていた。
首元をしきりに撫でられて気持ちよさそうに目を細めている。
「なにって……コレの世話?」
「…………よく懐いたな」
くるるるるる……。猫のように喉を鳴らして、翼を広げていた。マスターの手には粗めのブラシが握られている。お手製の竹箒だ。
「最初はものすげぇ威嚇されたけど、メシやって毛繕いして撫で回してたらめちゃくちゃ懐いてきた。おーよしよし」
クチバシを優しく撫でてやると、ぐいぐいくる。マスターが押されていた。目を閉じて口を開けている姿はまるで笑っているようにも見える。
「なんか機嫌悪そうにしてたんだが、身体が痒かったみたいでよ。そんでブラッシングしてやったらこの通り」
ついでに洗い回してやった、と自慢げにしていた。ここしばらく不機嫌にしていた原因は衛生面による問題のようだ。
アーシュがおそるおそる近づき、手を差し出してみる。
「噛まないよな?」
「さっきメシ食ったばっかだし」
さらりと怖いことを言う。
じっと見つめていたグリフォンが、アーシュの手に擦り寄る。そこから毛並みを整えるように撫でると、大人しくしていた。時折尻尾が跳ねるのが見える。
「で、なんか用?」
「ああ。これからの方針について少し相談をと思ってな」
「ふーん」
マスターはあまり乗り気ではないような、やる気のない返事をしていた。
「お前のやり方はともかくとして。交易都市の奪還そのものは成功させたわけだからな。私はその一点でお前を評価するよ」
「……、あっそ」
これまた素っ気ない。求めていない付加価値に、マスターは世話を再開する。竹箒のようなブラシで背中を撫でるとグリフォンが地面に伏せてくつろぎ始めた。
「俺としてはどっかで腰を落ち着かせて知見を深めたいとこなんだが……さてどうすっかな」
「それならば此処は絶好の場所なんじゃないのか?」
「いいや」
ハッキリと断言する。交易都市は安全圏ではないと。
「レオブレド大将軍とリョウゼン将軍が同じ場所に留まっているとなれば、おそらく俺の情報が漏れてると見ていい」
「……なに?」
「となれば当然。向こうからしたら俺は不審人物、排除対象だ。もちろん根拠が無いわけじゃない」
リョウゼン将軍と対面した。親衛隊と顔を合わせた。そのことから自分が不審者として見られていると考えていい。ましてや軍隊相手だ。「報連相」が徹底されてると見越した上で行動を起こすべきだとマスターは考えている。
その考えに、アーシュは丸眼鏡を押し上げた。
「疑問に思っていたんだが。お前やけに軍を相手にするの手慣れていないか?」
「元の世界に比べりゃ手ぬるいよ、こっちのは」
情報伝達速度の問題だ。伝令を通してようやく問題が発覚するこの世界と違い、秒で情報共有がなされる。ただそれを一言で説明することは難しいため、マスターは言葉を探した。
「あー……あれだ。領主様死んだらおチビ……ルミナリエは感知できるだろ?」
「うん? あぁ、そうだが」
「あんな感じで情報共有されるのが、俺のいた世界の軍隊」
「────」
「ちょっとおもしろい顔してる」
「お前、そんな世界で……よくこんなことやってるのか?」
「こんなことして。まだとっ捕まってないから幹部やってんの」
もちろん自分以外にも幹部職はいるが、それと肩を並べられるだけ御の字だ。
「さて、それはそれとしてだ。対策はしておかねぇとな。向こうはまだ交易都市の異変を知らないはずだし、できればもう少し情報を遅らせてやりたい」
「それはどうしてだ?」
「なんでかって? まだ前線は物資があるもんだと思い込んでるからだ。だから自分たちは絶対に負けないって自信にもなる。士気にも繋がる。ところが最前線で後が無いともなれば、どうしようもなくなる」
食わせていく立場の人間が追い込まれれば、自然と組織は崩壊していく。だが相手は大将軍。傑物と名高い相手だ、ましてや「獅子」とまで呼ばれている。
手負いの獣ほど恐ろしい相手はいないことを、マスターはよく知っていた。
「──アーシュ、俺は単独行動してもいいか?」
「はぁ? またか」
「そう言うなよ。向こうは俺を探してる。手がかりは交易都市にしかない。となれば連中はここに来る。ここに入られると異変に勘付かれる。だから俺は、一足先に首都方面の村なり何なりで連中を罠にかける」
防衛戦とは、防衛対象に被害が及ばないようにするために陣取るのが基本だ。相手の目的が明確な以上、対策も容易になる。
「俺の捜索のためだけに兵を動かすとは思えない。なにか併行してやるとなれば、人員の補充なり、物資の補給なりやると考えられる。そうだなー、どうすっかなー」
くぇー。グリフォンが地面に寝そべり、マスターに「撫でろ」と腹を見せてきた。竹箒を置いて抱きつくようにしてワシャワシャとまんべんなく撫でてやると気持ちよさそうに足を伸ばしてくつろぐ。
「……真面目な話、しているんだよな?」
「してるだろうが。なー?」
くるるるる……。
「な?」
「な?」ではないが。同意なのか今のは。
アーシュは考え込む。──確かに、理にかなっている。いや、適いすぎている。
否定材料を持ち出すことが難しいくらいだ。その筋書き通りに事が進めば、人間軍の弱体化が見込める。
「……問題があるとすれば、もしも親衛隊を仕向けられていた場合だな」
「あー、例の……なんだっけ。どうでもよくてあんま覚えてねーわ」
「シュヴァルクロイツ親衛隊と、クレスト親衛隊だ。言っておくが親衛隊は」
「アイレス将軍とこの親衛隊っていねーの?」
「…………それくらい自分で調べろ」
「へーい。親衛隊に気をつけろって言われるけど、他とどう違うのかサッパリ」
「リョウゼン将軍の親衛隊は戦災孤児……戦災といっても、魔物や魔獣によって身寄りをなくした人間だが。女性だけで構成されている」
「それで?」
「その中に、例の【竜害】の生存者がいる。総長キリエ。こいつは手強いぞ」
「そりゃ楽しみだ」
人の話を真剣に聞く気がないのか、マスターはアーシュの険しい表情に背を向けてグリフォンの羽毛に頭をうずめていた。
「単独行動したいというなら、私から姫様に伝えておく」
「よろしく。こっちの片がついたら戻るって伝えておいてくれ」
おざなりな態度に腹が立ったのか、アーシュが立ち去るのがわかる。
マスターは何をそんなに神経質になっているのかわからなかった。
「遅かれ早かれ、魔族も人間も死ぬってのに。どうせいつか死ぬのがわかってるならちょっとくらい楽しんだらいいのに。なー?」
くぇー。グリフォンが撫でられて尻尾を振っている。
「……死んだらそれっきりなんだから、羨ましいことこのうえねーな」
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