第7話 悪魔の弁舌
交易都市の南西部、一番最寄りの集荷場へ辿り着くと、マスターは積荷を下ろす。ラルフとメリフィリアは手伝い、無事に搬入を終えるとケンタウロスがジロジロと値踏みするように何度も見てきた。
「なにか?」
「……いつものオークはどうした。なんで人間の子どもが我々の仕事を手伝う」
訝しむ低い声色には、荷運びをしている他のケンタウロス達も聞き耳を立てているのが見えた。
「それに、そこの二人も見ない顔だ」
メリフィリアから聞いていたとおり、ケンタウロスという魔族は結束力が高く、警戒心が強い。閉鎖的な部族だ。それでいて知力と腕力、脚力にも優れている。そんな彼らが一族で集まって集荷場で働いているのは適材適所と言えるだろう。
マスターは一度周囲を見やり、それから目の前の
「ちょっと耳を貸していただいても?」
「……なんだ」
腕を組み、前足を畳んで膝をついたケンタウロスに小声で話す。
「──貴方がたを見込んで話すが、俺たちは姫様の使いのものだ。訳あって取引に来ている」
「!?」
「──南西の集落で今は身を潜めている。このことは内密に頼む。交易都市を人間の手から取り戻したい、力を貸してくれ」
「──本当なのか?」
立ち上がったケンタウロスがラルフとメリフィリアに目を向ける。小声ではあったが、人狼の聴力はマスターの話が聞こえていた。深く頷く。
「……しかし、君は?」
「ん〜。まぁあまり大きな声で言えないですけれども、流れの開拓者ということでここはひとつ」
「わかった。経緯はどうあれ、納品はいつも通り受け取った」
納品書を受け取り、マスターは感謝すると思い出したように声をかけた。
「あぁ、そうだ。もうひとつだけ。仕事を探してるんだ。どこか稼ぎのある場所の紹介をしてもらえれば助かる」
「うちは余所者を歓迎しない。同じ魔族であろうとな。だが他のところならいくらでもある。しかし、人間でも働ける場所となると……力になれそうにない」
人間に対して否定的な風潮、想定通りだ。マスターはケンタウロスに改めて感謝すると、集荷場の受付で納品書を渡して代金を受け取った。
「──それでぇ、これからどうするの?」
「さーてどうすっかね」
「ゥおい、そりゃないぞ。オイラこんな賑やかな都市初めてなんだから」
交易都市南西部、最寄りの馬宿に荷馬車を預けてからマスターは近くの広場で腰を下ろしていた。
活気のある街並みではあるが、炉端には名も知らぬ花が色とりどりに咲いている。誰かが丁寧に世話をしているのだろう。綺麗な花弁を広げていた。
「俺は俺でどうにかするが、そっちはそっちでどうにかできるか?」
「ん~。いいけど、どうするつもり?」
「適材適所、ってな。とりあえず今夜の宿を決めておいてくれ」
「このお金使っていいものなのか?」
「満額返せりゃ問題ない」
「いやぁ、でもぉ、ダメだろそれは……人として」
「んじゃあそっちは魔族だから使ってよし。夕方になったらまたここで落ち合おう」
そういう意味でもないのだが。ラルフが止めるよりも先に、マスターは広場の雑踏に姿をくらませるとあっという間に見えなくなってしまった。
メリフィリアは硬貨の詰まった革袋をジャラリと鳴らして、小首を傾げる。
「人間を泊めてくれる宿、見つかるかしらぁ?」
「オイラに聞くなよぅ……」
交易都市の街をひとりで歩くマスターは、すれ違う魔族達から疑念の眼差しを向けられていた。だがその全てを無視して迷いのない足取りで都市の中心部を目指す。
東西南北の大城門──人類領土に最も近い、直通と言ってもいい東口では人間が多いはずだと当たりをつけていた。次点で恐らく北口。自分たちが入ってきた南西部の城門は人間軍の影響が最も少ない場所だ。
人間が生活圏を脅かし、なおかつそれで共生していこうなどとできるはずがない。ならばマスターの向かう先はひとつしかなかった。
交易都市のどこかにある人間軍の駐屯地。そしてそれは都市国家の中枢を担う場所に近い場所にあると考えていた。
メリフィリアから聞いていた話では、人間軍はほとんどがレオブレド大将軍の私兵らしい。中でも要注意すべきは「クレスト」と呼ばれる直系の子息達にのみよって構成された親衛隊。
聞けば、サピリオン大隊もレオブレド大将軍が抱えていた部隊らしい。記章に描かれていた雷鳴の印がその証拠だ。
マスターが中枢に向かうまでの間、都市を巡回している人間軍を見かける。しかし当然というべきか、魔族たちからはよそよそしい目を向けられていた。中には食ってかかろうという血の気の多い者もいたが、仲間たちに止められている。それに比べれば、好奇心が半々といった自分に向けられるものはまだマシといえよう。
そして、交易都市の領主は根っからの商売人。ただ国益、公益のためだけに利益を捻出してきた。種族はフロッグマン。つまりは蛙の亜人だ。
どのような形で都市を設計すれば効率的に物流が促されるかを考えに考え抜き、子供が落として転がった水晶球から着想を得て、車輪の形に都市を設計したという。その目論見は大成功と言っていい。彼の人生最大の功績と言えるだろう。
課題点があるとすれば富めるものがいる以上、貧するものが現れることだ。それだけは領主ほどの智慧を持ってしても埋めることができずにいる。だがそれは仕方のないこと。貧富の差など、広がって然り。
中枢ともなれば魔族の身なりも変わってくる。内郭城壁近隣は労働階級が多く、主に肉体労働の魔族が多い。しかし、中心地では取引先の営業が主体となってくる。そのせいか立ち並ぶ店も飲食店だけでなく宿屋も増えていた。他にも怪しい店もちらほらと見えてくる。おそらく営業所だ。
その“表向き”に潜むように、店同士の隙間。裏路地への通路は薄汚れていた。誰も彼も見向きもせずに通り過ぎるばかりで、そこで倒れている魔族の子供になど目をかけない。マスターもそれは例外ではなかった。
貧富の差など、それこそ運がなかったと諦めるしかないのだから。格差社会は人間も魔族も変わらないらしい。
──マスターが環状線状に広がる街路の内環に位置する目抜き通りに出ると、立ち並ぶ店の装いがガラリと変わった。木造の店舗もあれば、石造の店舗もある。軒先から突き出た金棒に吊り看板を下げて営業を始める店も見えた。
雑貨屋もあれば武具工房に酒場と、おおよそ揃わぬものは無いであろう店の数々。
よくもまぁここまで街を発展させたものだと感心しながら、マスターは道行く魔族の流れを遮らないように歩調を合わせて歩く。人混みの中を歩くのはお手の物だ。
悪友に付き合わされて年二回開催される即売会に赴いた経験は無駄ではなかった。
『マスター、この島の辺りと余裕あったらこっちの壁サー回ってくんない? いや全部エロ本なんだけど。え? 俺の性癖大博覧会? 話すと長くなるけど聞きたい? あれは深夜、妹モノの──』
人の脳内に出てきた悪友スロウド・マクウェルを暴力の限りを尽くして除霊する。二度と出てくるな。
そんなバカのことを思い出しつつ、マスターが気づくと魔族と人間の比率が徐々に傾いてきていた。そして活気とはまた別な賑わいが増えている。
そちらを見やると、すり鉢状に広がる階段の下。その中央の壇上に立つ魔族同士でなにか口論を繰り広げていた。そこに騎士が交じって三者三様の意見の食い違いから激しく怒鳴り合っている。聴衆もそれを良いことに野次を飛ばしていた。
「そこのお嬢さん、少し尋ねたいことが。あちらはなんの騒ぎです?」
「魔族の講演に人間が口を挟んだの。貴方も怪我したくなかったら早く離れた方がいいわ」
「なるほど? 情報どうも」
獣人の女性の忠告を無視してマスターは階段を下りて登壇すると、互いに指をつきつけながら唾を飛ばし激昂の限り批判する三人の様子を間近で観察する。
最初こそ相手を罵倒することに傾倒していた魔族だったが、登壇してきた若者が物言わず自分たちを見ていることに不気味がり、言葉が尻すぼみになっていた。騎士も兜の中では今頃眉をひそめているだろう。すっかり白熱した議論に冷や水を浴びせられた三人の視線が集まったところで、ようやくマスターが口を開いた。
「いや失礼。俺のことは気にせず、どうぞ続きを」
顔を見合わせて、すっかりそんな空気ではなくなった三人は気まずそうにしている。魔族の目は騎士に向けられていた。
「この若いの、アンタのとこのか?」
「いや。そこのキミ、一体何者だ?」
「ただの開拓者、まぁお気になさらず」
「開拓者……? こんな時期に。酔狂な命知らずな」
「興味本意で聞きたいんだが。議題は?」
交易都市を治めるのは領主だけではない。それぞれの「元締め」がいる。東西南北に別れた四大富豪が今も利権争いを繰り広げていた。中でも北と東の両者は人間軍による手酷い被害をこうむったものの、さすがは豪商と名高いだけはあり、ただでは転ばない。
掌返しで今度は人間相手に手厚い福利に切り替えて通貨をせしめていた。
聞けば、この二人の魔族。北の人狼族と東の鳥人族らしい。そこに人間の騎士も加わって、さぁ収拾がつかなくなっていたところへ、マスターが来た。という状況だ。
「それで本題は──なるほど、利権争いの勝者が誰になるか、と」
「おぉとも! ところがこの騎士と来たら余所者の分際で「いいや、我々人間軍だ」と言い切った!」
「あー、そりゃ騎士様が悪いわ」
「何を言うか、この人狼め! 北の大地を追われ、おめおめと交易都市に逃げ帰った一族だろうに! 金に目がくらんだ貴様に否定される謂れはない!」
「ホホホ、言われておるわ。魔獣上がりの一族が」
「なんだとぉ!」
火に油どころか、互いにガソリンをぶっかけ合う水掛け論。呆れて物も言えない。
「はいはい、はいはいはい、そこまで! 議題から大きく逸れて互いを罵り合う場に逆戻りだ。見ろよ、聴衆の皆さん。真っ赤な顔のおたくらを高みの見物で大盛況だ。講演というならそれ相応に相応しい知恵と論理で議論すべきだと、俺は思うが? 横から口を挟ませてもらうが、北の人狼さんは誰が勝者になるとお考えで」
「ふんっ! それはもちろん、北の大富豪様よ! 最初こそ交易都市の防衛隊に甚大な被害をこうむったが今はどうだ! この逆境をものともせず、荒波に帆を張って軌道に乗っている!」
「ははぁ、なるほど。ずいぶんとたくましい御方のようで。東の鳥人さんは?」
「ホホッホ。無論、東の大富豪様ですとも。古来より人間達とは長い付き合い。軍と衝突など、それこそ無益な争い。北の愚かさに比べれば、こちらは波風立たずに順風満帆と言ったところ」
お互いがお互いの代表を褒め称えている。マスターは最後に騎士に目を向けて手を差し出す。
「では最後に、そちらの騎士様の意見を聞かせてもらいましょうか? 聞けば、人間軍が多くこの都市を経由しているらしいですけど」
「ふんっ! 決まっているだろう。そのような魔族の利権争いなど意味をなさなくなる! 何故ならレオブレド大将軍閣下が現在も軍を率い、首都スレイベンブルグを制圧下に置いている! 魔王城の占拠、市街の占有、そのうえでまだ貴様らは金、金、金! 利益を求める姿は交易都市の魔族らしい貪欲さだな」
「かの【雷鳴獅子】が今も首都に? それは知らなかった」
「そうであろうな! 開拓者といえば土地に根付かぬ浮浪者、世間の情勢に疎いだろう。これを機に学ぶといい、そうすればお前のような者でも雑用程度には雇ってくださるかもしれない」
この騎士はアホなのか? ──そう思っても口にはしなかったが、多分顔には出ていた。
こめかみを叩いて、言葉を呑み込む。この場にいる魔族全員に喧嘩を吹っ掛けるような自意識過剰な物言いには頭が痛くなる。
「なるほど。つまり、騎士様の言い分としては交易都市の利益は大将軍閣下の総取りになるからこのような講演はそれこそ無益、と。そう言いたいわけですか」
「あぁそうだ。参考までに聞いておきたい。お前のように如何なる組織にも帰属しない開拓者、さしずめ「オオカミ少年」と言ったところか? その意見も貴重なものだからな!」
北の人狼、東の鳥人、そして騎士。聴衆の魔族達もその意見が気になるのか、マスターの言葉を待っていた。
「それなら最初から俺の意見は決まっている。利権を誰のものにするべきか、なんて論ずるまでもない」
「ホホ、これはまた大きく出たものだ。ならばその答えを聞こうか」
聴衆を指し示し、首を傾げる。
「当然。誰のものでもない」
その衝撃の言葉に、聴衆に動揺の波が広がった。目を白黒させて、大きな瞳を何度もまばたきを繰り返す鳥人は、まさに豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「強いて挙げるならば、それはこの交易都市を管理している領主のものだ。そしてこの市民達の生活を保障しているのも、領主だ。ならば今、金利を目当てにこうした諍いを始めているお前たちは何だ? 互いが互いの足を引っ張り、無益な時間を過ごし無駄な労力を使い、疲弊し、徒労に終わるばかりの有意義とは言い難い講演、聴衆に聞かせる価値も無いと断言しよう! 過ぎた時間を金に還元しろと言われたその時、アンタらは懐から金を出すのか? いいや無理だ、できやしないねそんなこと。ならばより有意義に時間を使うべきだ。他人の時間に敬意を払い、有益なものとするべきだろう、違うか!」
矢継ぎ早に語気を強め、三人に詰め寄ると気圧されて言葉を詰まらせていた。その姿に背を向けて聴衆に向けて声を張り上げる。イニシアチブを握ってしまえば後はこっちの独壇場だ。
「開拓とは、未知への挑戦であるとは全員が知っていることとは思う。だが俺から言わせてもらえば、未開の土地へ身体一つで赴くことだけを指すとは言い難い──例えばの話! 思想に対する開拓、これは瞑想に近い。内面を探ることはまるで闇の中を手探りで歩くようなものだ。あぁ夜鬼族にとっては日常的な話か。夜目がきくという話だからな。時に騎士殿、哲学的探究について論じたことは?」
「あ、いや……騎士学校の座学では触れたことが無い学問だ」
「なるほど。俺はこれを“リベラリズム”と呼んでいるが、いうなれば自由主義というものだ。一言で説明するのは難しい」
経済的自由、市民自由──民主主義。それは自由と平等を掲げる道徳的哲学のひとつとして数えられるもの。マスターはそれを、あたかも自分が開拓の旅路で得た知見として語った。
その新たな思考の着想に、魔族達は思わず聞き入る。騎士も思わず唸っていた。
「自由主義、これもまたひとつの哲学的思想だ。ならば哲学とは。物事の根本的な原理にさかのぼって思考することだ。今回の議題である、利権争いの勝者は誰か? これを題材に話をさかのぼって、みなの意見を取り入れたいと思う!」
政治哲学に片足を突っ込みながらマスターはしきりに人狼と鳥人に四大富豪の情報を取り入れつつ、生い立ちを尋ねながら利権について言及する。その傍ら、騎士の家も高名な一家の出であると踏んで家督を例に話題を振った。
聞き慣れない言葉であっても、それは開拓者である自分の内にある単語として説明する。身分も立場も振る舞いも何もかも、聴衆ですらも利用してマスターは劇場で弁舌を存分に振るった。
時に白熱し、尚も口論に転じることなく話題を流しては煙に巻いて立ち回る。
──古来より悪魔とは言葉巧みに人の心の隙を作り出すものだ。
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