第32話 観光気分でハプニング遭遇


「わー見て見てこれ! めっちゃデカい!」

「ホントだこりゃデケェ!」

「……み、見た通りでは?」

 はしゃぐヘルガとヴァレリア。リビングアーマーの立ち並ぶ「鎧通り」に足を運んで二人はさまざまな様式の甲冑騎士達を鑑賞していた。

 そんな二人に遅れてアズラが。最後尾を歩くのはキリエだが、周囲への警戒は怠らない。


「リビングアーマー。基本的に私達にとって難敵ですね。幸いなことに主に警備装置として設置されているようですが」

「こ、これが戦線に投入されたら……ちょっと、勝てそうにないですね……」

「ただ利点もあります」

「なんですか?」

「心置きなくぶっ壊せることです」

 中に人が入っているわけでもない。無人の甲冑騎士は通常の鎧よりも分厚く重い板金で構成されている。撃破の定石としては、関節部の破壊による行動不能だろう。


「でも、なんでこれを主戦力にしないんだろうね? ガーゴイルやインプ像もそうだけど」

 ヴァレリアの疑問に、ヘルガも顎に手を当てて考え込む。

 その方が人的損害を抑えられる。戦力増強にもなる。にもかかわらず、魔族はそれらをあくまで生活を充実させる芸術作品として飾っていた。


「確か、魔術による制御の観点から技術的に難しいと聞いたことがあります」

「はえー、キリエ総長物知り」

「意外と頭良いんだから、うちの総長」

「ヘルガ?」

「っすー……」

 リビングアーマーの制御装置は燭台。主に「侵入者の撃退」が仕事になる。だがそうなると動力源である魔力はどこから補給されるのか。


「リビングアーマーの後ろ。石柱がありますね。その中に魔術の巻物、一般的に「スクロール」と呼ばれる物が内蔵されているはずです」

 スクロールには魔術文字が記載されている。そこに魔力を流すだけで魔術が使えるという、いわば「魔術教本」のような物だ。

 リビングアーマーほどの代物となれば動かすのも一苦労。スクロールも自然、文字数が増える。となれば大きな巻物を用意しなければならない。それを解消するために、円筒形の石柱の内部にスクロールを埋め込む形に落ち着いた。もちろんそれは芸術的観点からだが。

 実際のところ。その様式に統一されたことにより景観を損なうことなく生活に馴染むようになった。折れた石柱の転がる廃墟は繁栄の名残、とも言われる。


 板金鎧の警備員を見上げながら、キリエは周囲に目を配っていた。周囲の魔族はこちらの様子を窺いながらも、それだけに留めている。交戦の意思はないことは確かだ。


「……?」

 その中でキリエの目に留まったのは、頭からすっぽりとローブをかぶった人物。特に何をするでもなく、縁石に腰を下ろしている。物乞いのようにも見えたが、なにか困っている様子はない。身なりもそこまで整ってはおらず、気にかけるほどではなかった。


「キリエ総長、次の場所に行きましょう!」

「えぇ、わかりました」

 ──ただの風来坊。旅人、あるいは旅行者。ないし変わり者の開拓者。そう見て取れる相手にキリエは後ろ髪を引かれる思いをしながらヴァレリア達の観光小旅行について行く。




 小さな城砦都市は外観こそ物々しいものの、見所が多い。賑わいを見せる露店街では交易都市からの出品が並び、歩き通して疲れた身体に飲み物と小腹を満たす軽食も様々。ここらで一杯、旅の景気付けと言わんばかりにビアガーデン。食べ歩きには最適な露店街の衛生環境はインプ像が常に掃除をしていた。

 魚のすり身を整形して油で揚げたフライドフィッシュにかぶりつき、ヘルガが舌鼓を打つ。素朴な味わいの中に素材の旨味がしっかり感じられた。


「女の子同士でこうやって街を見て歩くの新鮮で、すっごく楽しい! あーあ、今からでもシュヴァルクロイツ親衛隊に移籍できないかなー」

「アタシらは歓迎するけどねぇ」

「レオブレド大将軍閣下が、なんていうか……」

「んーお祖父様という強大過ぎる壁」

 ヴァレリアは今の境遇にそれほど満足していない。親衛隊として出兵しているのも、彼女自身の意思であり両親と婚約者の反対意見を押し切っての動員だった。

 上級貴族、その頂上とも言えるボルトザック家ともなれば影響力は計り知れない。彼女と婚姻関係を結ぼうと画策する貴族は掃いて捨てるほどいる。

 今の婚約者も五人目だ。しかしやはり、パッとしない。


「あ、あの……ヴァレリア、副長。えっと……こ、恋ってどんな感じ……です、か?」

「アズラの質問に答えてあげたいところだけど、恋愛と呼べるほどのことしてないんだよね」

「これは意外。アタシてっきり男捨ててるもんだとばかり」

「ぅあー風評被害甚だー」

 恋バナで盛り上がるのを横目に見つつ、キリエは露店街の様子を眺めていた。

 魔族の喧騒の中に、ローブの人物がひとり。隣には獣人を連れている。露店の主人となにか話し込んでいる様子だが、その空気は明るい。魔族と繋がりのある人柄なのだろう。外見的特徴から、鎧通りで見かけた人物と一致する。

 待ち合わせをしていたのか、と一人納得していた。


「で、今の婚約者はどうなの?」

「なんかねぇー、やっぱりこう、パッとしない感じ。全然悪い人じゃないんだよ? 良い人なの。誠実さの塊、みたいな。でもなんか違うんだよねぇ」

「そ、その違和感の正体がわかれば……」

「あー、えっと。わかってるの、違和感の正体。本当にこの人でいいのかなって。結局ほら、私の婚約者ってお家の勝手で決められてるからさ」

 自分の意思で相手を選ぶという選択肢が排除されている相手。まるでお人形選びのようで、ヴァレリアはそこに不満を積もらせている。しかしそれは貴族階級である以上、ついて回る物だ。


「婚約者の反対意見だって、今回の遠征で良い人見つからなかったら承諾するって言いくるめたから」

「ちなみにお相手のお名前は?」

「アルブレアヒルド家」

 ヘルガが咳き込む、アズラが噴き出す、キリエは話半分。


「もしかして……武芸の峡谷の、貴族……!?」

「そうそこ。景色も凄いんだから」

 武芸の峡谷。標高差のある山岳では、独自の茶葉や武術、奥ゆかしい民俗的な集落が数多く。それらをまとめ上げる山頂の貴族こそがアルブレアヒルド家。王都より離れた辺境であるが、レオブレド大将軍の話術と商戦によって近年交流が盛んになりつつあるという。

 閉鎖的な部族、と思われていたがその実は、領内で自己完結しているためだ。それだけの資源と資産があることを意味していたが、当主の意向により外部との交流を視野に入れた政策が進められている。まさに渡りに船、と言わんばかりにレオブレド大将軍はならばと孫娘の婚約者に名を挙げた。

 結果としては──難航を示しているが。


「王都とは違った繁栄の仕方で結構興味はそそられるんだけど──、やっぱね」

「……アタシはー、その、恋愛とか全然頭にないんだけど。やっぱアズラはそういうの興味ある感じ?」

「…………は、はい。変ですか……?」

「ぜぇんぜん、全然全然、普通のこと」


 ──アズラはシュヴァルクロイツ親衛隊の中でも少し変わっている。前線に立つよりも後方支援に向いていた。そんな彼女の趣味は読書であったりと、外見通りの内向的なものだが、当人は恋物語に夢見る少女。しかし出会いらしい出会いのきっかけを作ろうにも自分から声をかけられない。追い打ちをかけるように戦地に駆り出されてしまい、いつのまにか十九歳。

 彼女も例に漏れず戦災孤児のひとりだ。魔物の襲撃で身寄りをなくした、というよりも追い出されている。

 リョウゼンは彼女の持つ特異性を見て引き込んだ。

 武器を持たず、石弩のみ。しかし、彼女の放つ矢は獲物を絶対に外さない。

 「波動」に完全特化した霊力の扱いは軍の規則に基づいて除外される。日の目を見ることなくどこかで失われるくらいならば、と。


「本気で恋愛とかしてみたいなー、私も」

「変わってますねー、ヴァレリア副長って」

「そもそも論、他の淑女が疑問を抱いてないのがおかしいの! お家のためー、だとか一族のためー、だとか。そういう家督は男の務めでしょ? 生まれる家は選べないんだから、恋くらい選ばせてくれてもいいじゃーんってのが私の本音」

 そんなことを聞いたらレオブレド大将軍はどんな顔をするだろうか。とてもではないが信じられない発言だ。


「そ、そりゃどこの馬の骨とも知れない相手に大事な娘預けられないでしょ」

「私からしたらどこの誰とも知らない相手を家柄だけで選ばれてたまるもんですか」

 ド正論。ド直球。奔放に育てられてきたヴァレリアの悪いところだ。溺愛されてきたからか自分の意見を曲げようとしない頑固者。こればかりはレオブレド大将軍も頭を悩ませている。

 話題に一切関心を示さないキリエに気まずくなったのか、アズラがそれとなく話題を振ってみた。


「あ、あのキリエ総長……? さきほどから、ずっと黙ってて……どうか、したんですか?」

「……あそこのローブの人物、見えますか?」

 キリエの言葉に、ヘルガたちが視線を向ける。

 露店商に囲まれてなにか話し込んでいる姿が見えた。

 談笑している一団は、楽しそうにしている。特に不審な点は見当たらない。


「あの人がどうかした?」

「先ほど鎧通りでも見かけました」

「偶然、では……?」

「だとしても素性を覆い隠すような格好は怪しむのに十分過ぎます」

「……声かけてみる?」

 ヴァレリアの提案に、キリエが頷いた。しかし、アズラはそうではないらしい。


「あ、あの。キリエ総長っ」

「どうかしましたか、アズラ?」

「えっと、その……こういうこと言うのも、変かもしれませんけれど。罠、じゃないでしょうか……」

「罠? なんでまた」

「だ、だって……わざわざ怪しまれるような格好して歩いてる人、変じゃありませんか? まるでこちらから動くのを待っているような……」

「だとしてもっ」

 ヴァレリアが手にしていたフライドポテト(揚げマンドラゴラ)を頬張って立ち上がる。


「速戦即決! 私がいきます! げほっ、げっほ! すいません、おみずください……」

「急いで食べるから……」

「きゅ、急に立ち上がるのも危ないです、よ……?」

「お気をつけて」

 淡々と見送るキリエのもとへ駆け寄ってくる小柄な身体に不釣り合いな大きな尻尾の獣人が見えた。

 紹介状を持ってきたリスの獣人だ。


「なにか?」

「ご、ごめんなさい! 騎士様、どうか力をお貸しください!」

「用件の方を」

「放牧中のベヒモスが急に暴れ出して、手がつけられないんです! あ、ボクはポックルって言います、自己紹介遅れました! それで、お願いできませんか? もちろんお礼はご用意させていただきます!」

「うーっし、そういうことならアタシの出番だ! 腹ごなしついでにやったんよ!」

「わ、わ、私も行きますっ!」

「……はぁ。私も向かいます、案内の方をお願いできますか」

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