第一章 交易都市奪還編:奸謀奸計悪逆非道な煽動者
第6話 いざ、交易都市へ
──南方炎獄。鉱山都市、城砦都市を抱え持つ魔族の武具製造の大黒柱を担っている二大都市は現在【忌術士】リョウゼン将軍の率いる親衛隊『シュヴァルクロイツ』によって防戦を強いられていた。僅か百名に満たない一個中隊。女性ばかりの部隊ではあるが、その美貌に目を奪われていては命すら落とすこととなる。
険しい山岳に囲まれた鉱山都市の中枢にまで侵入を許し、前線は瓦解。
元は活火山の巨大な山麓に築かれた難攻不落の城砦都市に籠城した魔族達は、城壁に備えていた防衛装置を起動させる。本来は大型魔獣や竜害に備えた防衛設備であったはずだが、背に腹は代えられない。炎属性の魔術によって薬液を起爆された大砲やバリスタから砲弾と大矢が絶え間なく降り注ぐ。
「怯むな、進めぇえええっ!!」
先陣を切る黒い鎧を着込んだ褐色の少女が吼える。
城門まで続く石畳の階段の踊り場まで辿り着くが、そこから先は武具に身を包んだ魔族の群れが進路を塞いでいた。
自らの築き上げた都心部すら砲火に飲み込む苦渋の決断、それを彼女たちは踏みにじった。大義、忠誠、信仰、使命。それらを精神的な糧として、霊術は人を容易く怪物に変貌させる。それを駆使してようやく魔族と対等に戦うことができた。
鉱山都市というだけあり、多種多様な魔法石が採掘されている。降り注ぐ虹色の流星群の着弾点では爆炎が花開き、暴風が荒れ狂い、鉄砲水が弾けていた。それに巻き込まれて思うように親衛隊は進軍できずにいる。
しかし、城砦都市の魔族達がもっとも警戒しているのは彼女たちではない。
砲火に混じり、鎧の擦れる音が背後から聞こえてくると先陣を切っていた少女が振り返る。
道を譲った親衛隊は口々に黄色い歓声を挙げていた。
──黒。
頭からつま先まで、全身余す所なく鎧に覆われた大柄な男が歩いていた。肩で留めたローブを爆風ではためかせながらも、威風堂々とした佇まいを微塵も崩さない。
無数の傷跡が残る甲冑は歴戦の勇士を思わせる。中でも、右肩から胸部にかけて大きく切り裂かれた傷は彼の出会った竜害の苛烈さを表していた。
人体に張り付くように作り込まれた金属の鎧は、炎に照らされて光沢を放っている。五指に至るまで一部の隙も見当たらない甲冑に光の線が走った。
「リョウゼン様自ら出陣なさるまでもありません、我らにお任せを!」
《その命を華と散らすにはあまりに惜しい。俺が片付ける》
兜の中からくぐもった、低く野太い声が響く。耳にするだけで身が引き締まるような、だが安心感を覚える声に親衛隊長は二の句で頷いた。
留め具を外し、ローブを脱ぐと親衛隊の一人が汚さまいと大事に抱え込む。
《相手は魔族の中でも血の気が多い連中だ。交易都市の商人共と違って話し合いが通じない奴らばかりだ。一息にねじ伏せてやるのが効率的だろう》
「……わかりました。ご武運を!」
【忌術士】リョウゼン・R・グランバイツが拳を作り、それから駆け出した。
その一点の黒い鎧めがけて城砦都市の衛兵達が集中砲火を浴びせる。しかし、相手は地面を思い切り蹴ると、次の瞬間には姿がかき消えていた。爬虫人族が何度もまばたきを繰り返す。
「馬鹿野郎、上だ!」
隣にいた獣人に怒鳴りつけられて視線を上に向けると、青空にその鎧が浮いていた。背中に翼が生えているわけでもなければ、霊馬にまたがっているわけでもない。魔力光のオーラも感じられなかった。
ただ毅然とした態度で、腕を組んで宙に立っている。
忌術士リョウゼン──この世界で、この大地で。あらゆる法則性の通用しない前代未聞、最強の異訪人として君臨していた。
「ほ、本当に空を飛んでやがるぞあいつ!」
驚嘆に手を止めた瞬間、弾丸のようにリョウゼンが城壁の小塔に突入する。自らを守る鎧に絶対の自信があるのか、そのまま内部にいた魔族達を肉弾戦で戦闘不能にしていくと螺旋階段を下りてバリスタ兵達のもとへ向かった。
城壁内部の戦闘は圧倒的、一方的な蹂躙だった。
リョウゼンの前に立ちはだかった魔族は殴り倒されるか、蹴り飛ばされて城壁から谷底へ転がり落ちるかの選択を迫られる。
城砦都市が誇る鍛冶職人たちが心血を注いだあらゆる武具が通用しない。鎧に触れれば砕け散るばかりだ。
小気味よい音を立てて槍が、剣が、斧が。鎧に傷一つつけることなく砕けていく。彼らの鍛治師としての矜持と共に。
力自慢のミノタロスがみぞおちに拳を叩き込まれ、悶絶して昏倒していた。
絶対戦力の単騎によって制圧される城壁は、やがて城門の開放すら許してしまう。
挟み撃ちの形となった衛兵達は、やむなく武器を放棄することで命を繋ぐ。リョウゼンとて異界からの訪問者と言えど人の子だ。戦の作法はわきまえている。降参した魔族の命までいたずらに奪う真似はしない。
しかし、最後の砦すら魔族は失う結果となった。
たったひとり。異界からの訪問者である存在を前にして、魔族達は自分たちの無力感に打ちひしがれることしか出来なかった。
──集落で一夜を明かしたマスターは、朝早くから行動を起こしていた。
ミレアたち魔王軍残党には身を隠すように伝え、交易都市に向かうに当たっていくつかの道具を手配してもらう。
自分が異訪人であることは、確かに大きなアドバンテージとなる。しかしそれが通用するのも最初の内だけだ。今後活動していく中で、どうしてもその優位性は薄れていく。となると自分が有利に立ち回るためにはこの世界の知識が下地として必須事項となってくる。
「マスター、これでいいかしらぁ? 比較的綺麗なのとか持ってきたけど」
「ありがとう。そこに置いといてくれ」
メリフィリアが持ってきたのは人間軍の装備。背格好が似た相手の服を拝借、他に欲しければ交易都市で手に入れるつもりだ。自分が着ていた衣類などは全部ひっくるめて複合兵装の空きスペースに丸めてぶち込む。
麻の長袖に、ズボンを帯で止めると脚甲を履いて固定する。革の鞘に収められたショートソードをベルトで留めて、マスターは軽く身体を動かした。うん、普通。
「可もなく不可もなく、どちらかというと無しよりの有りって感じ。俺が贅沢なのか……?」
考えてもみれば、専属のメカニックがついている時点で恵まれている。だが文句も言っていられない。この世界の装備に不満を言ったところで帰れないのだから。
着替え終えたところで、アーシュが様子を見に来た。
「マスター。言われていた荷馬車の方だが、集落の方が貸してくれるそうだ」
「あぁよかった。断られたらどうするかと思ったところだ」
交易都市の取引先についても情報を集めてもらい、それを頭に叩き込む。本当ならば集落の魔族に同行してもらうのが一番だったが無理強いはできない。荷馬車を丸々借りれただけでも僥倖と言える。
早ければ数日でたどり着けるらしい。数日分の食糧と、簡素な寝具も一緒に貸し出してくれて至れり尽くせりだ。
「それで。どうやってこちらと連絡を取るつもりだ?」
「表向き、この集落と交易都市のお得意様との取引をいつも通り続ける。それに乗じて近況報告だ。俺も一朝一夕で都市奪還をするつもりはない」
まず何よりも情報が欲しい。軍資金に、軍備の調達だってしなければならない。人材確保もそうだ。魔王軍残党の安否確認もして可能ならば引き込みたいところだ。
何からなにまで全部やることだらけ。
アーシュは少し心配そうな表情をしていた。
「なに、心配してくれてんの?」
「生きて帰れる保障なんかどこにもないのに、どうしてお前はそんなに楽しそうなんだ? 死ぬのが怖くないのか」
「せっかくの異世界旅行、楽しまなきゃ損だと思ってな。いやぁ楽しみだ、交易都市ってデカい街なんだろう? アーシュは行ったことは?」
「数回。魔王様の視察、その護衛としてな。私はああいった街は肌に合わない。この集落の静けさのほうが心地よいくらいだ」
「メリフィリアは潜入してたことあるんだろ? どんな感じだ?」
「ん〜〜〜……私としては仕事がやりやすい環境ってことくらいしか印象にないわ」
なるほど、とマスターは納得しながら旅支度を着々と進める。
一日。たった一日しか経っていないというのに、あっという間に馴染んでいた。身の回りの環境ががらりと様変わりしているというのに、マスターは我が物顔で過ごしている。
それだけ元の世界でも環境の変化が激しいのだろうとアーシュは考えた。
「そんな若いのに、立派なものだな」
「むしろ若いからこそだ。歳食うと亀みたいに動かなくなるのが大半、人間なんてのは惰性で生きるもんだしな」
マスターは今一度持ち物を確かめる。自分が現地の人間に見えるかとアーシュの意見を求めると、相違ないと言われた。となると後は「身分作り」だ。
「さーて、なんて名乗ったもんかね。名前は別に用意してるからいいんだが。無難に旅人か? 旅行者か? それとも未知の開拓者?」
「その中だと開拓者が無難な言葉選びになる。旅人は魔族の土地に入らない。旅行、というには物騒過ぎる」
「なら勇者の旅はなんて言うんだよ」
「遠征だ」
物はいいよう。言葉選びの重要性を改めて学ぶ。
「ひとつ助言しておく。耳慣れない言葉を使わないようにな。はーどぽいんと、だとか、えんじんだとか」
「気をつけるよ」
マスターは念には念を込めて、複合兵装の中からショートソードを取り出す。鏡面仕上げされた刀身は鏡のように顔を映していた。
「そんな物を持ち歩いたら疑われるぞ」
「いいんだよ。証明書代わりだから」
なんの、とは聞かなかった。アーシュはマスターの考えていることが半分も理解が及ばなかったからだ。
表で待たせていた荷馬車に向かうと、そこでは人狼族がずんぐりとした体躯のツノ馬をなだめている。
「ラルフ、何をしているんだ」
「アーシュさん。いや、この馬たちが中々落ち着かないもんで……」
「アンタの顔が怖いんじゃねぇの?」
「なんだとぉ! オイラ……いや、オレの顔が!?」
自分より背が高くて強い生き物が仲間を食ってたら怖いだろう、とマスターはメリフィリアを指しながら説明すると納得された。説得力が強すぎる。
ラルフという人狼族は、両腰にハンドアクスを帯びていた。北方氷獄の習わしらしく、成人した者は自らの手で斧を作ることになっている。それができない者は半人前扱いだ。
後ろ腰にも帯びたハンドアクスだけは造りが異なっていることにマスターが気づく。だが、その視線が不愉快だとばかりに尻尾で遮られた。
灰色混じりの毛並みは北方氷獄の苛烈な寒さに適応してか太く毛深い。それが彼ら人狼族の特徴でもあり、自前の毛皮は天然の鎧のようなものだ。それでも不安なのかラルフは胸鎧と腕甲をつけている。さらに上からベストに袖を通していた。布のズボンを穿いていたが、膝下ほどしかない。靴も履いておらず、器用に二本の足で立っていた。
野性味あふれる長身痩躯。マスターの身長でも胸ほどまでしか届かない。
「交易都市奪還するまでの間柄、よろしく頼む」
「ふ、ふん……! 言っておくが馴れ合うつもりはないからな!」
「大声出すなよ。ほーらアンタのせいで馬が怯えてる」
「あぁぁ、ごめんよオイラが悪かったよ。よーしよしよし、どうどう」
……さてはコイツ良い魔族だな? ツノ馬をしきりになだめているのを横目に、マスターは手綱を握り、御者席に着く。何故かその横にメリフィリアがさも当然の如く座り込むとニッコリと笑顔を浮かべた。いつの間にかローブを羽織っている。
「……不安だ」
「ふひへへへ、だいじょーぶよ。私がちゃぁんとお世話してあげるから」
「それが不安だって言ってんの俺は。ラルフ、そろそろ出るから荷車に乗ってくれ」
馬を撫でていた手を止めて、ラルフが屋根付きの荷車に乗り込む。
確認してからツノ馬を走らせようとするが、歩き出そうとしない。不満たらたら、気に食わない様子で前足で地面を掻いている。
「……メリフィリア、後ろに乗れ。怖がって動かねぇ」
「えぇ〜……」
嫌そうな声をあげながら仕方なく荷台に消えると、少し間を置いてようやく馬車が動き出した。
──集落を出て、交易都市を目指す。その間、マスターは手綱を握ったまま周囲を警戒しながらも二人に話題を振っていた。
意外なことに、メリフィリアは博識で、マスターの大概の疑問にすぐ答えてくれる。その一方でラルフはマスターと同じように相槌を打つしかできなかった。
「──というわけなのぉ」
「「へぇ~」」
こんな具合に。
途中、ツノ馬に休憩をさせながら進むこと三日三晩。街道の先に高い城壁がようやく見えてくる。
東方魔郷へ入ったことで草原の色彩と風の運んでくる匂いが変わった。青い風に混じって、鉄と火のにおいが漂ってくる。
交易都市より更に東にはアーチ状の巨大な石門が見えた。その両隣には塔が立てられており、その頂上で巨大な人影が動くのが見える。メリフィリアの話では、あそこにいるのは一つ目の巨人、キュクロプスだ。石造りの職人としてほとんどは南方炎獄で暮らしている。
ラルフも荷台から顔を出して都会の喧騒に耳を立てていた。
「うぅ、本当に大丈夫かよ……もししくじったら人間軍と真っ向勝負なんだろ」
「しくじらなくても、人間軍と真っ向勝負になるんだよ。近いうちな」
東西南北の大城門。更に城門が四箇所の合計八箇所が交易都市の出入り口だ。更にその中に入るためには検問を通過しなくてはならない。
外敵から居住地を守るための外壁。そこから跳ね橋を通って、城門をくぐり抜ければ晴れて交易都市──とはならず、またさらに大橋を抜けなければならない。
外郭と内郭によって隔たれた緩衝区域は、主に入国待ちの商隊であふれていた。中にはすでにこの場で取引を始めている商魂たくましい者も少なくない。マスターに声をかけようという魔族の商人は顔を見るなりため息を吐いて離れていった。なにせ見るからに庶民の格好、開拓者というよりは小間使いのような服装だ。
「めんどくさ……」
「まぁまぁ」
当然入国してくるのは一人や二人などでは無い。決まった時間に開かれる大城門から一斉に積荷を載せたキャラバン隊が出国していく。それが捌けてから、やっと入国することができる。
検問所で受け取った通行手形を衛兵に渡すと、それが偽物ではないかの確認がなされる。右半分の手形を渡すと、左半分の手形と合わせてはめ込む。注意深く観察していた衛兵が、石像の魔獣であるガーゴイルに指示を出して開門の許可を出した。
石造りの扉が重苦しい音を立てて開かれていく。
中に入った、次の瞬間──交易都市の活気と喧騒が、ワッと肌を殴るように撫でていった。
鼓膜を叩く魔族の足音。視界を埋める人々の波。鼻を突く入り混じった都市のにおいに目眩すら覚える。
交易都市。魔族たちにとっての台所。人口一千万を超える魔族を抱え込む大都市の喧騒を聞き流しながら、マスターは荷馬車を目的の場所に進ませる。
一段下げられた馬車道は、なるほどそうした工夫かと感心した。絶え間なく行き交う物流を、より効率的に行うために歩道と別けられている。
石像の魔獣であるガーゴイルたちが交差点で佇み、石の槍で道を塞いでいた。ある程度の時間が経ってから槍を持ち上げて馬車を通す信号機の代わりを務めている。
「へぇ。なるほどね──こりゃ退屈しなくて済みそうだ」
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