第45話 クレスト親衛隊総長、ウェイルズ・ボルトザック


 森人族。エルフたちの生活は大自然との共生社会。そのため彼らの作る物は特殊な加護を授かり、森人族が手にすることで真価を発揮する。

 長い髪を結えたエルフの放つ矢は、まるでそれそのものが意思を持つかのように大樹を回り込むようにして雷鳴騎士の肩を貫いた。苦悶の声をあげる姿へ、さらに二本、三本と立て続けに飛んでくる。

 肩だけでなく、胴体と頭部を貫かれて一人が倒れるのを見て、クレスト親衛隊総長ウェイルズ・ボルトザックが舌打ちをこぼした。


「だから言わんこっちゃねぇ! 油断するなって言っただろうが、よ!」

 手にしたショートスピアを回して迫る矢を薙ぎ払い、ウェイルズが腰を落とす。

 木の根を蹴り出し、飛び上がると木の幹を足場に森の中を雷光となって駆け巡る。

 枝に身を隠していたエルフの足場を崩し、同じように二人目を空中で蹴り飛ばす。

 三人目のエルフは垂れている蔓を手にウェイルズの刺突を避けた。


「逃すか!」

 再度、駆け出そうとしたその眼前に飛び出してきたのは鳥の群れ。鮮やかな翡翠色の羽毛に覆われた森カラスに阻まれたウェイルズは落下するとすぐに木を蹴って地面に着地した。

 髪を結えたエルフはレンジャーの長なのだろう。

 ミルカルド大森林地帯に逃げ込んだ雷鳴騎士達を苛烈に、そして執拗に阻んできた。この五日余り、部隊はエルフの罠とゲリラ戦術によって散り散り。戦力を分散させられた上、レオブレド大将軍と分断されてしまったことにウェイルズは腹を立てていた。

 心配しているわけではない。

 祖父は老齢でありながら未だ最前線に身を置く豪傑だ。

 親衛隊総長を任された身のウェイルズは、いずれ自分がその席に着くのだと精進を重ねている。


 駆け出そうとするウェイルズの肩が掴まれた。レオブレドと同じくプレートメイルに身を包んだ大男の背丈は二メートルに届くかというところ。その手には巨体に見合う大槌が握られていた。


「落ち着け兄者殿、貴方がそう勝気に逸っては残る兵が不安に駆られる」

「……悪い癖だな、わかっちゃいるんだが、クソ」

「なぁに、その時は俺が兄者殿を止めるだけよ」

 加速戦技を主体とする雷鳴騎士、その中でも精鋭のクレスト親衛隊において剛力を発揮するのは第三位のグウィンドウェル・ボルトザック。幼少の頃は粗暴な振る舞いが悪目立ちしていたが、聖職者に預けてからは落ち着いた佇まいで頼りにされている。

 やや勇み足気味のウェイルズを諌めるのに、よく行動を共にしていた。


 グウィンドウェルの後ろ、一般兵達は不安げな顔を見せている。この森に迷い込んで五日、食料もそうだが、こうした戦況に慣れていない兵にもどかしさを覚えつつウェイルズはショートスピアで地面を叩く。


「エルフは退いた。今のうちにオヤジ殿を探しに行くぞ。前進すべきだと思うか、グウィンドウェル」

「うむ、そうだなぁ。エルフの森は迷いの森、生きた腹の中と書物で読んだことがある。向かえども、向かえども、決して辿り着くことはないという。ならばいっそ、俺たちは兵を集めて森を出るべきだ」

「オヤジ殿を見捨てろってのか!」

「まぁ落ち着け兄者殿。むしろ俺は、祖父様を信頼してるからこその提案だ。イタズラに兵を消耗させて全滅、共倒れになっては本末転倒。一度態勢を立て直そうではないか」

「……一理ある」

 ならばせめて自分だけでも、とも言いかけて、自分が兵達の上に立つ身分であることを考える。

 民は力、兵は資本、無駄遣いは避けるべきだ。体力にせよ、霊力にせよ。他人の命を預かる手前、無謀な真似はすべきではない。

 ウェイルズは一度、逃したエルフが消えた方角を睨む。


「……グウィンドウェル! 撤退用意!」

「おう! 他の部隊を見かけたら合流次第、撤収する!」

 やむなく、ウェイルズは撤退を選んだ。


「ウェイルズ総長! もし、先ほどのようにエルフに襲撃された場合は……」

「降りかかる火の粉は払う、それだけだ! 今は生き延びることを最優先にしろ! 負傷者に手を貸してやれ、行くぞ!」

 一度決めれば行動と判断は迅速に、それがウェイルズの長所であり短所でもあった。だがグウィンドウェルはそんな腹違いの兄貴役のことが嫌いになれなかった、それどころか尊敬の念を抱いている。


 踵を返して周囲を警戒しながら森を抜けようとするウェイルズ達だったが、人の気配に足を止めた。

 霊力の感覚から、それがすぐにはぐれた雷鳴騎士達であることに気づいて声をかけると、情けないことにその場にへたり込む。


「気持ちはわかるがシャンとしろ。お前たちだけか」

「は、はい! 他の仲間は、エルフにやられて……」

「ウェイルズ総長、アイツらの敵討ちを」

「駄目だ。俺たちにその用意がない。気持ちはわかるけどな」

 仲間たちに励まされ、立ち上がった雷鳴騎士は十名に満たなかった。合流したことで三十名近いが、元はその十倍以上の仲間たちがいたのが信じられない。【千刃竜】の襲撃によって前線拠点に居座っていた人間軍の殆どがやられてしまった。

 それだけでなく執拗に追撃され、逃げ込んだ先はエルフの森。レオブレド大将軍も何か考えあってのことだとは思っていたが、これほどの苦境に立たされてはウェイルズも堪ったものではない。しかし祖父はどんな辛酸を舐めようと這い上がり、立ち上がってきた。

 将の器に治まる男が、こんなことで挫折している場合ではない。

 少なくとも彼は曲りなりもそうあろうとした。


「グズグズするな、移動するぞ」

「待て、兄者殿。あちらの方から近づいてくる気配がある」

 それには気づいていた。エルフ達は木の枝を伝って上から奇襲を仕掛けてくる。地上では狼や熊といった野生動物を使役し、上空では鳥類をけしかけてきた。

 だからこうして地上で接近してくる気配というのは決まって人間軍だとばかり考えていたが──ウェイルズ達の前に、木陰から姿を現したのはリヴレット達。


「…………ウェイルズ総長?」

「おまえ──リヴレット・シュバルスタッドか。いや、待て……どうしてお前が魔王軍残党と行動を共にしている」

 答えに言い淀んだリヴレットを庇うように、ヴィンフリートが前に出る。


「その疑問には私が応えよう! 我が名はヴィンフリート・ヴュルツナー・ヴォーヴェライト! 夜の血族、あるいは血の貴族と称した方が君たちには馴染みあるかね? より一般的な用語で説明するならば、そう! “吸血鬼”というやつだ! お見知りおきを」

 深く頭を垂れるヴィンフリートに気圧されてウェイルズはたどたどしく頭を下げた。貴族の体に叩き込まれた社交性が、戦地という異常性の中で発揮することになるとは思わず情けない形になってしまったが。

 グウィンドウェルも同じくお辞儀すると、ヴィンフリートの隣に立つ夜鬼族の女性に視線を移す。それから他の魔族。

 その中に、エルフの女性がいた。そして魔王の娘、ミレアと竜の御子、ルミナリエを見つけると重ねて頭を下げる。


「さて、彼の身柄についてだが少々事情が複雑でな。現在我々魔族が身柄を拘束中であり、命惜しさに協力を申し出された。とはいえこちらも不要に命を奪うつもりもない。そこで耳に入った話がミルカルド大森林地帯に万雷の大獅子の姿あり! 情報源ともなりうるリヴレット・シュバルスタッドを連れて我々はこうして足を運んだ次第! 以上となるがなにか質問はあるかね! おっと、名を尋ねるのを忘れるところだった、失敬っ! 君たちの名を。お望みとあらば我が名を今一度高らかに名乗らせてもらってもいいが」

「いや結構だ……。俺はクレスト親衛隊第三位、グウィンドウェル・ボルトザック」

「……クレスト親衛隊総長、ウェイルズ・ボルトザックだ。さて、質問に答えてくれるっていうなら願ってもない話だ。なら聞こうか、ヴィンフリート」

 ウェイルズが短槍で指し示すのは、ミレアの姿。


「そこにおわすは、魔王の血を引くミレア・ヴァン・ヴェーグロードで間違いないか?」

「相違ない」

「……報告が挙がってこないことからずっと引っかかっていたが、やはりまだ生きていたか。魔族の秘宝さえ渡せば命ばかりは見逃してやる、と俺も強気に出たいところだったが、こちらは撤退すると決めたばかりだ」

「それを我々が見逃すとでも思うか?」

 肩を落として落胆する素振りを見せるウェイルズが頭を掻く。高まる緊張感を、風船を割るような一拍で仕切り直したヴィンフリートは左肩に留めていた赤布のペリースを払うとリヴレットの体を押し留めた。


「リヴレット! ここは私に任せ給え! 親衛隊を相手に君が刃を向けることはない。彼女たちのためだけに剣を抜きたまえ」

「しかし、ヴィンフリート」

「相手にとって不足なし! クレスト親衛隊、獅子のたてがみと名高い精鋭の雷光! ならばヴォーヴェライト家再興を掲げる我が「鋼血こうけつ」を振るう時は今と見た!」

 血相術を纏うと、ヴィンフリートが歩み出る。それを見て、アーシュも同じく肩を並べていた。

 おもむろに、ウェイルズはファーマントの留め具を外すと狼狽している兵たちに振り向く。


「この中で一番階級の高いやつは誰だ」

「じ、自分です……」

「階級は」

「百剣士ですが……?」

「よし。クレスト親衛隊総長、ウェイルズ・ボルトザックからの命令だ。残存戦力を集めてミルカルド大森林より撤退しろ」

 グウィンドウェルも同じように大きなマントを折りたたむと兵に渡していた。

 それは、雷鳴騎士たちにとって尊敬の象徴。羽織ることを許された暁には、大成を約束された印。それを手ずから預かることは命を預かるに等しい。

 できない、と言い出しかけた兵から顔を背けて短槍を回すとアーシュの前に立ちはだかる。


「一人でも多く生きのびろ」

「ここは我らが請け負う」

 兵が離れていくのをヴィンフリートとアーシュは見送っていた。

 やがて二人だけが残ったのを確認すると、ヴィンフリートは拍手を贈る。


「実に素晴らしい、称賛に値する! その行動と振る舞い、私は尊敬の念を抱かざるをえない。ならば正々堂々、こちらもお相手しようではないか。リヴレット、君は姫様たちと共に前進を続けたまえ!」

「わかった」

「あぁ心配は無用だ! 勝利を約束しよう!」

「姫様。しばし、お傍を離れます。ラルフ、任せたぞ」

 名前を呼ばれて驚きながらも、しっかりと頷いた。


 ──足音が離れていくのを聞き届けてから、四人だけが森の中に残された。咳払いを挟み、ヴィンフリートは構える。


「これは、我ら夜鬼族の流儀。正当なる血闘の作法だ。君たち人間で言うところの「一騎打ち」というものだな」

「ああ知ってるよ。お前たちの「血塊武装」、もとは血を装備するからこその「血装術」だってな。その真価は軍勢を相手どって発揮することから、真の実力は対面しなければわからないってだろ?」

「実に勤勉かつ、聡明だ。ウェイルズ、君の名も覚えておこう」

「俺も覚えておくさ、お前の名前を」

 迸る霊力が雷光となって大地を駆け巡った。

 雷鳴を纏い、空気が震える。

 板金鎧を巡る蒼白い紫電に、思わずヴィンフリートとアーシュは息を呑んだ。


「光栄に思え! クレスト親衛隊総長、ウェイルズ・ボルトザックの雷撃を与れることをな!」


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