敗退魔王軍の革命戦線

アメリカ兎

第1話 異訪人


 「依頼屋」──報酬次第でどんな汚れ仕事も請け負う犯罪代行業者。無法民間軍事企業、或いは国際テロ組織。彼の元いた世界では悪名高さで知れ渡っていた。


 古代遺跡調査の依頼。国連からの仕事に、マスター・ハーベルグは二つ返事で仕方なく了承した。まさに世も末、遺跡荒らしの盗掘者を排除してほしいという業務内容。何の変哲もない、いつもの汚れ仕事。

 長期夏季休暇中でなければ適当な同業者にぶん投げていたところだ。


 ──そのはずだった。

 それが一体全体どういう理由で──放牧地さながらの大草原の真っ只中に放り出されているのか。

 当人でさえ視界に広がる青空を見て「は?」と、呆然とするしかない。

 当事者が状況を理解していないのだから、他の誰にも説明しようがなかった。




「……空が青いってのはどこも共通してんだなぁ」


 現実逃避したくもなる。だが弱冠齢にして依頼屋幹部にまで昇り詰めているのは伊達ではない。すかさず状況を確認する。

 自分の身格好に異常がないことを確かめて、それから商売道具である刀剣を確認。

 悪友に大枚叩いて作らせた『複合兵装』は問題なく稼働する。それさえわかればまずは一安心。自分の身体ひとつあれば、あとはなんとかなる。


(さて、と……此処は何処だ。管理国家側でもなけりゃ、三鼎大陸でもなさそうだが……となるとアレか。異世界ってやつか? とんだ仕掛けを作ったもんだ古代人)


 悪友、スロウド・マクウェル辺りであれば大歓喜待ったなし。その姿が脳内でありありと想像できたので空想上でぶん殴っておく。悪は去った。

 草原で寝転んでいたところで果報が舞い込んでくるとは思えない。マスターはひとまず街道を探すべく腰を上げた。


 ──地平線に覗く山岳に、その奥では瓦礫が浮き上がっている風景。なんとも幻想的で牧歌的な光景に欠伸をこぼす。案の定と言うべきか、通信手段である携帯電話は電波がないのでガラクタ確定。文化レベルとしては三鼎国よりも更に下であろうことは想像できる。


 草原を進み、街道と思わしき道を探すがとんと見当たらない。人の手の入らない大自然の真っ只中。何をどう間違えれば苔むした遺跡の中からこんな場所に転移させられてしまうのかマスターは甚だ疑問だった。


 街道であれば、それを頼りに沿って移動することで集落なり村なり見つかるだろうと思っていたのだがそもそもその街道すら見つからないのであれば話は変わってくる。仕方なくマスターは森の中へ向けて歩き始めた。


 足を滑らせないようにブーツでしっかりと木の根を踏みしめる。フィールドワークも依頼屋の業務内容で扱うことがあるためか、マスターの足取りは慣れたものだった。背負った複合兵装をガチャガチャと鳴らしながら木の幹を足場代わりにして跳ねるようにして悪路を踏破する。


「よっ、ほっ──っと」


 小川を飛び越えた辺りで、足を止めた。なんとも心地よい環境音に混じって、耳を澄ませれば話し声のようなものが聞こえてくる。どうやら川の上流からのようだ。


「……話通じる相手だといいんだけどな」


 不安の入り混じった声でつぶやく。




 ──マスターが向かった先で見たのは、野営中の一団だった。木々に姿を隠し、息を潜めて様子を観察する。

 装備はチグハグ、身なりも種族も。背格好も、男女問わずの混合部隊。

 狼の獣人がいた。ハーピィもいた。亜人もいた。鞍を着けられたグリフォンもいる。少なくともそれらの種族が現代文明に存在しない幻想種であることに驚きつつも顔には出さなかった。


 その一団の中に、小綺麗な身なりの少女がいることに気づく。気を遣われていることから、やんごとなき身分の相手である事は察しがついた。お付きの従者が二人ほど見える。

 旅に慣れていないのだろう。薄汚れた服は明らかに舞踏会に向いている。


 状況を鑑みるに……恐らく彼女達は、追いやられているのだ。この辺境の地に。いや、なにも、マスターとてこの土地に来たのは初めてのことだがどっからどう見ても見るからに大自然の真っ只中。どう見てもド田舎のド辺境だ。人間試すにしても限度というものがある。

 そんな場所で物資の補給も何もあったものではない。自分が知らないだけでもしかしたら拠点があるのかもしれないが……可能性は低いだろう。


(さぁて、どう接触したもんかな)


 両手を挙げて「わたしはてきじゃありませーん」なんて馬鹿正直に? それこそバカ言え。寝言にも程がある。

 見る限り、彼女たちの中に人間と思わしき種族は存在しない。敬われている少女が一番近いかも知れないが、丁重な扱いから恐らく魔人の類だ。となれば、友好的な出会いから始まるとは考え難い。


 あれこれ悩んだところで問題が解決する糸口は頭の中に留まるばかり。出たとこ勝負、マスターは思い切り複合兵装を持ち上げてわざと音を鳴らした。


 そらみろ、と言わんばかりに警戒態勢に移る相手に向けてマスターは茂みの中から姿を現して歩み寄る。案の定、自分に向けられる数十名からの敵意と警戒心に思わず鼻で笑ってしまった。


「いや失礼、怪しいもんだが。ちょっと道を尋ねてもいいか?」


 とても正気とは思えない物言いに、従者のひとりが難しい顔をしている。


「お前、自分が何を言っているかわかっているのか?」

「バカみてーなこと言ってる自覚はある。それと、言葉が通じることに一番安心感覚えてるよ。今のところ敵じゃない、武器を下ろしてくれねぇか? 話がしたい」

「……姫様、どうされますか」


 不安そうにペンダントを握る少女に声を掛ける眼鏡の従者は、マスターに向けて赤い短剣を突きつけたままだ。警戒心があるのは大いに結構。


「貴方が、私達の敵ではないという証拠はあるんですか?」


 その言葉に、複合兵装のベルトを振り上げて一団へ放り投げる。鈍重な音を立てて横に倒れるとマスターは肩をすくめて両手を頭の高さまで挙げた。


「俺の装備一式がそれ。今は丸腰、これでいいか?」

「……アーシュ。彼の話を聞いてみましょう」

「わかりました。おいお前、名前は」

「マスター・ハーベルグ。眼鏡のねーちゃんの名前は?」

「……アーシュ・ガルグラントだ。いまいち調子の狂う奴だな」

「どうも。それで? ──そっちの、事情知ってそうなお姫様のお名前は?」


 マスターが手を挙げたままゆっくりと歩み寄るが、両手にハンドアクスを持った狼男が道を阻んだ。犬歯をむき出しにしている顔を見て、視線を逸らさずに一歩二歩と後ろに下がる。野生動物と出会ったら背中を向けてはならない、鉄則だ。


「私は……私は、ミレア・ヴァン・ヴェーグロード。かの大魔王、デミトゥル・ヴァン・ヴェーグロードの娘です」

「……その大魔王様の娘さんが、こんなド辺境の地で一体なにを? 観光、というようには見えないが」


 ピクニックにしたって物騒すぎる。マスターの疑問に言い淀んでいた。

 しかし、なんとなしに空気で察することはできる。それを口にすることは憚られるが、それでも見えている地雷を踏み抜く。


「俺には敗残兵の集まりに見えるが?」

「ッ……」

「おい貴様! 口を慎め! 見て分かることならわざわざ口にする必要はないだろう!」

「状況が飲み込めてないんでね。気を悪くしないでくれ、その辺りの説明も頼む」




 ──マスターがミレアから聞いた話をまとめると、魔族を支配していた魔王デミトゥル・ヴァン・ヴェーグロードが勇者に討たれたのを皮切りに魔族の土地へ人間軍が雪崩込んできた。その娘であるミレアは従者達を引き連れて首都を離れ、逃亡を繰り返して此処まで辿り着いた、ということ。


 事情は把握した。首都陥落、指導者不在のままでは魔族全体の士気低下に繋がり、敗戦を繰り返すことになるのは明白だ。かといって反転攻勢に打って出る策も兵力もない。マスターはその話を聞いて、すでに自分がどう動くべきか算段をつけていた。


「なるほど」

「……マスター・ハーベルグ。貴方のような人は、私達の言葉で〝異訪人〟と呼ばれます。異界からの訪問者、という意味で──」

「その口ぶりじゃ、俺以外にも〝異訪人〟というのがいるんだろう? それも一人二人じゃない、だが気になるのは。なぜ魔族の土地に存在するのか、だ。違うか?」


 先んじて放たれた言葉に、ミレアが言葉を詰まらせる。宝石のように輝く赤い瞳を右往左往させて泳がせるとぎこちなく頷いた。

 アーシュが眼鏡を押さえながらマスターに鋭い視線を投げつける。


「なぜそう思う」

「あー……なんつうか。その、予備知識?」


 ──マスター聞いてくれよちょっとさぁ最近異世界転生っての流行っててさぁ! 異世界転生させるための運動エネルギーを発生させられるトラック作って特許申請したら俺これボロ儲けとかできると思うんだ! 拳を振り上げているのはアレですね、俺の意識を異世界にぶっ飛ばすとかそういう頭お花畑の俺をゔぁあああああ!!!


 ちょっと前にしこたまぶん殴った悪友の顔を思い出す。直後に忘却の彼方にぶん投げておく。二度と思い出すものか。


「こいつはあくまで俺の仮説なんだが。その勇者ってのも俺と同じように〝異訪人〟なんじゃねぇのか?」

「──たしかに、そう、言われていますけれども」

「ふむ。なるほど……? となると、此処は外の世界から定期的に人間を集めてるってことか。それで、どういう理由か知らんが俺が魔族の土地に召喚された、と」


 マスターの視線はミレアに集中していた。ずっと握りしめているペンダントに向けられていることに気がついたのか、息を整えてから差し出すように見せる。

 冶金技術の粋を集めて作られた複雑精巧な装飾の中に、ピタリとハメられているのは三日月型の宝石。その中で複雑に光を乱反射していた。


「貴方が魔族の土地に呼び寄せられたのは、恐らく私のせいです……」

「思いのほか元凶が早く見つかって助かった。なんでそんなことしたのか理由を教えてもらっても?」

「……私達を助けてくれる方を、探していたから」


 それは、人間たちが長年行ってきた儀式。

 〝勇門の儀〟と呼ばれる、異訪人召喚のために行われる催事だった。当初は人類の技術発展のために、異なる世界の存在を召喚していた。だがいつしかそれが魔王と顔を合わせるための旅路となり、今回それが思わぬ事態を引き起こしてしまった。


「なぜ魔族はこれまでその〝勇門の儀〟を執り行わなかったんだ?」

「我々は技術の革新などに興味はなかった。それに、人類との約定でもあったしな」

「なるほど」

「あの、なにか気になることでも?」

「……俺の疑問は後回しにして。とにかく帰る方法を見つけるのが先決、どうすりゃ帰れるんだ? まさか呼んでおいて「帰れません」なんて、言わないよな?」


 何かを言いかけたミレアが息を呑み、それから深く息を吐き出す。

 マスターの目を真っ直ぐ見つめ返して改めて口を開いた。


「貴方の言う通り、帰る方法はあります。ですが、そのためには魔族の首都スレイベンブルグを人間軍から取り戻さなくてはなりません」

「……へぇ? それで」

「改めてお願いがあります、マスター・ハーベルグ。魔族の政権復興のために、貴方のお力添えをお願いします」


 ──なにもマスターとて、バカではない。

 ミレアが嘘を吐いていることくらいわかる。魔族が行う初めての〝勇門の儀〟で、召喚と返還の方法を熟知しているはずがない。ましてや、それが首都でしか行えないなんてこともないはずだ。何故なら自分が召喚されたのが魔族の領土の中でもド辺境の片隅なのだから。


 さて。

 かといって他に方法がない。この場で敗残兵の魔族を皆殺しにして姫様の首を手土産に人間軍に取り入る、という選択肢もある。

 黙り込むマスターにミレアがアーシュともう一人の従者へ目配せしていた。答えを待っている時間が拷問のように感じられるのか、緊張した面持ちで身体を強張らせている。


「お願いします、なんて言われて素直に首を縦に振るとでも? だが他に当てもない。それに人間側につくより面白そうだ」


 その言葉に、顔を明るくするミレアだがアーシュは違った。言葉の裏を探るように疑心の眼差しを向けている。


「なにを企んでいる」

「こっちの台詞だ。仕事を引き受けるにあたり、お互いの目的と報酬を明確にしておこうか、お姫様──」


 マスターが仕事の話を持ちかけたその時だった。森の小川を激しく荒らす足音に肩をすくめる。

 鎧の擦れる音。軍馬の駆け足、数にしてそう多くはないが騎兵隊による追撃。それが敗残の魔王軍をここまで追い詰めてきていたことは想像に易い。森の中を選んだのも騎馬隊の追撃を避けるためだったのだろう。だが水辺を選んだのは失策だった。


「姫様!」

「っ、もうここまで追っ手が……」


 数にして二十名ほどか。軍馬に跨った騎士甲冑の人間が四名、他は全て軽装の兵士達。小隊長と思わしき相手は大柄な大剣を背負っている。マスターはそれを一瞥してから商売道具に目を向けた。狼男のすぐそばに置かれている。


「まだ商談の途中だってのに、空気読みやがれよ」

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