第9話 本家の重鎮

「うちの裏手に見えるのが本家の家さね」

「……はい?」

「いやだから」

 こほんと咳き込むおばあちゃん。

「うちの裏手に見えるのが本家の家さね」

「うーん?」

「なにか変なこと言ったかのう?」

「近く過ぎない?」

 いや、こんなに近いんだったら、帰る必要なくない?

 部活も学校も休まずにこれたんじゃない?

 僕は混乱していた。

「いやいや、わしらは同じ釜のメシを食べた仲。離れる必要もないんじゃって」

 からからと笑うおばあちゃん。

「あー。はい。分かりました」

 分かっていないということを分かった僕はおばあちゃんに誘われるがまま裏手にある家の玄関でチャイムを鳴らす。

『どちら様ですか?』

 インターホンからは落ち着いた妙齢の女性の声が響く。

 それも凜として物怖じしない様子の、図太い神経を思わせる声音だ。

「蚊上……亘さんの友達です。彼に会いに来ました」

『……分かりました。私としても彼を帰したいと思っているのです』

「どういうことですか?」

『とりあえず入りなさい』

 ぎぃぃぃと玄関が開く。

 僕はその敷居をまたたぎまだ若い女性に連れられて奥にある部屋に通される。

 そこにはトレーニングルームと形容するのがおおよそ正しいとされる内装をしていた。

 ルームランナーや腹筋の台、ダンベルなどなど。様々なトレーニングが行えるようになっている。

 その中に蚊上さんが当然のように筋トレをしていた。

「そろそろおやめなさい。そんなことをしても、なんの意味もありませんよ」

 案内してくれた女性――名をココと言うらしい――が蚊上さんに声をかける。

「いいや、俺の鍛錬が足りないせいで、彼を傷つけ――」

 その当人を目の前にしたのか、蚊上さんは顔を真っ青にする。

「いや、なんでもない……」

「僕言いましたよ。また会いにくるって」

「正確にはな」

「はい。だから来ちゃいました! てへっ」

「古い言葉を知っているんだな」

 魂が抜けたように身体をしぼませる蚊上さん。

「学校休んでまで何をしていたんです?」

「己を罰していた……」

「そんなことを言って。もう二世紀も前の家訓をもってくることはないでしょう?」

 家訓。昔はあったんだ。

「そうはいかない。俺だって男だ。けじめはつける」

「なら――」

「お前は黙っていろ。部外者だろ?」

 そんなにキツく言わなくてもいいじゃないか。

 ぶすっと唇を尖らせる。

「はいはい。吸血衝動が抑えられなかったのは仕方ないから。さっさと戻りなさい。チヨばぁも心配していたよ」

「えっ?」

 あのおばあちゃん、気にしていたっけ?

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