第56話 部屋のカギ

 警察で事情を聞かれた。

 僕は英美里を家に連れて帰すと、その足で定食屋に向かう。

 ちゃんと亘さんと話がしたい。

 定食屋に入ると、おばあちゃんが接客をしていた。

「おや、沢田クン。どうしたんだい。血相変えて」

「すみません。亘さん居ますか?」

「それが……」

 おばあちゃんは心配そうに住居スペースになっている二階を見やる。

「何があったのか、話してくれないのよ」

「……分かりました。話してきます」

 僕はそう言うとギシギシと鳴る木製の階段を駆け上がっていく。

 その一歩一歩が自然と軽くなる。

 僕は亘さんの部屋の前まで来ると、自分の心の内にある気持ちを吐露するつもりでノックする。

「亘さん?」

「…………」

 返事はない。

「大丈夫ですか? 開けますよ」

 扉は少し開くものの、何かでせき止められているようで二ミリの隙間しか生まない。

「やめろ。くるな。邦彦と話すことはない」

「どう、して……?」

 隙間から入ってくる冷たい空気が僕の熱を奪っていく。

「僕は亘さんのことが好きです。それは変えようのない事実です。それでもあなたがいやというのは分かりません」

 だって亘さんも僕のことを好きって言ってくれたから。

「それでも亘さんが断るのなら、納得のできる答えを聞かせてください」

 納得できなければ、僕はここにとどまる気でいた。

「うるさい。やっぱり男同士なんてありえないんだよ」

「そんなことないです」

「法律では認められていない!」

「法がなんです。僕らの信頼関係はそんなちっぽけなもので計れるのですか?」

「ああ」

 今度こそ、サーッと熱が消えていく。

 後に残ったのは冷たくなった空気と、やり場のない思いだ。

「亘さん。本気で言っているのですか?」

「……ああ。本気だ」

「そんな……」

 僕はトボトボと階段を降りていく。

 ギシギシと鳴り響く床が嘲笑っているかのように感じた。

「どうだったかい?」

 おばあちゃんが気遣うように訊ねてくる。

「ちょっと時間が欲しいです」

「そうか……」

 おばあちゃんも心配そうにしている。

「邦彦も来ていたのね」

 隣にいたシュリさんに顔を向ける。

「ここ二日、引きこもったままなの」

「二日も?」

「うん。誰もいないときを見て、食事とか、トイレとかしているみたいだけど」

 食事はとれているなら、まだマシか。

「でもどうしてそんなことに」

 シュリさんは耳打ちする。

「キミに暗殺をしかけた吸血鬼がいるの。それで付き合わない方が幸せじゃないか、って」

「そんなっ!!」

 僕は顔をまっ赤にして怒った。

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