第55話 殺

「バイバイ。邦彦くん」

「ありがとう」

 僕はかすれた声を空気にのせて放つ。

「バカッ!」

 シュリさんの手が緩む。

「行きなさい」

 咳き込んだあと、シュリさんは悔しそうな顔をして言う。

「行きなさい! ホントの愛が、これ……」

「ごめん」

「バカ」

 僕は慌ててシュリさんの家から飛び出す。

 行く当てもなく、街の中をぶらつく。

 僕は殺されるかもしれないんだ。

 その不安や恐怖がないわけじゃない。

 僕だって人間だ。

 そんな感覚は抱く。

 でもそれでも亘さんと会いたい。

 会って一生そばにいると伝えたい。

 そうだ。会おう。

 僕は踵を返し、街中の雑踏から離れる。

「きゃっ!」

 と、誰かとぶつかり転ぶ。

「ごめんなさい。急いでいて」

「こちらこそ、ごめんなさい」

 僕が立ち上がると、目の前にいた少女は、英美里だった。

「邦彦くん……」

「どうしたの? そんな青い顔をして」

 見るからに血色が悪い。

 それに目元にも涙を流したあとがあり、目は充血している。

「なんでもない」

「待って。話くらい聞くって」

 僕は英美里の腕をつかむと、そう呟く。

「友達が終わったわけじゃないでしょう?」

「……うん。そうだね」

 英美里はらしくないトーンで語り出す。

 動画配信で儲けるようになってから、少しずつ悪い噂が立つようになった。

 その噂は嘘でしかないから、無視していたけど、最近になってまた有名になり、掘り起こされるようになった。

「その内容が――犯罪者」

「え。英美里は犯罪者じゃないでしょう?」

「うん。もちろん。でも噂をしたらネットでは一生叩かれるの」

「そんなっ!!」

「人によってはわたしを殺そうとする者もいるの」

「え……」

 自分と境遇が似ていると思ってしまった。

「同じだね」

「……どいうこと?」

「それよりも警察に行った方がいいんじゃない?」

 どこか冷静でいる自分がいる。

「うん。そうかも」

「僕が一緒に行く。話してくれてありがとう」

「ううん……」

 僕が英美里の手をとって歩き出す。

「優しいんだね……」

「何か言った?」

「なんでもないわ。行くわよ」

 僕の手を振り払い、前に出る英美里。

「今度は負けないんだから」

 そう言い、駆け足で交番に向かう英美里。

 その元気があれば、僕なんて不要なのかもしれない。

 ぞわっと嫌な感じが肌を粟立たせた。

 僕はまだ未練があるのかもしれない。

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