第57話 英美里の寝息

「英美里。大丈夫?」

 授業中、つーっと涙を流した英美里を見て僕は声をかける。

「うん。大丈夫」

 そう言って袖で涙を拭う英美里。

 いや大丈夫じゃないよね。

「先生、保健室につれていきます」

「ええと。そうだな。頼むよ、沢田くん」

「はい」

 僕は英美里の腕をつかみ、無理矢理にでも保健室につれていく。

「どうしたの」

 ふるふると力なく首を横に振る英美里。

「きっとネットの話だよね。犯罪者って」

「うん。そのせいで炎上して、そして運営から一定期間の非公開にするって」

「そっか」

 英美里にとってゲーム実況配信は精神安定剤だ。趣味なのだ。

 それを禁止されたこと。それを批判するコメント。

 その全てが、彼女を傷つけている。

 それを聞いて胸が痛む。

 なら――。

 僕はスマホを操作する。

「だったら抵抗しよう?」

「え」

 僕はじっちゃんに電話をする。

「おう。じっちゃん、久しぶり」

 数回やりとりを繰り返し、

「じゃあ、本件は弁護士協会の方から精査してくれるんだね。ありがとう。悪口を言った人も、ネガティブ発言した人も、暴言吐いた人もみな捕まえちゃって」

「ちょ、ちょっと。どういうこと?」

「言ってなかったね。僕のじっちゃん……祖父は弁護士なんだ」

 ぽかーんとしている英美里を横に僕はささやく。

「だから、安心して寝ていいよ」

 本当に危険視されているのは僕かもしれない。

 亘さんが否定してくれたから、殺しにくる連中も見送っているのかもしれないけど。

 英美里は寝不足だったのか、すんなりと眠りに落ちた。

 ビシッとガラスにひびが入る。

 どうやら狙われているらしい。

 そう思って僕は英美里から離れる。

 周りに迷惑はかけたくない。

 学校を出て辺りを見渡す。

 ここじゃ、隠れるものが少ない。

 でもどこに向かえば……。

 そうだ。シュリさんなら何か知っているかも。

 僕は再び学校に向かう。

 今なら授業を受けているはず。

 二年のA組だったはず。 

 焦りからか、足下がふらつく。

 でもいい。

 僕はまだ死ねない。

 亘さんの腕の中で死にたい。

 死ぬときまで一緒がいい。

 だから僕は生きるんだ。

 生きて恩を返すんだ。

 あの真っ直ぐな瞳。低いトーンの声。温もり。

 僕は忘れない。

 彼のことを。

 彼の思いを。

 だから、行く。

 二年A組にたどりつくと、がらっとドアを開ける。

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