第58話 奇襲

「邦彦。今は授業中だよ」

「それよりも!」

 ビシッとガラスにひびが入る。

「なるほど。私が行くわ。先生、体調不良で早退します」

 そう言って素早く荷物をまとめ、駆け足で教室を出るシュリさん。

「元気やないかい」

 先生が何か言っていたけど、僕とシュリさんは下駄箱から外に出る。

「どこに行くの?」

「本家。定食屋の裏よ」

「そこに行ってなにを?」

「説得よ。そうでもしないと話が進まない」

 話ができる相手なのだろうか。

 不安がよぎるが、解決方法が浮かばない以上、信じるしかない。

 それにシュリさんならなんとかしてくれると思う。

 思いたい。

 強くそう思う。

「ちょっとそこにいてね」

「うん」

 商店街にたどりつくと、シュリさんはどこかへ離れていく。

 数分、いや十数分待っても音沙汰ない。

 何かで地面を抉る音がする。

 その音がだんだんと自分に近づいてきている。

「あんた、何やってるの。死にたいの?」

 シュリさんが後ろから僕の腕を引く。

「でもシュリさんが待ってろって」

「――っ!! ホントお坊ちゃんなんだから」

 シュリさんは何故か顔を赤くしている。

 怒っているのか、自分を恥じているのかは分からない。

 安全圏である定食屋の裏にあるシュリの実家、つまりは本家にたどりつく。

「全部、私のせいなのに、あんたはいつも鈍感で、どこまでも真っ直ぐで」

「シュリさん?」

「私が命じたの。あんたを殺してって」

「え? そんなの嘘ですよね? だってシュリさんはこんなに優しくて」

「そう思わせていただけよ。って、優しい?」

「うん。僕のことを救ってくれたし、その手は優しい人の手だよ」

 ぽかーんとした顔でこちらを見るシュリさん。

「あはっはははははは。バカみたい」

 シュリさんはお腹を抱えて笑い出す。

「あーあ。私、こんなに不思議な人と会うの初めてだよ」

 シュリさんは玄関をくぐると、お茶を用意してくれた。

「私はずっとお姫様として育てられてきたの。吸血鬼の末裔として」

「ふーん。窮屈きゅうくつそう」

「そう。窮屈だったわ」

 それからシュリさんは自分のことを少しずつ話してくれた。

 シュリさんに望まぬ縁談があり、婚約者とは一度も会っていないこと。

 伝統を重んじ、周囲の権力者と挨拶をすること。

 望まぬ行為があったこと。

 すべては自分の血筋のせいと呪ったことがある。

 それでも事実は変わらず、シュリさんには過酷な運命をたどっていた。

 そんな中で亘さんと話すのが何より楽しかった。

 亘さんと同じくらい僕に興味を持ってくれたこと。

 シュリさんにとっては大事な仲間になってくれたこと。


「もうあなたを狙う人はいないわ。さ、どこへでもおゆき」

 シュリさんは涙を流しながら満面の笑みを浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る