第10話 滝行

 おばあちゃんは心配していなかったと思う。

「嘘も方便と言うでしょ」

 僕の耳もとに囁くココさん。

「あ。はい」

 なるほど。嘘を言ってでも帰したいんだね。

「聞こえているよ。吸血鬼なめんな」

「はいはい。だから帰って」

 ココさんはわざとらしく、困ったようにする。

「どこにそんな要素があったんだよ」

 盛大にため息を吐き、僕を見つめる蚊上さん。

「すまない。わたるさんの気持ちも考えずに……」

 ココさんが目をそらし呟く。

 やっぱりどこか暗い顔をしている。

 何かあるのだろうか?

 ちなみに今蚊上さんは流しそうめん機を使った時前じまえの滝行に入っている。

 いやちょぼちょぼと水が垂れている程度なのだけど。

 それでも真面目な顔をしている蚊上さんが可笑しくて、つい微笑む。

「なんだよ? 沢田さわだ

「いや、だってそれってそうめん流すやつですよね? そんなに真面目にならなくてもいいじゃないですか」

「えっ?」

「ん?」

 あちゃーっと言った顔をしているココさん。

 これはどういうことだろう?

「ココねぇ? あ?」

 ドスの効いた低音がちょぼちょぼとした音に紛れる。

 思いっきり向こう側に向くココさん。

「いや。蚊上先輩?」

「……」

 恥ずかしそうに顔を赤らめる蚊上さん。

 その姿が愛おしくて僕はつい抱きつく。

「はぁ!?」

 素っ頓狂な声を上げる蚊上さん。

「ばか、服が濡れるだろ!」

 引き離そうとする蚊上さん。

 でもそんな姿も愛おしくて僕は離れようとしない。

「あー。もうめちゃくちゃだよ……」

 蚊上さんは大げさにため息を吐く。

「もう、分かった。帰る。だけど今回は沢田の顔に免じてだな……」

「もともとはその子の血を吸ったって罪悪感を覚えたのが原因でしょう? なぜ私が謝るような流れになっているのですか……?」

 ココさんの言う言葉は正論だ。

 だから蚊上さんは大げさに、痛む胸を抑える。

 いやいやそんなにショックを受けないでよ。

 なんだか不完全なところも見えて本当にラッキーだった。

 これなら蚊上さんともっと仲良くできる気がする。

 というか、学校での彼の姿・イメージと違いすぎる。

 氷の王子様なんて誰がいいだしたんだろ。

 これじゃ、南極のペンギンくらい可愛いじゃん。

 それなら女子があんなに群れるのも分かる気が――。

 うん。間違えた。

 女子はもともと顔しか見ていないよね。

 こんな中身もあるって知れた僕はかなりのラッキーボーイじゃない?

 ニコニコと笑みを浮かべていると、ばつの悪そうにした蚊上さんは顔を背ける。

 あれ。嫌われちゃったかな?

 でももう遅いよ♪

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