第19話 定食屋での奇跡

「じゃあ、また学校で」

 そう言って英美里は玄関まで送ってくれた。

 僕たち三人はすっかり夕暮れになった空を見つめながら歩く。

「夕食、食べにいこうかな?」

 僕はチラチラと亘さんの顔を伺う。

「おう。食べにこい」

「私も食べに行きたい。お婆ちゃんの定食おいしいもの」

「いいよ」

 やっぱり。

 シュリさんに甘いよ、亘さん……。

 そんなんだから僕は心配になるんだよ。

 しばらく歩いてドラキュラ定食屋につく。

「そうだ。お婆ちゃんに頼んでここで焼肉しようよ?」

 シュリさんが名案だ、と言いたげに声を上げる。

「あー。確かに焼肉定食はあるけど……」


「いいわよ。若い者はワガママを言うべきなのよ」

 おばあちゃん、けっこう分かってくれるのね。

「やったっ! じゃあ、お婆ちゃん、親子丼!」

「僕はマーボー豆腐定食一つ」

「俺はやっぱりトンカツ定食かな」

「あいよ」

 そのかけ声がしたと思うと、いい香りが漂ってくる。

 ジューっと何かを焼く音。

「でもすごいよね。一人でこのお店を切り盛りしていって」

 僕は感心半分、憧憬半分で呟く。

「まあな。ばあちゃん。戦前から定食屋やっていたし」

「え。じゃあ、百歳超えているってこと!?」

「しまっ……。そうだな」

 一瞬、ヤバいって顔をしていた亘さんだけど、どういうことだろう。

「お待ち」

 おばあちゃんが定食を出してくれる。

「おお。うまそう」

 亘さんはすぐにトンカツ定食に目が奪われる。

 僕の目の前にはマーボー豆腐と白米、汁物、唐揚げ、キャベツの千切り。そしてデザートには杏仁豆腐がついてきた。

 これで800円は安すぎる。

「いただきます」

 僕はスプーンでマーボー豆腐を掬う。

 香りも良き。

 口に運ぶ。

「おいしい……」

 思わず感嘆の息が漏れるほどだ。

 食べ終えた頃にはまた食べたいと思うくらいには美味しかった。

「今日はもう遅い。泊まっていけよ」

「えっ」

「私も」

「お前は家隣だろうが。俺は沢田に言ったんだよ」

「いいんですか?」

 僕は慌てて身なりを整える。

「ほら。頬に米ついているぞ」

 すっと頬の米をとり、口元に運ぶ亘さん。

 その行為をみて、かぁあっと赤くなる僕。

「もう九時だ。夜道を歩かせるわけにもいかないだろ。親に連絡する」

「問題ないです。僕一人暮らしなんで」

「……そうなのか?」

「はい。今日泊めてください」

「もちろんだ」

 亘さんは何も聞かずに受け入れてくれた。

 そう思った。

「じゃあ、シュリは帰れ」

「……はーい」

 不服そうに呟くシュリ。

「お二人は本当に仲がいいんですね」

 嫉妬しちゃうくらい。

「んなわけねーだろ。ほら、風呂だ」

 そう言って亘さんは僕を風呂場へ案内する。

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