第35話 焼肉動画
「亘さん?」
「邦彦。いじめられているって聞いた。大丈夫か?」
「うん。今は、ね」
昔、いじめられていたけど。
「キミが
保健の先生が確かめるように訊ねる。
「はい。しかし……」
僕のノックダウンした姿を見て心配そうに眉根を寄せる亘さん。
「どうしたんだ。その格好」
焦りが見える亘さん。
「それが、鳥の糞の被害に遭って――」
正直に起きたことを話す。朝の悪夢は伏せて。
「そうか。いじめではないんだな。良かった」
「うん。もう大丈夫だよ」
「でも、邦彦を一人になんてしないからな」
「……ありがとう」
やっぱり壊れるのが怖いな。
「制服持って、早く授業に戻りなさい」
保健の先生がそう言うと、僕は制服を鞄に突っ込み、亘さんと一緒に保健室を出ていく。
二年と一年の教室は違う。
だからこの廊下で別れることになる。
「亘さん」
「なんだ?」
「また」
ふるふると小さく手を振る。
「ああ。またな」
大きく手を振る亘さん。
小さくなっていく。
寂しい。
もっと近くにいたかった。
もっとしゃべっていたかった。
でも時間が来ればやがて離れていく。
それは自然なこと。
分かっているけど。
やっぱり、嫌だ。
「亘先輩!」
僕は走っていた。
「どうした? 邦彦」
追い付いたはいいけど、なんて言えばいいんだろう。
一緒にいたい。
そばにいてほしい。
離さない。
言葉を選んでいるとクスッと笑う亘さん。
「いいよ。邦彦のペースでいいんだ」
そっと頬を撫でてくれる亘さん。
胸の辺りがギュッと締め付けられる思いがした。
「じゃあな。お昼に行くよ」
言葉にならない感情がこみ上げてきて、ありがとうの一つも言えない。
代わりにペコペコとお辞儀をした。
教室に戻り、授業を受けると英美里がジト目を向けてくる。
「なんだ?」
「べつにぃ~?」
明らかに不満そうな顔をしている。
何がそんなに気に食わないのか、分からない。
でも僕は亘さんにお昼を誘われた。
まあ、最近ずっと一緒だったけどね。
それでも嬉しいのはやっぱり恋しているからかもね。
「そうそう。この間の焼肉の音声、編集したからあとで聞いてね」
事務的に言う英美里。
なんでそんなに不服そうなんだ。
「わたしじゃ、元気にならないのにね」
ボソッと言った英美里の声は焼肉動画の音にかき消された。
ちなみに授業中だったため、先生にこっぴどく怒られたのはここだけの話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます