第23話 負け犬

 翌日、僕はげんなりとした顔で通学路を歩いていた。

 周囲の声が聞こえてくる。

「どうしたのだろう? 光のプリンセス様」

「ちょっと疲れていますね」

「もしかして、あの噂は本当なのかしら……」

 あの噂ってなんだよ。気になるじゃないか。

「やっ。旅人くん」

 後ろからポンッと叩く音がする。

「英美里。やめろよ。ゲームネームは」

「悪かったって。ちょっとしたジョークじゃん」

 ジョークなら何を言ってもいいと思っていないか? こいつ。

「あれ。顔色悪いね。どうしたの?」

「あんまり寝られなくて……」

「怖い夢でも見たの?」

「……まあ、当たらずも遠からず、かな……」

「いやに抽象的だね。お姉さんに話してみ?」

 いや誰だよ、お前。

「何月生まれだよ。僕は八月」

「わたしは六月だからね。正真正銘のお姉さんだよ」

「あー。はいはい」

「いやいや、沢田くんの誕生部なら知っていたって。AB型ということも、住所も」

「なんで知っているのさ。怖いよ……」

 おどけた様子で口を開く英美里。

「いや~。前の中学から一緒だった奴がペラペラしゃべっていたからさ」

「あ・い・つ・め!」

「東京湾に沈めておく?」

「そうしてくれ」

 これも英美里の言葉を借りるなら冗談ということで。

「何々、怖い話?」

「あんまりはしゃぐんじゃないわよ。わたる

「悪いって。で、邦彦くにひこたちはなんの話をしていたんだ?」

「くだらない話ですよ」

 亘さんの顔をまともに見ることができない。

 これ以上近くにいたら、おかしくなりそうだ。

 無意識的に身体を離す。

「邦彦。どうした?」

「えっ?」

「いや、なんだか距離をとられた気がして」

「そんなこと……」

「ははーん。嫌われたな、亘」

「黙っていてくれ。これは俺たちの話だ」

 か、かっこいい。

 だからこそ、惚れてしまう。

「いや、でも僕は……」

「やっぱり、避けているだろ? なんで?」

「いや、その……」

「お前は誤魔化すとき、『いや』ってつけるんだな」

 ドキッとした。

 僕の言葉を、そのクセを知っている。

 そこまで立ち入らせたのは間違いなく僕だ。

「いやでも、僕は……」

 いじめられていたことを思い出した。

 僕には人としての尊厳がない。というよりも、瓦解した。

 苛烈ないじめにあい、その自負を失った。

 だから、僕は亘さんの手をとることができない。

 彼の隣を歩くことさえできない。

 それが染みついているから。

 よく言う。

 負け犬根性と。

 それは社会でやっていくためにできることの一つなのだ。

 後ろ向きと言われようとも。

 僕はその場から走って逃げ出した。

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