第6話 羊羹。

 昨日の夜。なんだかドキドキして眠れなかった。

 そのせいもあると思う。

 僕は生姜焼き定食を食べて満足すると、眠気と戦うことになる。

「そうだ。俺の部屋来いよ」

「えっ」

 いきなりの提案に僕は食いついてしまう。

 出会って二日目で部屋に行くのは良くないのかな。

 僕みたいなネガティブ雑魚根暗陰キャでも部屋に行っていいのかな?

 ごくりと生唾を飲み下し、僕は彼の顔を伺う。

「いや、だったか?」

「ち、違います。ただびっくりしただけで……」

 それくらいしか言えない僕はやっぱり弱気みたい。

「なら、付き合ってくれるか?」

「えっ」

 何か言わなきゃ。

 ここで詰まっていたら、拒否しているように思われる。

「だ、大丈夫です!」

 思ったよりも大きな声が出た。

「お、おう。じゃあ、俺の部屋に来いよ。ばあちゃん、ちょっと遊ぶわ」

「はいはい。お友達と一緒に楽しみなさい」

「ああ。楽しむよ」

 蚊上さんと一緒に裏側の階段を登り始める。

「ああ。この定食屋は二階で暮らしているんだ」

 でも二階の部屋数は少ない。

 あえて聞かなかったけど、ご両親とかどうしているのだろう。

 おばあちゃんしか見ないけど……。

「さ。俺の部屋だ」

「お、お邪魔します……」

 恐る恐る入ると、そこには生活感の薄い殺風景な部屋がある。

 ガラガラの本棚に、埃の被った勉強机。

 かろうじで衣装ケースとベッドが使われている形跡がある。

「ええっと」

 何か感想を言った方がいいのかな?

「素敵なお部屋ですね」

「ぷっ! ふはははっはあははっは」

 笑い出す蚊上さん。

「そんなことを言い出すのはお前が初めてだよ」

 僕の背を軽く叩く蚊上さん。

「だいたいみんな引くんだ」

 みんなって誰だろう。

 女の子かな。

 ちょっと嫌だな。

「あー。可笑しい」

 腹を抱えて笑っていた蚊上さんはようやく落ち着く。

「それに今の顔もナイスだったよ」

「どんな顔ですか?」

 僕は恐る恐る訊ねてみる。

「絶望の顔だな。まあ、俺が呼んだのは友人だけだよ。親しい、な」

 ということは、僕も必然的に親しい仲と思われているってことかな。

「お。今度はそんな顔をするのか」

「もう、いじらないでくださいよ」

「わりぃわりぃ。と話すの久しぶりだし。気分がいい」

「そう、ですか……」

 人とあまり会わないんだ。

 なんでだろう。

 少し眠くなってきた。

「ほら。お茶菓子だよ」

 とんとんとノックのあったあと、おばあちゃんが持ってきてくれた。

「ありがとうございます」

「ばあちゃん。ありがとうな」

 お茶菓子は羊羹ようかんらしい。

 ちょっとお高そう。

「お前も食えって」

「う、うん。いただきます」

 つるっとしたのどごしに甘さ控えめの食べやすい口当たり。

 やっぱりおいしい。

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