第5話 生姜焼き定食
放課後になり、僕は急いで帰り支度をする。
「なぁ。
「キミは確か……」
「おれ、
「いや、ごめん。用事があるから」
「そっか。じゃあ、また誘うわ。悪いな、急いでいるところ」
この人は本当に優しい人に思える。
「うん。ありがとう」
僕はそれだけを言い残し、あの定食屋に向かう。
目立たないところにあり、表通りにはチェーン店が展開しているせいか、夕食時になっても定食屋【バンパイヤ】はお客で一杯になることはない。
僕はその暖簾をくぐると、おばあちゃんと目が合う。
「ふふ。わしの料理と、孫と、どっちに会いに来たんだい?」
「ええっと。それは……ははは」
乾いた笑みが零れる。
「まあ、いいじゃろう。して、何を食べる?」
昨日はあまり見なかったメニューを見る。
さほど種類が豊富なわけじゃないけど、どれも美味しそうなものばかり。
「それなら、この生姜焼き定食でお願いします」
「ただいま」
ガラッと扉が開く。
そこには待ち望んだ彼がいた。
「蚊上さん……」
「お。昨日の沢田くん」
「はい。こことても美味しいので来ちゃいました」
「へー」
鞄を座席において僕の顔を見つめる蚊上さん。
そして目にかかった前髪をそっと払う。
その一つ一つの動作にドギマギしてしまうのはなぜだろう。
僕はその綺麗な赤い瞳を見つめてしまう。
「俺の目、怖いか?」
「いえ」
「怖いよな。赤いからな」
「違います! 先輩の瞳はキラキラして宝石みたいで綺麗です!」
面食らった蚊上さんは目をパチパチさせて、しだいに笑い出す。
「本気でそう思っているのかよ。ああー。参った参った」
「いい子じゃない。大切にしなよ」
「言われなくても分かっているって、ばあちゃん」
「……僕はいい子ではないです」
血の滴るコンクリート。
ひしゃげた車。
変な方向に曲がった足。
嫌なことを思い出してしまった。
僕は視線を落としていたらしい。
蚊上さんが不安そうにこちらに視線を向ける。
「大丈夫か?」
「……はい」
ちっとも良くないが、深掘りされたくない。
距離感って大事だ。
「それならいいが……」
「ほら。生姜焼き定食だよ」
生姜の強い香りが立ちこめる。
醤油ベースの匂いもする。
僕は割り箸を割ると、お肉を頬張る。
「おいしい……」
からめてあるタレは甘塩っぱく、生姜のアクセントが効いている。
さらには、肉汁がじゅわっと口いっぱいに広がる。
僕が今まで食べた中で一番美味しい生姜焼きだ。
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