第31話 バカになる

「分からないんだ。自分のこと」

「そうだね。そういう言い方もできる」

「人って自分のことになるとバカになるって本当かもね」

 そういう言葉も聞いたことがある。

「邦彦くんは悪い人じゃないよ。それが十分に伝わってくる。それってすごいことだよ」

 こんなに褒められたことはない。

 照れ臭くなり、顔を背ける。

「そんなにひねくれなくていいだよ」

「……英美里」

「わたしと、遊ばない?」

「え。それは……」

 軽くない?

 まるで恋人のような距離感。

 それに違和感を覚える僕。

「いいじゃない。友達は遊ぶものでしょ?」

「そう、かもしれない」

「じゃあ、次の日曜日。空けておいてね」

「うん。分かったよ」

 嬉しそうに自分の席に戻っていく英美里。

 僕はそれが微笑ましく思った。

 なんだか亘さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。

 でも大丈夫だよね。

 友達と遊びに行くだけだもの。

 それにそれでモヤモヤが晴れるなら……。


 僕は少し女の子を信じてみようと思う。

 たくさん嫌なことがあったけど、きっと今は違うから。

 恋愛抜きに話せるの、たぶん英美里だからだね。

 苦笑を浮かべていると、先生に怪訝な顔をされる。

「沢田くん? 次当てるわよ?」

 先生はそう言い、難しい問題を当ててきた。

 困っていると、英美里が教科書の赤い線を見せてくる。

「答えは9です!」

「不正解。ちゃんと授業を聞きなさい」

「す、すみません」

 違うじゃないか!

 怒りの眼差しを向ける。

 英美里は自分の教科書を見て、ハテナマークを浮かべている。

 いや、自分でも分からないんかい。

 それでよくアドバイスする気になったね。

 小さくため息を吐くと、僕は目の前の授業に集中する。

 でも英美里のお陰で今の生活は楽しい。

 ゲーム実況も、学校での生活も。

 亘さんもいてくれる。

 こんなに幸せでいいんだろうか。

 その分、苦難が待っているのではないだろうか。

 不安になる。

 授業が終わり、僕はぐったりと机にひれ伏す。

 集中が途切れた。

 授業も少し分からないところがあった。

 あとで復習しなくちゃ。

 でもなんで勉強って必要なのだろう。

 今は前にあることをしよう。

 あまり未来を考えてもしょうがない。

 分からないことは分からないのだ。

 それでいいのかもしれない。

 答えなんていつも必ずあるとは限らない。

 亘さんへの想いも、答えなんてないのかもしれない。

 どうすればいいのかなんて分からない。

 それを認めよう。

 まずはそこから始めてみる。

 でも、もし亘さんも同じ気持ちなら……。


 僕は期待してもいいのかな?

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