第8話 吸血鬼

「先輩、可愛い……!」

 僕は思わず蚊上さんを抱き寄せる。

 そのまま腕の中でこくこくと眠りこけている。

 血を吸い終えたあとは子どものように甘えていた。

 これが氷の王子様の本心と知ったら、学校のみんなも驚くだろう。

 まあ、こんな姿は僕にしか見せないのだろうけどね。

 ルンルン気分でいると、蚊上さんが目を開ける。

「せーんぱ~い♪」

「あっ。いや、これは……」

「いいんですよ。甘えても」

 なるほど。記憶を残すタイプの酔っ払いか。

「や、やめろ!」

 起き上がり身を離す蚊上さん。

「ところで、蚊上先輩って吸血鬼なんですか?」

 その言葉にビクッと身体を震わせる。

「いや、それは……。あれは、だから……」

「気にしなくていいですよ。ここでのことはすぐに忘れます。その前に聞きたいだけです」

「……ああ。俺は吸血鬼の末裔だ。いつか吸血鬼の繁栄のために生きている」

 何か過去にあったのかもしれない。

 彼の顔には苦悩の色がみてとれる。

 それとも迫害を受けていたのだろうか。

 あり得る。

 創作物ではよく見かける話だ。

「悪い。今日は帰ってくれないか?」

「先輩」

「なんだ?」

「明日も来ますよ。絶対」

 僕はそう言い微笑むと、彼の部屋を後にする。

 呆然とした蚊上さんを置いて、一階の食堂をくぐり抜けて自分のアパートを目指す。

 僕は幸せ者だ。

 あの蚊上さんの本当の姿を知っているのだから。

 それに同じ部活に入れば、もっとそばにいられる。


☆★☆


「え? 蚊上先輩が学校に来ていない?」

 僕はサブカルチャー研究部の前で立ち尽くした。

 蚊上さんが目当てで来たのに、その肝心の本人が顔を見せないのだ。

「分かりました。とりあえず、僕は入部希望です」

 二、三やりとりをかわし、僕は急いで定食屋に向かう。

「あら。いらっしゃい。わたるちゃんなら今はいないよ」

「どうして、ですか?」

「なんでも掟を破ったから修行してくる、って」

 どこのジャ〇プ主人公なのさ。

「心当たりありますか?」

「うーん。わしの本家の家かしら?」

 本家。

 ということは蚊上さんは分家なのか。

「僕も行ってきます。場所を教えてください」

「そうね。とても厳しい道のりになると思うわ。あなたにその覚悟があるのかえ?」

 おばあちゃんの鋭い視線が僕の胸を貫く。

 とても怖い。

 吸血鬼の掟も、その力も。

 でもここで負けるわけにはいかない。

 僕はまだ蚊上さんの何も知らない。

 このまま離ればなれになるなんて嫌だ。

 僕は彼と会うまでは負けたりしない。

「行きます」

「ほう……!」

「僕はもう高校生です。大人です。自分で判断できます」

「その言葉、聞き届けたぞ」

 おばあちゃんがいつもの和らいだ笑みに戻り、玄関を開ける。

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