第50話 遊覧船
「はやくはやく!」
焦った様子で英美里が案内する。
「時間の十分前。大丈夫だろ」
亘さんが困ったようにため息を吐く。
「だって、良い席とられるよ?」
「みんな立ち上がるから平気よ」
英美里が小首を傾げているとシュリさんがくすくすと上品に笑う。
「どういうこと?」
英美里は本当に分からないと言った顔で立ちすくむ。
「さ。行くよ」
僕は英美里を連れて遊覧船に乗り込む。
この松島では遊覧船の人気は高い。特に今日のような夏休みで晴れ日だと混む。
僕たちは遊覧船の最後尾にある椅子に腰をかける。
「あーあ。真ん中だし、窓の近くが良かったなー」
英美里はまだぷんすかとふてくされている。
「今に分かるって」
亘さんがそう言ったように、出港してから数分後。
「わー。カモメ!」
英美里はカモメにかっかえびせんを与えていた。
船内に放送が流れており、カモメと戯れることができると知ったあと、船内の売店で購入したかっかえびせんである。
潮風に当たりながら甲板上部にあるデッキでカモメが大量に空を舞っていた。
「で。あの二人、何があったの?」
英美里は僕に尋ねてくる。
さっきから気まずそうに距離を置くシュリさん。
「……」
「わたしだけ仲間ハズレ?」
「いや……」
「じゃあ、なに?」
「俺、亘さんが好きと告白したんだ」
目を見開く英美里。
「ど、いう。こと……?」
動揺したのか、かっかえびせんを上げる手が震えている英美里。
「分かっているの? 同性よ?」
「ああ。それでも愛している。僕は彼を選ぶ」
「そんなっ! わたし……!」
かっかえびせんを離し、震える身体を自分の手で押さえる英美里。
「わたし、沢田邦彦くんのことが、好き。好きだった!」
言われると分かっていた。
でも、でも……。
「好きだったのに!」
英美里は手を伸ばしてきて、
「あんた、なにやっているの!?」
平打ちしそうな手はシュリさんが止めた。
「後悔することしないで」
シュリさんが咎めるように声を荒げる。
「こうかい……?」
「好きな人を傷つけた、後悔するでしょう?」
「そ、んなの。だって……っ!」
「落ち着きなさい。私だってっ!」
シュリさんの後ろで立ち尽くしていた亘さんが手招きをする。
僕はそれに呼ばれるようにしてシュリさんと英美里を置き去りにする。
「こっちこい」
「うん」
後ろで泣き叫ぶ二人の声がした。
「あいつらもずっと我慢していたんだ」
「そうかもね」
「あんな姿の二人を見たくない」
「それは……っ!」
「分かっている。俺のワガママだよな」
「うん。僕も同じだよ」
「そっか……」
遊覧船は汽笛を鳴らしながら元来た桟橋に向かう。
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