第21話 お布団

「お風呂はどうだった?」

「いい湯加減でした」

 ちょっと熱めだったけどね。

 まあ、嘘も方便ということで。

「お布団は俺が、ベッドに寝てくれ」

「はい」

 僕はベッドに埋まる。

 ああ。亘さんの匂いが心地良い。

「なあ、沢田」

「なんですか。亘先輩」

「俺も名前で呼んでいいか?」

 ぴんっと立つ耳。

「喜んで!!」

「そんな大声だすな。ばあちゃんが起きるだろ?」

「ご、ごめんなさい」

「じゃあ、邦彦くにひこ。好きな人はいるか?」

「えっ!」

 僕の好きな人は亘さんだ。

 それを伝えていいのか、迷う。

「……分かった。いるんだな」

 迷っている僕に対して察しのいい彼。

「ええっと。まあ、とても素敵な方です」

「……そっか。俺じゃないのか」

 ぼそっと呟いてよく聞こえなかった。

「そういう亘さんは?」

「……いないよ」

 シュリさんとは違うんだ。

 良かった。

「そうですか! 良かった……」

「……」

 亘さんから真剣な雰囲気が伝わってくる。

 何を考えているのか、分からないけど、僕にもチャンスはあるってことだよね。

「邦彦。明日以降も、定食食べにくるか?」

「もちろんです。おいしいですから」

 亘さんがいるから。

 そう言えば良かったのに、何故かこの時の僕は誤魔化してしまった。


「そろそろ寝るか」

「そうですね」

 亘さんが電気を消す。

 ダメだ。まったく眠れないぞ。

 うーん。この匂いもだけど、亘さんの部屋にいるということ。

 近くで無防備な先輩がいるということ。

 理性が破壊される音がする。

 でも彼に失望されたくない。

 僕は彼に欲望を抱いているのは墓場まで持っていくつもりだ。

 だから、僕は負ける訳にはいかない。

 この欲望は僕がコントロールする。

「うぅ……ふぅ……」

「なんだか、匂わないか?」

「気のせいですよ。亘先輩」

「そうか。ならいい」

 ……誤魔化せた、よね?

 僕は天井を見ながら、ぼーっとする。

 あー。やっちゃった。

 もう自分がダメだと思う。


 自分が嫌になってくる。

 ため息を吐き、掛け布団を握る。

「なんだ。ため息なんてついて」

「ちょっと疲れました」

「あー。そういうときってあるよな」

 どこまでも優しい亘さん。

「まあ、でも疲れたときはよく食べて、よく寝る。これでいいと思うぞ」

「そう?」

「ああ。あまり深く考えるべきじゃないことってあると思うんだ」

 亘さんは拳を上に突き上げ、真面目な顔をする。

「深く考えると、疲れるからな。今のままでいいと思うぞ。俺は」

「優しいですね。亘先輩は」

「違うよ」

 え。

「俺は優しくなれとは思うけど、優しくあれとは思わない」

 なんだか深いこと言っている気がする。

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