第25話 スタミナ定食
その日、一日の授業は身が入らなかった。
何か抜けたようにぐったりとしていた。
先生からも顔色が悪いと心配された。
僕はそんなに弱くなかったはずなのに。
放課後になり、生徒が散り散りになる中、僕はお腹の空いた身体でゆっくりと歩き出す。
「なんでここに来ちゃったんだろ」
定食屋『ヴァンパイヤ』。
その前まで来て、僕は扉を開けようとしていた。
でもいい香りがしてくるのだもの。しかたないじゃない。
とはいえ。
「合わせる顔がないよ」
ガラッと開く扉。
「おっ。邦彦じゃないか。食べていけ」
「……すみません」
僕は謝ると、走りだそうとする。
が、亘さんに腕をつかまれる。
振りほどこうとしても逃げることができない。
なんという筋力。
鍛えているのかな。
「なあ、俺悪いことしたか?」
「……いえ」
「なら、避けるの止めてくれないか? 俺、けっこう気に入っているんだぜ?」
後半の言葉は耳に入らなかった。
「だって釣り合わないよ」
「誰かに言われたのか?」
ふるふると小さく頭を振る僕。
「なら、いいじゃないか。釣り合う釣り合わないで友達になるなんておかしいだろ?」
「――っ」
亘さんは暖かい笑みを浮かべて、続ける。
「食べていけって。そんな暗い顔も、ばあちゃんの手料理食えば元気出るって」
「う、うん……」
僕は定食屋『ヴァンパイヤ』に入り、席につく。
今日は何を食べよう。
少しワクワクしている自分がいる。
「今日のオススメはスタミナ定食だ。醤油ベースでニンニクと
亘さんは嬉しそうに微笑む。
その顔をみてホッとしている自分がいる。
「じゃあ、スタミナ定食で……」
まだ迷っている自分がいる。
これでいいのか? と。
僕はきっと自信がないのかもしれない。
しばらくしてスタミナ定食が運ばれてくる。
豚肉の生姜焼きと白米、味噌汁、漬物、冷や奴、デザートに大福。その中に一つ知らない料理がある。
「これ、なに?」
「ああ。山形の郷土料理だ。鯉のうま煮だ。うまいぞ?」
「いただきます」
鯉のうま煮から箸をつけてみる。
甘くほろほろと崩れる身。
「鯉のうま煮はその内臓がうまいんだ」
僕は試しにそちらを食べてみる。
濃い目の味にしっかりとした歯触り。
「うん。おいしい……」
じわっと胸の奥に広がってくる暖かさ。
人の温もり。
つんっと鼻の奥が痛くなる。
瞼が熱くなる。
「泣いているのか? 邦彦」
「ううん。違う」
「でも……」
「いや、違うんだよ」
僕は何を気にしていたのだろう。
亘さんは僕と友達であろうとしてくれているのに。
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