第26話 プリン

「よっと。ばあちゃん。これ捨ててくる」

 そう言って亘さんは生ゴミを裏手に捨てて行く。

 見届けると、おばあちゃんがこちらに向く。

「何かあったのかえ?」

「え。いや……」

「その顔はあったようじゃな」

 おばあちゃんの顔がやけに優しく感じた。

「今ではなくとも、過去の記憶が、お主を苦しめておる。違うか?」

「……その通りです。僕は……」

 言いかけてよどむ。

 このまま話ていいのだろうか?

 僕は幸せになってはいけない気がする。

 沈む顔。

「言いたくないならそれでいい」

「えっ」

「じゃが、いずれ話さなくちゃいけないときがくる」

「……」

 困ったようにハの字に眉毛を寄せていたら、おばあちゃんはそれを見てケラケラと笑う。

「分かっておろう? お主がしゃべらなくちゃ相手も判断できぬ」

「判断?」

「そうじゃ。友達なら話さなくてもいいが、それ以上を求めるなら話さなくちゃいけない」

 そうかもしれない。

 友達すらいなかった僕にとって、それは代えがたい苦痛でもある。話さなくちゃいけないことは、いじめられていたことは、自分の中で憎悪となり自身をも傷つける。

 それを聞いた他者がどう思うのか、分からず怖い。

 ただただ怖い。

 他人が、

「怖い」

 ひたすらに。

 どこまでも。

「まあ、これでも食べていけ」

 おばあちゃんはそう言い、小さなプリンを運んでくる。

「これは試作品ゆえ無料じゃ。感想をおくれ」

「……はい」

 戸惑いつつも、僕はプリンに手を伸ばす。

 甘く、じんわりと広がる優しい味。

「とても、おいしいです」

「そうかい。じゃあ、今度の料理に付け加えるかのう」

「いいと思います」

 ぎぃっとドアが開く。

「ばあちゃん。手洗ったぞ。どうすればいい?」

「亘ちゃんはゆっくりしなされ」

「分かった」

 氷の王子様と言われているのが不思議なくらい暖かな声をだしている。

「邦彦。それってばあちゃんの新作か?」

「え。あ、うん」

「それうまいよな。俺もまた食べさせてもらおうかな?」

「お前さんにはただで配る気はないぞい?」

「マジかー」

 ちらっと見てくる亘さん。

「あ、あのじゃあ、これ一緒に食べません?」

「いいのか!?」

 ぱああと顔が明るくなる亘さん。

 彼が笑顔でいるのは本当に嬉しい。

 でも僕が隣にいるのはおかしいのだと思う。

 僕はスプーンでプリンを掬い、亘さんに向ける。

「はい。あーん」

 パクッと食べる亘さん。

「うん。うまい」

 あ。これ間接キスだ。

 でも同性だし、気にしていないだろうなー。

 顔を隠す亘さん。

 なんでだろう?

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