第19話 酒を飲む。罠にかかる。
「というわけで、諸々決着がついたことを祝して、かんぱーい!」
クラリスの乾杯の合図に合わせて、俺達は各々が手にしたグラスを打ち合わせた。
昼だと言うのに、新入生試験の打ち上げで来た店はなかなか賑わっていた。
大衆レストランらしい心地いい喧騒に身を委ね、並べられた料理をつまみながら、俺達は雑談に興じていた。
「それにしても、入学してから事件ばっかりですね〜。なんだか私達、呪われてません?」
「う〜ん……そんなバカなって言いたいところだけど、あながち否定できないのが怖いところだね」
「……ごめんなさい。私のせいで」
「エ、エリシャさんのせいなんかじゃないですよ! なんていうか、士官学校って思っていた以上に政治的な場所なんだな〜、って改めて実感したというか」
「そうね。建前は帝国軍の幹部候補生になるための学校だけど、実際は同世代の貴族同士で
「やっぱりそうなんですね。貴族の方が平民と仲良くしたがらないのも納得です」
「そういう貴族だけじゃないよ。僕達みたいに、普通に仲良くなれた貴族だっていただろう? ね、カイル」
「ま、そうだな。人を見ずに、利害のことしか考えてない連中のことなんかで、いちいち頭を悩ませるだけ時間の無駄だよ」
「…………確かに、それもそうですね」
アルスにフォローを入れられ、クラリスは少しだけ嬉しそうに頬を緩めた。
「前にも言いましたけど、私、本当は士官学校になんて入りたくなかったんです。出世なんて興味ないですし、軍に入るつもりもなかったので。ただ……私の地元を再興するには、どうしても力が必要だったので、仕方なく士官学校の入学を決めたんです」
そこまで言ってから、クラリスは俺達を見回してから――最後に俺をまっすぐに見つめて、華やかに笑ってみせた。
「でも、今は心から、士官学校に入ってよかったって思えます! みなさんと――カイルさんと出会えましたから!」
「……お、おう」
真正面から言われ、俺はなんとなく面映ゆくなって視線をそらした。
熱くなった顔を冷ますために、給仕服のツムギが運んできた新しい
エリシャは俺を横目で睨んでから、クラリスに尋ねた。
「そう言えば、クラリスの地元ってどこなの?」
「それは……」
エリシャの問いに、クラリスは一瞬言い淀んでから、意を決したように言った。
「実は私、旧モルダード王国の出身なんです」
賑やかだったテーブルが静まり返り、他のテーブルの喧騒がやけに遠くに感じられた。
エリシャは持っていたグラスをテーブルに戻すと、神妙な面持ちでクラリスに頭を下げた。
「そうだったのね……ごめんなさい、クラリス。帝国のせいで、あなたの故郷は……」
「い、いえ! いいんです! あっ、もちろん侵攻された事はよくないんですけど、エリシャさんが悪いわけじゃないっていうか……」
「でも、私も皇家の一員だもの。あなたに恨み言を言われたとしても、甘んじて受け入れるわ」
「そ、そんな。侵攻があった時、私もエリシャさんも五歳くらいじゃないですか! 責任なんて問えませんよ!」
「でも、帝国があなたの祖国を滅ぼしたことは変わらないわ。あなた達には、私に文句を言う権利があるのよ」
「ま、まぁ正直、最初は『この国の皇族や貴族ってどんな人達なんだろう』って思って、入学式の日に意気込んでいたんですよね。それなのに、貴族に絡まれて何もできなくて、カイルさんに助けてもらって……アルスさんやエリシャさんと友達になって……」
入学してからの事件には苦い思い出もあるだろうに、クラリスはそれを表に出さずに晴れやかに笑ってみせた。
「色々ありましたけど、今は『この国を信じてみてもいいんじゃないかな』って思えるようになったんです! だって、皆さんみたいな人達がいるんですから!」
「……ありがとう、クラリス。その言葉に恥じないように、私も頑張るわ」
クラリスとエリシャが笑顔を交わし合うのを見て、隣に座ったアルスがぽつりとつぶやいた。
「…………そうか。君はそっちを選んだんだね」
「ん? アルス、今何か言ったか?」
「いいや、何も?」
アルスはいつも通りの
「ところでエリシャさん。前にここで飲んだ時のことを覚えているかい?」
「え? もちろん、忘れるわけがないわ」
「よかった。じゃあ、あの時の続きの質問をしてもいいかな?」
「あの時の続き、って……現体制の政治を、どうやって変えるかって話よね?」
エリシャが尋ねると、アルスは
なにやら不穏な気配がして、俺はとっさに割って入ろうとする。
「おい、アルス。酒の席で政治の話なんて、場が冷めるだろうが」
「いいのよ、カイル。私は彼の質問に答えないといけない立場だもの」
「でも……」
「まぁまぁ、いいじゃない。エリシャさんもああ言ってるんだからさ」
アルスは底の見えない笑みを浮かべながら、エリシャに問いを重ねる。
「教えてくれないかな、エリシャさん。君なら今の帝国の政治をどうやって変えるのか」
「今の政治っていうのは、二大名家とその取り巻きに支配された政治よね? あれからずっと考えていたけど……やっぱり第三勢力を作り出すしかないと思うわ」
「第三勢力? 二大名家とは違う派閥を作るってこと?」
「ええ。二大名家が取りこぼした貴族家や商会を味方につけて、二大名家のためだけに政治が動かされないように監視し、軌道修正する派閥を作るの。例えば、カイルやあなたのような貴族を味方にして」
「それは……正攻法なんだろうけど、はっきり言って、まともな権力や実行力を持つ派閥にはならなそうな気がするな」
「最初はそうかもしれない。でも、十年、二十年かけて地盤を築けば強い派閥になれる。二大名家の下で立身出世がかなわなくなった貴族達も取り込んでいけば、少しずつ力をつけていけるわ」
「そんなに誰でも彼でも仲間に引き入れていたら、組織としてのまとまりがなくなって
「対抗してみせるわ」
決然と言い切るエリシャに、アルスは心底呆れたように嘆息しやがった。
「……悪いけど、僕には絵空事にしか聞こえないな。第一、十年もかかっていたら、その間に帝国は大陸中の国を攻め滅ぼしてしまうよ」
「そう……かもしれない。でも、ごめんなさい。私にはこれ以上の案は思いつけなかったわ」
「エリシャさんは真っ当すぎるよね。理想を追い求めすぎるというか……もっと思い切ったことをやらないと、この国は変えられないと僕は思うけどな」
「思い切ったこと……例えば、アルスはどういうことを考えているの?」
エリシャとアルスの会話を聞きながら、俺は徐々に視界がぼやけてくるのを感じていた。
また眠気が襲ってきたのか? 前の打ち上げの時もそうだったが、俺の体は思ったよりも酒に弱いのかもしれないな……
俺が目元をこすっていると、アルスはこちらを見てうっすらと笑みを深め、エリシャの問いに答えた。
「簡単なことさ。クーデターを起こすんだよ」
アルスが口にした声が、俺にはやけに遠くに聞こえた。
――待て。なにかおかしくないか?
テーブルについた他の三人を見る。アルスはいつも通り平然と胡散臭い笑みを浮かべているが、エリシャもクラリスも眠気をこらえるように目元をこすっている。
俺達の異変など気にも留めていないかのように、アルスは続ける。
「ロルフやクルト……あいつらを倒したみたいに、二大名家一族の連中をひとりずつ殺して、連中の力を
「あ、アルス……あなたは、何を……?」
「二大名家を全員殺せば、次は皇家です。無能な現皇帝を
「アルス、てめえ…………俺達に、一体何を盛りやがった……っ?」
「カイル・セレナイフ……こんな絶対的な切り札を持っていて、それを有効活用しないなんて、僕には到底信じられませんよ、エリシャさん。僕なら、さっさと行動に移してすべてを終わらせてしまうのに」
急激に猛威を増す眠気に抗えず、俺達は意識を手放した。
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