第3話 迷宮にもぐる。士官学校入学の許可をもらう。

 あれから五年が経った。


 この五年間、俺はひたすらに自分を鍛え続ける毎日を送っていた。

 週に三、四回は家庭教師に社交界のマナーや勉強を見てもらう必要があったが、それ以外の時間はすべて、森で魔物を倒して回ったり、近場のダンジョンにこっそりもぐるのに使っていた。

 レベル上げの過程で手に入れた魔物の素材はすべて売り払って、装備や回復薬ポーション代に費やしてきた。

 そのおかげで、子供用の剣は立派な長剣に、訓練用の服は動きやすく防刃性ぼうじんせいの高い服にグレードアップしていた。


 そして今日も、俺はダンジョンにもぐっていた。

 入り口からダンジョンに入るなり、全力疾走しながらダンジョンを突き進む。

 通りすがりに見かけた魔物はすべて長剣で叩き切り、フロアボスさえ一撃で斬り倒し、素材も回収せずに先に進む。


 七十階層の最奥までたどり着くと、俺はフロアボスの部屋の前に立った。

 七十階層のザコ敵相手に無双できるようになってからフロアボスに挑もうと思っていたので、挑戦するまでだいぶ時間がかかってしまった。


「ま、どうせ中のお宝は誰かに取られてるんだろうけどな」


 そうわかっていても、ここまで来たのならフロアボスに挑みたい。それが人情ってもんだ。

 俺は覚悟を決めると、ボス部屋のドアを開けて中に入る。


 中で待ち受けていたのは、首無しの甲冑騎士――デュラハンだった。

 しかも、ただのデュラハンではない。

 ミスリル製の甲冑にミスリル製の突撃槍、炎を吐く漆黒の軍馬に騎乗している――原作ゲームだとそこそこ終盤の敵『デュラハンロード』だ。

 軍馬も合わせて体長は四メートル近くあり、手に持った円錐状の突撃槍は五メートル近くある。見た目の迫力で言えば、今まで見たどの魔物より迫力があった。


 やつは俺を見つけると、軍馬に鞭打ってこちらに全力疾走してくる。

 デュラハンロードは凄まじい迫力と速度でこちらに迫り、俺が間合いに入ると同時に突撃槍を突き出してくる。

 俺はそれを半身になって避けると、軍馬の脚に斬りかかる。


 軍馬は脚一本を断ち切られ、突進の勢いを殺しきれずにバランスを崩す。

 デュラハンロードはとっさに軍馬から飛び降りるが――宙に浮いた甲冑野郎なんて、俺からしたら格好の獲物だった。


 俺とデュラハンロードの間合いは、およそ十メートル前後。

 長剣で斬りかかれる間合いではないが、俺はその場で腰だめに長剣を構えてから、全身をバネにして長剣を一閃する。


 ザン――と小気味良い音とともに、デュラハンロードのミスリル製の甲冑が腰から両断される。

 斬撃によって発生した真空波で、遠くの敵を断ち切る――俺の秘技のひとつ、斬空ざんくうだ。


 俺は同じ要領で、更に斬空を三度放つ。

 デュラハンロードの甲冑は紙切れのようにずたずたに斬り裂かれ、それきり完全に動きを停止した。


 軍馬にとどめを刺してから、俺は長剣を鞘に戻しながら釈然しゃくぜんとしない思いで首の後ろをかいた。


「ゲームだと、デュラハンロードってこんな弱くなかったよな……? もしかして、パチモンだったのか?」


 ミスリル製の鎧じゃないなら、俺ごときの剣で斬れるのも納得だ。


 ボス部屋を探索するが、やはりめぼしい戦利品は見つからない。

 手ぶらで帰るのも悔しいので、デュラハンロードの突撃槍でも回収して帰ることにする。

 パチモンのミスリルだとは思うが、万が一本物なら売り飛ばせば金になるし、溶かせば装備の素材にもなる。

 パチモンだったら……その時はその時だ。


 俺は突撃槍を肩に担ぎながら、迷宮を後にした。


   ◆


 翌朝、俺はセレナイフ家の執事アルフレッドに呼ばれて、居城の中庭に来た。

 アルフレッドはすでに中庭に来ており、俺を見るなり折り目正しく頭を下げた。


 白髪しらが頭をオールバックにし、片眼鏡モノクルをつけた顔には老年によるシワが深く刻まれている。

 俺よりわずかに高い一八〇の長身に燕尾服をまとい、腰には細剣レイピアを帯びていた。


「こんな時間にお呼び立てして申し訳ございません、カイル様」

「いいさ。それより『武装して中庭に来い』って、一体どういう用事なんだ?」

「実は……カイル様がセレナイフ家に相応しいかどうか試せと、ヴァルド様から命令されておりまして」


 ……なるほど。つまり、ここが「俺が生き残れるかどうか」の分岐点ということか。

 あらかじめこの日がくるのはわかっていたが、いざその時になると緊張するものだな。


「そうか。なら、さっさと始めよう」


 俺があっさりと応じると、アルフレッドは意外そうに片眉を持ち上げた。

 だがその件については触れず、細剣を構える。


「ではカイル様、お好きなように打ちかかってきてください」

「じゃあお言葉に甘えて」


 俺は長剣も抜かずに地面を蹴った。

 一歩でアルフレッドの真横まで移動すると、居合抜きの要領で長剣を鞘から抜き、その勢いでアルフレッドの横っ腹に斬りかかる。

 アルフレッドはとっさに斬撃を受けようとして――一瞬の判断で細剣を引き、後方に跳んで斬撃を回避した。


 間合いを離されるが、関係ない。俺は斬空を放ち、アルフレッドを追撃する。

 アルフレッドは愕然がくぜんとした表情を浮かべ、横跳びで俺の斬空を避けた。


 ――斬空ごときで驚くってことは、俺の実力が低すぎて驚いてるってことだな。


 このまま親父殿に「カイルは生かす価値なし」と報告されてはかなわない。

 俺はアルフレッドに向け、全力の一撃を叩き込むことを決めた。

 長剣を上段に構え、全身の筋肉に力を込め、右足を踏み込むと同時に全力で長剣を振り下ろす。


 ゴウ――という凄まじい音とともに、音速を超えた真空波が、地面を割りながらアルフレッドに襲いかかる。

 真空波が直撃する寸前、アルフレッドは地面を転がるようにしてそれを避けた。

 真空波が通った跡の地面は、深さ五メートルほどのクレバスが三十メートル先まで伸びていた。


 俺の今できる最強の遠距離攻撃技、空破断くうはだんだ。

 しかし、まさかこれも避けられるとはな……さすがは親父殿の腹心。もっと本気を出さないと認めてもらえないか。


 俺が長剣を構え直そうとすると、アルフレッドが慌てた様子で声を上げた。


「お、お待ち下さい、カイル様っ! 試験は終了です!」


 ばたばたと手を振りながら言われ、俺はさすがに抗議した。


「試験は終了? そんなバカな。まだ始まったばかりじゃないか」

「い、いえ、カイル様の実力は十分見させていただきました! これ以上は不要です!」

「冗談じゃない! 俺の実力はこんなもんじゃないぞっ! もっとやれるからちゃんと見てくれ!」

「これ以上続けたら、居城が無事ではすみませんよ!」

「なら場所を変えよう! 外の森なら遠慮なく戦えるぞ!」

「で、ですから……試験はもう終わりです! カイル様はセレナイフ家に相応しいと、私からヴァルド様に報告させていただきますからっ!」

「冗談じゃないぞ! この日のために、俺は必死で鍛えて……って、え?」

「ですから、試験は合格です! 来月から、カイル様には士官学校に通っていただきます!」


 ……マジかよ。合格したのは嬉しいが、どこが評価されたのかまったくわからんな。

 とはいえ、これで一安心だ。来月からは無事士官学校に入学して、エリシャとの約束を守れそうだ。


 俺は嬉しくなってアルフレッドに近づくと、彼の背中をバンバンと叩いた。


「いやあ! アルフレッドの採点が甘くて助かったよ。今度飯でもおごらせてくれ。ところで、なんでそんな汗かいてるんだ?」

「…………ハハハ。年寄りの冷や水と言いますか、老骨が出しゃばるのは考え物ですなぁ」


 ん? 何の話をしてんだ?


 俺は首を傾げるが、それに構わずアルフレッドは妙に疲れ切った様子で居城の中に入っていった。


   ◆


「…………では、カイルも生かすことになったのか」


 居城の謁見の間で、アルフレッドは試験の結果をヴァルドに報告していた。

 報告を受けて露骨にがっかりした顔をするヴァルドに、アルフレッドはすかさず補足する。


「ヴァルド様。はっきり申し上げて、カイル様は武の才においてご兄弟の誰よりも優れています。魔法の才に恵まれなかった分、身体能力が異常に成長したのでしょう」

「だが、魔法は一切使えないのであろう?」

「はい。ですが……私はカイル様と戦っている間、魔法を使う隙すら与えてもらえませんでした」

「何……?」

「正直なところ、事前に自分に支援魔法をかけて強化していたとしても、私がカイル様に勝てたとは思えません」

「帝国で五指に入るほどの騎士だったお前がか?」

「それほどの逸材、ということですな」


 それを聞いて、ヴァルドは苦々しげに眉間にシワを寄せた。


「あの小僧。いい拾い物だったのか、最悪の厄介者なのか……ますますわからなくなったな」

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