第2話 実家に帰る。レベリングする。

 エリシャとの出会いから数日が経った。


 俺と兄、そして親父殿は実家であるセレナイフ領に帰ってきていた。

 親父殿――帝国軍最高幹部であり、『葬国そうこくのエルロード』のラスボスであるヴァルド・セレナイフは領地に戻るなり、俺と同い年の兄ロルフを謁見えっけんの間に呼び出した。

 広々とした謁見の間にひざまずき、俺はヴァルドの顔をあおぎ見た。


 燃え盛るような赤毛とヒゲはライオンのたてがみのようで、鋭い眼光は息子達を見ても愛情の一欠片も示さない。

 筋肉に覆われた分厚い巨躯きょくに鎧を着込み、玉座ぎょくざのような豪奢ごうしゃな椅子にどっかりと腰を下ろしている。

 そのかたわらには、老齢の執事であり腹心のアルフレッドを控えさせていた。


 ヴァルドはゴミでも見るような目で俺とロルフを見下ろしてから、威圧的な声で告げる。


「改めて言っておくが、我が家に無能は不要だ。特に貴様ら二人は、他の兄弟に比べて圧倒的に才で劣っている。切り捨てられたくなければ、死ぬ気で鍛錬に励め」


 そこまで言ってから、ヴァルドは俺に視線を向けた。


「特にカイル。いつまで経っても魔法が使えぬままなら、貴様は我が家の恥だ。そのまま成長がないなら、命はないと思え」


 それだけ言うと、ヴァルドは「失せろ」とでも言いたげに、手振りで俺達を下がらせる。

 謁見の間を出るなり、ロルフは俺の足を踏みつけてきやがった。


「おい、お前のせいで僕までお父様に怒られたじゃないか」


 赤髪赤目の生意気そうな顔をした十歳のクソガキ――ロルフは俺を至近距離でにらみながら、俺の足をぐりぐりと踏みにじってくる。


「大体、メイドの腹から生まれた下賤げせん分際ぶんざいで、セレナイフを名乗ろうっていうのが生意気なんだ。母親のメス犬同様、とっとと犬死にしちまえばいいのによ」

「はあ……」


 聞き慣れたロルフの悪態あくたいに、俺は逆らうでもなく生返事で受け流した。

 同い年の腹違い兄弟だからか、ロルフはやたらと俺に突っかかってくる。他の優秀な兄達と比べると、ロルフはだいぶ平凡なので劣等感のけ口を必要としているのだろう。

 こんな兄に付き合う義理はないのだが、下手に逆らっても余計面倒になるだけだ。

 第一、母は俺が生まれた時に死んだと聞かされているので、母という存在にあまり実感がないんだよな……存在しない人間を罵倒されてる感じがする、というか。


「ま、魔法が使えないお前に生き残れる望みなんてない。命がある内に、せいぜい人生を楽しむんだな」


 俺の薄い反応を見てつまらないと感じたのか、ロルフは鼻を鳴らして去っていった。

 ロルフのやつを見送ってから、俺は盛大に嘆息をついた。


 あのロルフですら、『葬国のエルロード』でちゃんと悪役貴族としての役割を与えられている。

 だというのに、俺――カイル・セレナイフについては原作の記憶が一切よみがえってこない。


 ……これはつまり、アレだな。ヴァルドの宣言通り、原作のカイルは成長がないままヴァルドに始末されたんだろうな。

 そう言えば、原作でヴァルドは「不要と判断したら、実の息子ですら容赦なく殺す怪物」として語られていた。

 そのってのが、カイルのことだったのだろう。


「まぁ、そりゃそうだよなぁ」


『葬国のエルロード』の世界では、基本的にすべての人間が魔力を持ち、魔法を使えるとされている。

 より強い魔法、より優れた魔法を使える人間が重宝され、畏敬の念を集める世界で、魔法が一切使えない人間など軽蔑されるのも当然だ。

 そんな人間が、よりにもよってラスボス一家に生まれた日には……親に殺されたとて、なんら不思議はない。


「要するに、俺は原作にも出てこないモブに転生しちまったわけか」


 廊下に設置された鏡で自分の顔を見る。黒髪黒目の冴えない顔まで、いかにもモブって感じだ。

 なんとも俺らしいツキのなさだが、だからと言って嘆いてばかりもいられない。


 俺はエリシャに、五年後に士官学校で再会しようと約束したのだ。

 その約束すら守れないのであれば、俺には本当に生きる価値がない。


 俺はさっそく自室に戻ると、訓練用の服に着替え、回復薬ポーションをリュックに詰め、子供用の刀身の短い剣を腰に帯びて居城きょじょうを抜け出した。

 居城周辺の森をうろつき、警戒しながら魔物を探す。そうしていると、十分じゅっぷんと経たない内に魔物と遭遇そうぐうした。


 出くわしたのは、灰色のたか――グレイホークだった。

 体長はおよそ六〇センチほどで、原作ゲームでは序盤のほうに出てくる魔物だ。


 俺は腰の剣を抜くと、グレイホークの攻撃に備えるように剣を構えた。

 グレイホークは止まり木から飛び立つと、俺の首筋めがけて急降下してくる。

 瞬時に半身になって攻撃を避けつつ、すれ違い様にグレイホークの片翼を切り裂く。


 飛行するすべを失ったグレイホークは地上に墜落ついらくすると、翼を広げてこちらを威嚇いかくしてくる。

 いや、威嚇じゃない。これは――


 思った瞬間、グレイホークの眼前に烈風が巻き起こる。第一階梯かいていの風魔法、ウィンド・エッジだ。

 巻き起こった烈風はこちらに狙いを定め、肉を切り裂く刃となって俺の胸を襲う。

 俺は激痛に備えて反射的に身構えるが――烈風が通り過ぎても、俺の体には傷一つついていなかった。


 グレイホークがもう一度魔法を準備するが、俺は素早く踏み込んで敵にとどめを刺した。


 敵が動かなくなったのを見届けてから、俺は自分の身体の状態を確認する。


「……やっぱ、どこもケガしてないな。てか、服も破れてない」


 グレイホークが魔法の狙いを外したのだろうか? いや、あの距離で魔法をミスるわけがない。


「まさかとは思うが、俺は魔法が効かない体質なのか……?」


 俺自身が魔法を使えないのも、魔法を遮断する体質のせいなのか。


 一見めちゃくちゃ有利に思えるが、冷静に考えると色々危険だよな。

 魔法が効かないということは、回復魔法も支援魔法も効かないということだ。

 医療行為のほとんどが魔法によって行われるこの世界においては、とてつもないデバフである。


「まぁ、ぐだぐだ言っててもしょうがない。とりあえずこれを活かす方法を考えるか」


 俺は嘆息をつきながら、再び森の中を進んでいった。


   ◆


 魔物との戦いに明け暮れていると、気づけば日が暮れていた。

 半日近く戦い続けていたおかげか、そこそこ強くなった実感がある。

 色々検証する時間もあったので、俺の体質でも回復薬は問題なく効果があることも確かめられた。


 頭上にグレイホークの気配を感じ、俺は軽く地面を蹴った。

 一気に三メートル近く跳躍すると、止まり木に止まっていたグレイホークを横薙ぎに両断する。

 勢い余って木の幹まで両断してしまい、切り落とされた木の上部が轟音を立てて落下する。

 地面に着地すると、俺は子供用の剣を見下ろした。


「半日レベリングしただけで、こんなナマクラで木まで切れるようになるもんなんだな」


 これがこの世界の普通なんだろうか? だとしたら、親父殿が本気を出したら大地を割れるんじゃなかろうか。


「まぁまだレベルが低いから、成長を実感しやすいだけかもな」


 このへんのレベリングに限界を感じたら、近くのダンジョンにもぐってみてもいいかもしれない。

 先のことを考えながら、俺は軽い足取りで居城に帰った。

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