ラスボス一家の六男に転生してしまったので、無双しないと生き残れない……!

森野一葉

第1話 前世の記憶を取り戻す。第二皇女と出会う。

 宮殿の一室で、泣いている少女がいた。


「うっ……ぐすっ…………私、一体どうしたらいいの……?」


 ドアの隙間からその様子をのぞき見ている内に、俺の脳裏に前世の記憶がよみがえってきた。


   ◆


 目の前で泣いている少女はマイナーRPG『葬国そうこくのエルロード』の敵キャラ、エリシャ・クレール・アシュメディアだ。

 アシュメディア帝国の第二皇女だが、妾腹しょうふくの娘であるがゆえ、皇家の人間であるにも関わらず何の権力も持っていない。

 数多あまたの貴族に『お人形』と嘲笑あざわらわれ、皇家の人間には政治の道具としてしか見られていないが、それでも皇女として自分の為すべきことを考え、帝国を変えようと奮闘する気高い少女だった。


 だが、彼女はその気高さゆえに凄惨せいさんな末路を迎える運命にある。

 原作において最初は主人公と力を合わせて戦うが、やがて覇道を進む主人公と道をたがえ、互いに譲れない信念のために殺し合うことになる。

 後ろ盾なきエリシャは胸に抱いた理想を実現することは叶わず、帝国は主人公の手によって血みどろの内乱が巻き起こり、滅亡の一途いっとをたどる。


『葬国のエルロード』は十代の頃にプレイしたキリだが、エリシャは俺の推しキャラだった。

 当時学校でオタクとしていじめられ、苦痛と屈辱の毎日を送っていた俺は、エリシャの気高い志に憧れずにはいられなかった。


 それゆえに、エリシャの最期に俺は号泣した。

 そして悟った。どこの世界でも、力がなければ正しいことは貫けないのだと。


 残念ながら何の力もなかった俺は、地獄の高校時代を過ごした後、ブラック企業に就職して搾取さくしゅされた挙げ句うつになり、なんとかフリーター生活を送れるようになったところで、コンビニ強盗に刺されて死んでしまったわけだが……まぁそんなことはどうでもいい。


   ◆


 俺はドアを開くと、室内に足を踏み入れた。

 途端、泣きじゃくっていた少女――エリシャが驚いた表情でこちらを振り返る。


 改めて見ても、エリシャはとてつもない美少女だった。

 今はまだ十歳くらいだろうか。西洋人形のようにウェーブを描く金髪は背中まで伸び、くりくりとした愛らしい碧眼へきがんには聡明さの奥に幼さが隠し切れていない。

 泣いていたせいで目元は赤くれていたが、それをのぞけば白い肌にはそばかすひとつない。

 正装である真紅のドレスはバラの花弁のようで、エリシャの美しさを一層きわたせていた。


 彼女は俺の姿を確認すると、即座に目元をぬぐって花のように微笑んでみせた。


「あなたは……セレナイフ公爵の子息、カイル・セレナイフですね」

「はい。先程は拝謁はいえつえいたまわり、恐悦至極きょうえつしごくぞんじます」


 俺は反射的にひざをつき、こうべを垂れて、習った通りの小難しい言葉を並べ立てる。


「頭を上げなさい。それより……どうしてこんなところをうろついているの? 宮殿が広すぎて、道に迷ったのかしら?」

「いえ……恐れながら、エリシャ様を探しておりました」


 俺の言葉に、エリシャの瞳が熱を失ったように細められた。


「あなたも私との婚約がお望みかしら? 確かにあなたは私と同い年ですし、家柄も不釣り合いではありませんが……」

「それは誤解です」


 俺は素早く否定すると、ひざまずいたまま彼女に片手を差し伸べた。


「俺の望みはただひとつ。皇帝陛下ではなく、あなた個人の剣となり盾となることです」

「それは……お父様は忠誠に値しないということかしら?」

「いえ。陛下には父上やレヴァイン家、数々の諸侯が命を捧げています。ですが、エリシャ様……あなた個人のために戦う者は、失礼ながら多くはありません」

「……わかったようなことを言うのね」

「ですが、俺はあなたのために剣を捧げたい。あなたが望みさえすれば、あなたの敵となるものすべてを、俺の剣でほうむり去ってみせます」


 推しキャラを前にして、ついつい気持ちが高ぶって大仰おおぎょうな言い方をしてしまう。

 だが、俺の気持ちに嘘はなかった。


 エリシャは胡散うさん臭そうに眉をひそめながら、俺に問うてくる。


「……申し出には感謝します。ですが、それであなたに何のメリットがあるのです? ご存知の通り、私は皇家から何の期待もされていない存在。私につかえたところで、出世も栄達えいたつも望めませんよ?」

「そんなもの、ハナから望んでいません」

「なら、何が望みなの?」


 あなたを死の運命から救うため――と言いたいところだが、エリシャからしたら意味不明だろうな。

 俺はしばし瞑目めいもくしてから、を唇に乗せた。


「……さっきみたいに、君を一人で泣かせないこと、かな」

「なっ!?」


 エリシャはぎょっとしたように目を見開くと、一気に顔が蒼白になった。


「な、ななな…………あ、あなた、私が泣いているところを見ていたの?」

「まぁ……たまたま」

「あ、あああ、ああああああああああああっ!」


 エリシャは壊れたように叫びながら、その場で頭を抱えてうずくまった。


「私としたことが、なんたる失態……『お父様が冷たい』ってだけでガン泣きしてるところを見られるなんて……こんな痴態ちたいを広められたら、皇女としての威厳が、皇家の誇りが……こんなんじゃ、お父様に愛されないのも当然だわ……」

「い、いや、そんなことは」

「いいえっ! 下々の者に弱みを見せるなんて、皇女にあるまじきことよ! こんな恥辱ちじょくをさらしては、皇女として生きていく資格すらないわ! こうなったら、自害して最後の誇りだけでも守らなくては……っ」

「ちょっ、ちょっと待ったあ!」


 俺は思わず素でツッコミを入れてから、肩をつかんでエリシャの上体を起こした。

 エリシャは相変わらず顔面蒼白なままで、焦点の合わない目を宙空に向けている。


「お、落ち着いてください、エリシャ様! こんなことで自害するなんて、それこそ国中の笑いものですよっ」

「こんなこと、ですって!? 私は皇女として、常に完璧な人間でいなくちゃいけないの! そうでなければ存在価値はないって、ずっと言われて育ってきたんだもんっ。私が必死に取り組んできた努力を、呼ばわりするわけっ!?」

「そ、それはすみません……」


 ――ていうか、この人本当になのか!? めちゃくちゃメンヘラじゃねえか! ゲームの性格と別人過ぎるだろ!

 混乱している俺をよそに、俺以上に混乱した様子でエリシャは俺に詰め寄ってくる。


「そ、それもこれも、すべてあなたが悪いのよ……あなたがあんなところを見てるから……ふ、ふふ……こうなったら、死なばもろとも……」

「だから落ち着いてくださいっ! 誰にも言いませんからっ!」

「そんなこと、信じられるわけ……っ」


 俺はとっさにエリシャの手をつかむと、手の甲に口づけをした。

 この世界では、手の甲へのキスは相手への絶対服従を意味する。まともな教育を受けた貴族なら、相応の覚悟を持たなければそんな行動は取らない。

 よほど思いがけない行動だったのか、エリシャは目を白黒させながら頬を染めた。


「あ、あなた、これがどういう意味かわかって……」

「もちろんわかってます。さっきも言ったでしょう? 俺はあなたに剣を捧げると」

「じゃ、じゃあ……カイルは絶対に裏切らない? 私を無条件に好きでくれる?」

「え? は、はい」

「セレナイフ領に帰っても、毎日手紙を書いてくれる? 月に一回は帝都まで会いに来てくれるっ? それからそれからっ、私の誕生日には盛大なパーティーを開いて……」


 ……………………おっっっっも。

 この女、激重げきおもじゃねえか。


 いや、まあ、そういうところもかわいいなと思ってしまうあたり、俺も大概だが……とはいえ、こんな要求をまともに聞いていたら日常生活も送れない。


「あ、あのー……大変申し上げにくいんですが、領地に帰ったら俺もなかなか自由がないもんで……」

「そ、そんな……初めて私にともだ……味方ができたと思ったのに……あっ! カイル、本当は私が重過ぎてキモいから引いたんじゃ」

「それはないですからっ!」


 エリシャのネガティブ思考を先取りしてさえぎってから、俺は続ける。


「五年後にはお互い、士官学校に入学することになるはずです。その時までに、あなたに相応しい騎士になっておきます。それまで、どうか待っていてください」

「ご、五年も待たなきゃいけないの……?」


 泣き出しそうな顔でせまられ、思わず屈しかけるが、俺は必死にあらがった。


「五年しっかり鍛えて、どんな敵からもエリシャ様を守れる剣になります。ですから、どうか五年間だけお時間をいただければ……」

「……エリシャ」

「え?」


 俺が問い返すと、エリシャはほんのり朱に染まった顔で俺の服をつかんだ。


「二人だけの時は、エリシャと呼びなさい。敬語もなし。それが守れるなら、五年、待ってあげてもいい……」

「……ありがとう、エリシャ」


 俺はもう一度彼女の手の甲に口づけをしながら、思案する。


 ―――せっかく転生したこの命、エリシャ推しキャラを守るために使う。それはいい。


 それはいいんだが……


 カイル・セレナイフなんてキャラ、『葬国のエルロード』にいたっけ……?

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